Cobalt Blue

3.5
Cobalt Blue

 2022年4月2日からNetflixで配信開始された「Cobalt Blue」は、映画監督サチン・クンダルカルの同名小説が原作のLGBTQ映画である。元々クンダルカル監督は「Cobalt Blue」をマラーティー語で書き、2006年に出版されたが、作家のジェリー・ピントーにより英語に翻訳されたのが2013年のことで、その後、クンダルカル監督自身が映画化をした。クンダルカル監督は主にマラーティー語映画を撮ってきているが、1本だけヒンディー語映画「Aiyyaa」(2012年)を作っている。「Cobalt Blue」は彼にとって2本目のヒンディー語映画になる。ちなみに、クンダルカル監督はゲイを公言している。

 キャストは、プラティーク・バッバル、ニーライ・メヘンダレ、アンジャリ・シヴァラーマン、アナント・ヴィジャイ・ジョーシー、プールニマー・インドラジート、ニール・ブーパーラム、ギーターンジャリ・クルカルニー、シシル・シャルマーなどである。

 1996年、ケーララ州フォート・コーチン。ムンバイーから移住してきたマラーティー・ブラーフマン一家のディークシト家は、古い香辛料の商館に住んでいた。邸宅の2階に住んでいた祖父母が同日に亡くなったことで、その部屋が空く。タナイ(ニーライ・メヘンダレ)と姉のアヌジャー(アンジャリ・シヴァラーマン)はそれを自分の部屋にしたがるが、家族は貸し出すことにする。その部屋にペイングゲストとして住み始めたのが、謎の男(プラティーク・バッバル)だった。彼の名前は劇中で登場しないので、便宜的に「ペイングゲスト」と呼ぶ。

 同性愛の気があったタナイはペイングゲストに惹かれるようになり、ペイングゲストも彼のその気持ちに気付いていた。ある晩、タナイはペイングゲストに連れ出され、湖畔で身体を重ねる。以後、二人は情事に耽るようになる。

 タナイの兄アスィーム(アナント・ヴィジャイ・ジョーシー)の縁談がまとまり掛けていた。父親のヴィディヤダル(シシル・シャルマー)はアスィームの結婚の前にアヌジャーを嫁入りさせようとするが、アヌジャーはホッケー選手を夢見る男勝りの女性で、結婚など眼中になかった。あるとき、アヌジャーは家出をするが、タナイにとってショックなことに、アヌジャーと共にペイングゲストもいなくなっていた。家族はペイングゲストがアヌジャーを連れ去ったと考えるが、不名誉な噂が広まらないように、警察には届け出なかった。

 恋人から振られたタナイは、大学で文学を教え、やはり同性愛者であった教授(ニール・ブーパーラム)の家に駆け込み、一夜を過ごす。だが、彼の焦燥感は収まらなかった。

 ある日、ひょっこりアヌジャーが帰ってくる。アヌジャーはペイングゲストと共にポンディシェリーに行っていたが、突然彼はいなくなったという。もしかしたらディークシト家に帰ってきているかもしれないと考え、彼女も帰ったが、ペイングゲストは依然としていなかった。

 ヴィディヤダルはアヌジャーの結婚を急ぐ。だが、修道女になった姉のメリー(プールニマー・インドラジート)に助けられ、アヌジャーはインドホッケー協会に手紙を送る。それが功を奏し、ナガランド州コヒマでコーチの職を得る。アヌジャーはすぐさま家を出てコヒマに向かう。

 また、タナイもアヌジャーから、ペイングゲストと一緒にいたことを聞いて改めてショックを受ける。彼は文書を偽造して家族にデリーへ行くと嘘を付き、放浪の旅に出る。そして、「Cobalt Blue」という小説を書き始める。

 インドのLGBTQ映画を鑑賞する際、年に注目する必要がある。インドではインド刑法377条により同性愛は「自然に反する罪」に規定されており、同性愛者は潜在的な犯罪者として扱われてきた。21世紀に入り、この時代遅れな刑法377条を巡る闘争が長らく続いたのだが、ようやく最高裁判所によって完全にこの条文が死文化されたのが2018年9月6日だった。よって、この日を境に、少なくとも法律上は、同性愛者の置かれた状況はガラリと変わる。「Cobalt Blue」は1996年の物語なので、まだ同性愛が犯罪だった時代であることを念頭に置いておくべきである。また、1996年には、ディーパー・メヘター監督の「Fire」(1996年)が公開されている。この映画は、インド映画としては初めて本格的に同性愛を扱っており、映画中でもこの映画のポスターが意味深に出て来ていた。「Fire」は、インドの同性愛史における金字塔に数えられており、この年を映画の時間軸に設定した理由のひとつになっていると考えられる。

 主人公タナイは、大学で文学を学ぶ好青年であった。だが、序盤で彼の性的指向がストレートでないことが仄めかされる。そして、彼の家にペイングゲストが住み始めたことで、彼が同性愛者であることがはっきりする。タナイは、大学教授とも同性愛関係になる寸前にあった。

 ただ、同性愛が犯罪だった時代であることを反映してか、ペイングゲストと教授の名前は出て来ない。この時代、同性愛者は地下に潜った存在であることを暗示しているのかもしれない。ただ、「Cobalt Blue」がクンダルカル監督自身の自伝であるという情報はないため、ゲイである彼がかつて関係を持った相手の素性を隠しているというわけでもなさそうだ。

 はっきりと同性愛者としては描かれていないものの、タナイの姉(もしくは妹)アヌジャーも、性的にグレーゾーンにいる存在であった。アヌジャーは髪の毛を短くし、ホッケーをプレイし、脇毛を生やす、全く女性らしくない女性だった。タナイが女性用の保湿クリームや制汗剤を持っているのに対し、アヌジャーは今まで一度もそのようなものを使ったことがなかった。しかしながら、アヌジャーはペイングゲストと出会うことで女性に目覚める。アヌジャーがタナイからクリームと制汗剤を借りるシーンは、彼女が女性としての自覚を持ったことを示唆していた。

 物語の核となるのは、タナイとアヌジャーが同じ男性に恋してしまったという事実である。二人は兄弟の中では特に仲が良かったが、まさか同時にペイングゲストと関係を持っているとは夢にも思わなかった。先に、アヌジャーがペイングゲストと逃亡したことでタナイはペイングゲストに裏切られたことを知り、後にアヌジャーがコヒマに向けて旅立ったとき、たまたまバッグの中に入っていた、ペイングゲストとタナイが裸で絡み合う写真を見て、ペイングゲストがバイセクシャルであることを知る。タナイは失意のまま旅に出て、この経験を小説にしたため、小説家になった。アヌジャーのその後は描かれていなかったが、おそらく二度と家に戻らなかったことだろう。

 修道女のメリーがディークシト家に出入りしていたが、彼女はタナイやアヌジャーの姉のはずである。なぜ、マラーティー・ブラーフマンの家に生まれた彼女が尼僧にならなければならなかったのかについては映画では描かれていない。もしかしたら原作では触れられているのかもしれない。だが、厳格な父親が原因にあることだけは仄めかされていた。

 インド映画としては性的描写は過激な部類に入る作品だ。プラティーク・バッバルとニーライ・メヘンダレが裸で絡み合うだけでなく、はっきりとキスもする。また、ニール・ブーパーラムとニーライ・メヘンダレが性行為をするシーンもある。性描写にも果敢に挑戦した同性愛映画として記録に残る映画だ。

 また、題名になっている「コバルトブルー」であるが、映画の中ではペイングゲストを象徴する色として登場していた。台詞の中でこの色の意味について説明はされていなかったと思われるが、タナイの人生にもたらされた新しい色として強調されていた。

 一般にはヒンディー語映画とされているが、ケーララ州が舞台になっているだけあって、マラヤーラム語の台詞も多数出て来る。また、英語の台詞も多めで、マルチリンガルな映画になっている。

 「Cobalt Blue」は、ゲイを公言するサチン・クンダルカル監督が、自身の著わした小説を原作にして撮ったLGBTQ映画である。ただ、同性愛を前面に押し出しているものの、その内容に異質さはない。恋の対象が異性であるか同性であるかの違いだけで、変わらない恋心が描かれている。文学が原作ということもあってとても文学的な雰囲気の映画でもある。一般的なインド娯楽映画ではないが、一見に値する映画だ。