ヒンディー語には愛しい人に呼びかける言葉が多数ある。対応する英単語は、「Beloved」、「Sweetheart」、「Darling」などになるだろう。日本語に訳すときはほぼ一律「愛しい人よ」などとしているのだが、特に字数制限の厳しい字幕翻訳の際には、日本語にもっと短い言葉があれば便利だとしばしば感じる。「恋人よ」が近いことが多いのだが、別に片思い中でも使うことができるし、結婚した後に使ってはいけない言葉でもない。そうすると、やはり「愛しい人よ」になってしまう。この記事では、ヒンディー語の「愛しい人よ」を集め、ヒンディー語映画における用例を紹介していく。
Yaar
「यार」はインド人が口癖のようによく使う「愛しい人」系の言葉である。元々はペルシア語の単語で、恋人に限定せず、親しい友人に対しても使う。言葉の端々で「おいおい」「ねえ、ちょっと」みたいなニュアンスで 「यार」 または「अरे यार」などが使われる。恋仲にはない異性の友人に使っても全く問題ない。下の「प्यार」などと併せて脚韻が踏みやすい単語でもあり、ヒンディー語の映画音楽でも多用される。「यारा」という言い方もある。用例としては、かなり古いが、「Teen Devian」(1965年)の「Arre Yaar Meri」を挙げておく。
अरे यार मेरी तुम भी हो ग़ज़ब
घूँघट तो ज़रा ओढ़ो
おいおい、君もひどいな
ベールぐらいしたらどうだい
Pyaare
「恋」「愛」という意味の名詞「प्यार」は、ヒンディー語のロマンス映画で頻出する単語である。その形容詞形「प्यारा(愛しい)」を格変化させ、「愛しい人よ」と呼び掛ける「प्यारे」という言い方がある。形容詞としての用法と呼び掛けとしての用法を区別するのが難しいことが多い。古い用例だが、「Footpath」(1953年)の「So Ja Mere Pyare」が挙げられる。
सो जा मेरे प्यारे
सो जा सो जा
अँखियों के तारे
सो जा सो जा
寝なさい、私の愛しい子
寝なさい
目の星のような可愛い子
寝なさい
Piya/Pritam
古典語のサンスクリット語には、「愛しい人」を表す「प्रिय」や「प्रियतम」などの単語があるのだが、あまりに古風かつ大仰に感じられてしまうため、現代のヒンディー語の台詞や歌詞などに出て来ることは極めて少ない。だが、 「प्रिय」の短縮形「पिया」はコンパクトかつ響きが美しいため頻出するし、 「प्रियतम」 から派生した「प्रीतम」も時々耳にする。「पिया」が使われている曲としては「Aaja Nachle」(2007年)の「O Re Piya」などが挙げられる。
ओ रे पिया हाय
ओ रे पिया
愛しい人よ、ああ
愛しい人よ
「प्रीतम」が使われている曲としては、「Devdas」(2002年)の「Hamesha Tumko Chaha」がある。
ओ प्रीतम ओ प्रीतम
बिन तेरे मेरे इस जीवन में
कुछ भी नहीं नहीं नहीं नहीं नहीं
कुछ भी नहीं
ああ、愛しい人よ
あなたがいない私のこの人生には
何もない
何もない
Sanam
「सनम」はアラビア語に由来する「愛しい人」を表す単語である。やはりコンパクトで響きがいいため、ヒンディー語映画音楽の歌詞によく使われる。「Hum Dil De Chuke Sanam」(1999年/邦題:ミモラ)や「Sanam Re」(2016年)には題名に「Sanam」が使われている。「Sanam Re」のタイトルソングを用例として挙げる。
सनम रे सनम रे
तू मेरा सनम हुआ रे
愛しい人よ
君は僕の恋人になったんだよ
Saajan/Sajna/Sajni
「साजन」は「着飾る」という意味の動詞「सजना」などと関係のある語で、「愛しい人」を意味する。名詞として「सजना」という言い方もある。これらは主に愛しい男性に対しての語だが、愛しい女性に対しては「सजनी」と言い方がある。「Saajan」(1991年)など、題名にこの言葉が使われた映画もあるし、「Dil Ka Rishta」(2003年)には「Saajan Saajan」という挿入歌がある。
साजन साजन साजन साजन
ओ मोरे साजन साजन साजन साजन
愛しい人よ
ああ、愛しい人よ
Sona/Soniya/Shonaなど
「美しい」「魅惑的な」「素晴らしい」という意味の形容詞「सुहाना」から派生した語として、「सोना」がある。元々はパンジャービー語で「愛しい人」という意味で使われる単語だが、「金」という意味の「सोना」とも同音異義語のために使い勝手がよく、ヒンディー語映画音楽の歌詞にも多用される。「सोनी」、「सोनिया」、「शोना」などの形を取ることもある。「Kabhi Khushi Kabhie Gham」(2001年)の「You’re My Soniya」が代表例である。
कह दो न कह दो न
You’re My सोनिया
言ってよ
君は僕の愛しい人だって
Jaan/Jaanam/Jaan-e-Manなど
「जान」はペルシア語で「命」という意味だが、「命と同じくらい大事な人」という意味に転じて「愛しい人よ」と同義の語として使われる。より呼び掛けの形になっている「जाना」や「जानू」、「私の愛しい人」という意味になる「जानम」や「जान-ए-मन」など、派生語も多い。やはりコンパクトで響きもいい言葉なので、ヒンディー語映画音楽の歌詞で引っぱりダコだ。「命」と「愛しい人」を掛けた言葉遊びも多い。 「जान」 の用例としては、古い映画になるが、「C.I.D.」(1956年)の「Bombay Meri Jaan」が有名な曲である。
ऐ दिल है मुश्किल जीना यहाँ
ज़रा हटके ज़रा बचके
यह है बंबई मेरी जान
ああ心よ、ここは生きるのが難しい
ちょっとどいて、気を付けて
これがボンベイだ、私の愛しい人よ
「जानम」の用例としては、「Veer-Zaara」(2004年)の「Main Yahaan Hoon」を挙げたい。
जानम देख लो
मिट गई दूरियाँ
मैं यहाँ हूँ
यहाँ हूँ यहाँ हूँ यहाँ
愛しい人よ、見よ
距離は消えた
僕はここにいる
ここにいる
Jind
上の「Jaan」と似た言葉だが、「ज़िंद」もしくは「जिंंद」もペルシア語由来の「命」という意味の単語で、転じて「愛しい人」も意味する。ペルシア語の発音に忠実ならば「Zind」であるが、インドでは「Jind」と発音されることが多い。特にパンジャービー語で多用される言葉であり、多くの場面では「जिंद मेरिए」、つまり「私の愛しい人」という言い方で使われる。ヒンディー語映画音楽の歌詞にも時々出て来る。例えば、「Kya Love Story Hai」(2007年)の「It’s Rocking」である。
उड़े जब जब ज़ुल्फ़ें तेरी
क़व्वालियोंं का दिल मचले
ज़िंद मेरिए
君の髪が風になびくたびに
歌い手の心がもだえてしまう
愛しい人よ
Maahi/Maahi Ve
「माही」は元々パンジャービー語の単語で「愛しい人」という意味である。「माही वे」は「愛しい人よ」という呼び掛けの言葉になる。ヒンディー語映画音楽の歌詞でよく使われる。有名なところでは、「Kal Ho Naa Ho」(2003年)の「Maahi Ve」がある。
माही वे माही वे
That’s The Way
माही वे
愛しい人よ
その調子だよ
愛しい人よ
Dilbar
「दिलबर」は「心」を意味する「दिल」から派生した言葉で、「魅惑的な」という意味から転じて「愛しい人」を意味する。「Dilbar」が使われた曲といえば、「Satyameva Jayate」(2018年)でノラ・ファテーヒーが踊ったアイテムナンバー「Dilbar」が有名である。
अब होश न ख़बर है
यह कैसा असर है
तुमसे मिलने के बाद दिलबर
もう何も分からなくなった
何が起こってしまったの
あなたと出会ったら・・・愛しい人よ
Balam
ラージャスターニー語などで「बालम」は「恋人」という意味であり、民謡の中で愛しい人への呼び掛けによく使われる。この言葉が使われたもっとも有名な曲はラージャスターニー語の民謡「Kesariya Balam」で、ラージャスターン州を舞台にした映画でよく流れる。「Dor」(2006年)の中で使われたりした。
केसरिया बालम
आओ नी
पधारो नी म्हारे देस
愛しい人よ
来て
私の国へ
多少古風な響きのある言葉だが、モダンな曲にも使われることがある。「Yeh Jawaani Hai Deewani」(2013年/邦題:若さは向こう見ず)には「Balam Pichkari」という曲があった。
बालम पिचकारी
जो तुने मुझे मारी
तो सीधी साधी छोरी
शराबी हो गई
愛しい人よ、君が
水鉄砲で私に水を掛けた
真面目なお嬢さんも
酔っ払いになった
Mitwa/Meet
「मितवा」はおそらく「友人」という意味の名詞「मित्र」から派生しており、第一義的には親しい友人への呼び掛けに使われる言葉のはずである。しかしながら、ヒンディー語映画音楽の歌詞の中では、異性の愛しい人への呼び掛けに使われる例も散見される。「Nayak」(2001年)の「Chalo Chale Mitwa」や「Kabhi Alvida Naa Kehna」(2006年)の「Mitwa」などである。類語として「मीत」も同様に「友人」から派生し、「愛しい人」という意味で使われることがある言葉である。
मितवा
कहें धड़कनें तुझसे क्या
मितवा
यह ख़ुद से तो न तू चुपा
愛しい人よ
鼓動は君に何を言うだろうか
愛しい人よ
自分に隠してはいけない
Saawariya
「सावरिया」も愛しい人への呼びかけの言葉である。「薄黒い肌色」を意味する「साँवला」または「साँवरा」から派生したとされる。この言葉が題名に採用された「Saawariya」(2007年)という映画があった。ランビール・カプールとソーナム・カプールのデビュー作である。