新規変異株であるオミクロン株流行の兆しがインドでも見え始めた中、2021年12月17日に公開され、同年最大のヒット作にまで躍り出たのが、テルグ語映画「Pushpa: The Rise」である。そのヒットの規模は「Bahubali」シリーズを超えるとまで噂されている。オリジナルのテルグ語版を英語字幕付きで鑑賞した。
監督はスクマール。主演はテルグ語映画界のスーパースターの一人、アッル・アルジュン。スクマール監督は、アルジュンの出世作「Arya」(2004年)で監督デビューしており、続けてアルジュン主演で「Arya 2」(2009年)も撮っている。この二人がコンビを組むのは「Pushpa: The Rise」で3作目となる。
他には、マラヤーラム語映画俳優ファハード・ファースィル、ラシュミカー・マンダーナー、ジャガディーシュ・プラタープ・バンダーリー、スニール、ラーオ・ラメーシュ、ダナンジャヤ、アナスーヤ・バーラドワージ、アジャイ、アジャイ・ゴーシュ、シュリーテージ、シャトル、シャンムク、メーム・ゴーピーなどが出演している。また、「Makkhi」(2012年/邦題:マッキー)のサマンサ・ルース・プラブーがアイテムソング「Oo Antava Oo Oo Antava」でアイテムガール出演している。
プシュパーラージ(アッル・アルジュン)は、アーンドラ・プラデーシュ州チットゥール県のシェーシャーチャラム・ヒルズでしか採れない貴重な紅木の運び人だった。紅木の採取と密輸は、コンダ・レッディー(アジャイ・ゴーシュ)、ジャッカ・レッディー(シャンムク)、ジョリー・レッディー(ダナンジャヤ)の三兄弟が牛耳っていた。 圧倒的な強さを誇り、頭の回転も速く、そして鉄の度胸を持っていたプシュパーラージは、異例の速さでレッディー兄弟に認められる存在となり、やがてブローカーのマンガラム・シュリーヌ(スニール)や、チェンナイ港で紅木の海外輸出を牛耳るチェンナイ・ムルガン(メーム・ゴーピー)などと互角に渡り合うようになる。そして、シンジケートの中で対立を煽る。この抗争の結果、コンダ・レッディーは死に、ジョリー・レッディーは瀕死の重傷を負い、シュリーヌの義理の弟モギリースが死ぬ。紅木密輸業の総元締めだった国会議員ブーミレッディー・スィッダッパ・ナーイドゥ(ラーオ・ラメーシュ)はシンジケートの争いを収め、プシュパーをシンジケートの頭目に任命する。 一方、プシュパーラージはシュリーヴァッリ(ラシュミカー・マンダーナー)という女の子を追い掛けていた。シュリーヴァッリは女好きのジョリー・レッディーに手込めにされそうになるが、プシュパーラージが彼女を助ける。プシュパーラージとシュリーヴァッリは結婚することになる。 ゴーヴィンダッパ警部(シャトル)は紅木の密輸取り締まりに全力を尽くしていたが、プシュパーラージの方が一枚上手で、大した成果を上げられなかった。ゴーヴィンダッパ警部は転勤となり、新しくバンワル・スィン・シェーカーワト警視(ファハード・ファースィル)が赴任する。シンジケートの頭目となったプシュパーラージは賄賂を持ってシェーカーワト警視に会いに行くが、シェーカーワト警視はプシュパーラージを下に見て抑え付ける。しばらくプシュパーラージはシェーカーワト警視のご機嫌をうかがっていた。 プシュパーラージとシュリーヴァッリの結婚式の日、シェーカーワト警視に呼び出されたプシュパーラージは彼に会いに行き、そこで彼に対して牙をむく。そして式場に戻り、堂々とシュリーヴァッリと婚姻の儀をする。
「Bahubali」シリーズの世界的な大ヒットを受けてテルグ語映画界は勢いづいており、次々と野心的な大作が発表されている。「Pushpa: The Rise」も期待作のひとつであり、期待通りの興行収入を上げている。
出生に劣等感を抱き、日雇いの運び人から身を立て始めたプシュパーラージは、違法な紅木の採取に関わるようになり、密輸を牛耳るシンジケートの中でメキメキと頭角を現す。そのいかにも肉体労働者的な風貌はインド庶民の共感を呼ぶはずで、大胆不敵な態度や出世譚は爽快に感じることであろう。特に森林の中を駆け抜けるシーンに映像美が凝縮されており、「花王」という意味の名前を持つ主人公を際立たせていた。
なぜだか説明はされていないのだが、プシュパーラージは圧倒的な強さを誇る。しかも、土臭さを感じさせる庶民的なヒーローだ。「プシュパーは花ではない、火だ」という決め台詞も決まっている。絶対的なヒーロー中心の映画作りは伝統的なインド映画の文法に則ったもので、ここまで臆面なくヒーローを前面に押し出した映画作りはヒンディー語映画界では少なくなってきた。しかも、ヒンディー語映画のスターたちはかなり上流階級層の匂いがプンプンするため、たとえこういう役を演じてもどこか嘘っぽさがにじみ出てしまう。それに比べてアッル・アルジュンは完全に土にまみれて庶民化していた。ただし、アッル・アルジュンはメガスターのチランジーヴィーとも縁戚関係にある映画カーストの一員であり、決して庶民層の出ではない。
アッル・アルジュンを中心とした映画で、しかも極度にマスキュリンな映画であるため、女性キャラには弱さも感じた。特にヒロインのシュリーヴァッリからはほとんど個性や主張を感じなかった。プシュパーラージとシュリーヴァッリのロマンスシーンもロジックを欠いた展開で、非常に弱かった。その代わり、続編で中心的な悪役となるであろう、シュリーヌの妻ダクシナーヤニー(アナスーヤ・バーラドワージ)は大暴れしそうで今後期待できそうである。
アクションシーンには格別に注力されていたが、特に白眉だったのは、目隠しをされ、後ろ手に縛られたプシュパーラージが森林を駆け抜けつつ、わずかな視界を活用して追っ手を撃退していくシーンだ。圧倒的な強さを誇るプシュパーラージでも、さすがに目と手を制限されたらまともに戦えない。それでも戦いながら徐々に束縛を克服していって、最後には完全に相手を撃破する様子は、見事なヒーロー振りであった。スローモーションを多用した緊迫感溢れるシーンに仕上がっていた。
プシュパーラージは、名家の血は引いていたものの、妾の子であり、名字を名乗ることを許されていなかった。それが彼にとってコンプレックスとなっていた。彼のこのコンプレックスには度々言及されていたが、圧巻だったのは、終盤でシェーカーワト警視と裸で対峙する場面である。シェーカーワト警視は、名字のないプシュパーラージを、ブランドのないシャツにたとえ侮辱する。だが、プシュパーラージはシェーカーワト警視を裸にし、自身も裸になって、ブランドに頼らず自分自身の力でのし上がってきたことを誇示する。そして、裸になったら警察官には誰も敬礼しないと言い放つ。果たして、裸になったシェーカーワト警視が自宅に戻ると、飼い犬が彼に吠え出す。飼い犬ですら、制服を脱いだシェーカーワト警視を認識しなかったのである。
ブランド名や名字に頼らず、自分自身の力でのし上がる生き様を見せた「Pushpa: The Rise」は、現在のインドの世相とも合致している。中央政府で政権を握るインド人民党(BJP)は、ガーンディー家のメンバーがいつまでもトップに居座る国民会議派を「血統主義」と批判し、有権者の支持を勝ち得てきた。ヒンディー語映画界では、ネポティズム(縁故主義)が業界を閉鎖的な空間にしていることへの批判が高まっている。前述の通り、アッル・アルジュン自身も決してネポティズムから自由な立場ではないが、少なくとも映画の中で演じたプシュパーラージの台頭は、生まれによる差別や偏見のない社会を支持する内容となっている。
映画の中心的な話題となっている紅木(コウキ)は南インド原産の実在する高級銘木だ。映画の冒頭ではいきなり日本が出て来て驚くが、南インドで採れた紅木が古来から三味線の材料として使われていたのは事実のようである。紅木は絶滅危惧種に指定されており、国際的な取引が規制されているが、それ故にマフィアが密売に関与し、インドから中国、中国から日本へ密かに運ばれていると説明されていた。
「Pushpa: The Rise」は、現在絶頂期にあるテルグ語映画界の圧倒的な勢いを如実に実感させられる大作である。既に続編「Pushpa 2: The Rule」の製作も発表されており、期待が高まっている。アッル・アルジュンのヒーロー振りも素晴らしかった。決して弱点のない映画ではないが、古き良きインド映画の伝統を守りつつ、新しい挑戦にも躊躇しておらず、野心的な傑作と評することができる。