Bob Biswas

3.5

 スジョイ・ゴーシュ監督のスリラー映画「Kahaani」(2012年)は日本でも「女神は二度微笑む」の邦題と共に公開され好評を博した。ストーリーが良かったことに加えて、ヴィディヤー・バーラン演じるヴィディヤーはじめ、キャラが立っていたのも勝因だった。その中でも、シャーシュワタ・チャタルジー演じる殺し屋ボブ・ビシュワースはヴィディヤー以上にいい味を出していた。普段は保険会社に勤めているが、殺しの依頼があると出掛けていって冷酷に仕事を実行する。一見、殺し屋に見えない、くたびれた初老男性の風貌ながら、その射撃の腕は確かであった。

 2021年12月3日からZee5で配信開始のヒンディー語映画「Bob Biswas」は、題名が示すとおり、ボブ・ビシュワースを主人公にしたスピンオフ映画である。「Kahaani」においてボブはトラックに轢かれて死んでしまうため、「Kahaani」後の物語ではなく、前日譚となる。監督はディヤー・アンナプールナー・ゴーシュ。「Badla」(2019年)の助監督を務めるなどして来たが、ほとんど無名の人物だ。「Kahaani」のスジョイ・ゴーシュ監督の氏名が同じだが、関係はないはずである。

 「Kahaani」ではシャーシュワタ・チャタルジーがボブ・ビシュワースを演じていたが、この「Bob Biswas」ではアビシェーク・バッチャンが演じてる。他に、チトラーンガダー・スィン、パラーン・バンドーパーディヤーイ、ブーラブ・コーリー、サマーラー・ティジョーリー、カラヌダイ・ジェーンジャーニー、ティナ・デーサーイーなどが出演している。

 時は2012年、舞台はコールカーター。ボブ・ビシュワース(アビシェーク・バッチャン)は8年間の昏睡から目を覚ましたが、記憶喪失になっていた。退院したボブを、妻のメリー(チトラーンガダー・スィン)と息子のベニーが迎えるが、ボブには彼らの記憶もなかった。また、ミニ(サマーラー・ティジョーリー)という娘もいたが、メリーの前夫の子であった。ミニは医大合格を目指して勉強中だった。

 若者の間では、「ブルー」と呼ばれるドラッグが流行していた。ブルーを摂取すると夜通し勉強できると評判だったが、依存性があり、中毒になる若者も続出していた。ミニは、友人の紹介もあって勉強中にブルーを飲むようになり、依存して行く。

 一方、ボブは昏睡状態になる前に保険マンだったことが分かり、同じ保険会社に勤めるようになる。しかしながら、正体は殺し屋であった。ボブが目を覚ましたことを知った警官ブバイ(プーラブ・コーリー)は、彼の殺しの腕を活用しようとし、彼に殺しの依頼を出すようになる。ボブは、薬屋カーリー・ダー(パラーン・バンドーパーディヤーイ)から銃を受け取り、殺しを請け負うようになる。

 ボブが殺した人物の中には、ブルーの密売人も含まれていた。だが、ブバイの上司シェーカルがブルーの密売組織のボス、ウスタードと手を結んだことで、今度はブルーの密売を止めようとする者が標的に選ばれるようになった。ボブによる殺しの捜査を続けていた女性警察官インディラー・ヴァルマー(ティナ・デーサーイー)は、ボブが容疑者だと推定する。インディラーは、ボブを使って暗殺を行う警察のグループからは外れていた。

 ボブは、昏睡状態になる前に自分が書いていた日記を見つける。日記には、今まで彼が殺した人の名前やその依頼主が細かく記録してあった。また、その日記に挟んであった鍵は、カーリー・ダーの店のトランクルームの鍵だった。ボブが開けてみると、中には多額の現金が入っていた。ボブは、その金を使って家族でカリンポンに移住することを考える。ところが、日記の存在を知ったシェーカルは、ボブを抹殺して日記を奪おうとする。ウスタードに送られた殺し屋によってメリーとベニーは殺されてしまうが、ボブは助かり、殺し屋を返り討ちにする。そしてウスタードのアジトに乗り込むが、そこにはミニが待ち構えていた。ミニに撃たれたボブであったが、ウスタードを殺すことに成功する。

 6ヶ月後・・・。ボブは、メリーとベニーの墓を参る。ミニはボブのことを無視し続けていた。そんなとき、彼の携帯電話に殺しの依頼が入る。その写真は、ヴィディヤーのものだった。

 「Kahaani」で人気を博したボブ・ビシュワースを主人公にした映画ではあるが、チームは全く異なる。よって、「Kahaani」とは全く別物の映画として鑑賞すべきだ。その上で評価するならば、観客の期待に完全に応えられていない映画だと感じた。

 「Kahaani」のような衝撃のラストを期待しているのではない。なぜボブ・ビシュワースはボブ・ビシュワースになったか、ということを知りたいのである。だが、映画の冒頭からボブは記憶喪失であり、彼が記憶を取り戻して行く過程が映画の大半を占める。と言うより、彼の記憶は最後まで完全に戻っていない。よって、ボブと同じくらい観客も、なぜ彼が殺し屋になったのか分からないまま映画を見続け、そして結局分からないまま映画を見終わることになる。

 ただ、「Bob Biswas」のラストで「Kahaani」と話がつながったため、もしまた別のスピンオフ映画が作られるとしたら、「Bob Biswas」より前の、さらなる前日譚が作られることになるのかもしれない。このままでは、あまりに解明されていない謎が多すぎるのである。ボブがなぜ殺し屋になったのか、そして記憶喪失の原因となった事故は何だったのか、メリーの前夫デーヴィッドを殺したのはボブなのか、メリーは本当にボブの妻なのか、などなど。そういえば、もしかしたらメリー、ベニー、ミニは、ボブから何かを隠すために何者かによって用意された虚構の家族かもしれないというサスペンスもあったのだが、メリーとベニーがあっけなく死んでしまったことで、そのサスペンスも消化不良のまま終了してしまっていた。

 警察内部の構造もよく分からなかった。一方でボブを使って邪魔者を殺そうとする一派があれば、もう一方でブルーや殺人事件の捜査を真面目に遂行する一派もある。ブルーの密売組織も描写が不足していた。とにかく、放りっぱなしの要素が多い映画であった。

 映画の中で何度も出て来た言葉に「規則」がある。登場人物の多くはアンダーワールドに属していたが、決して無法者ではなく、彼らには彼らなりのルールがあって、それを守って生きている様子が何度も強調されていた。表向きは保険マンをしながら裏で殺し屋稼業をするボブも、その規則を守る一人であった。

 最近、出演作が減っているアビシェーク・バッチャンは、「The Big Bull」(2021年)に続き、中年太りのおじさん役を演じた。太って来たためにこういう役しかもらえなくなったのか、役作りのために中年太りしているのかは分からないが、だいぶ貫禄が付いて来た。ただ、「Kahaani」でシャーシュワタ・チャタルジーが演じたボブ・ビシュワースのイメージが強烈で、それを覆すような演技ができていなかった。

 相手役のチトラーンガダー・スィンは、あまり目立った活躍はして来ていないが、確かな演技力を持ついい女優だ。今回も好演していた。ミニを演じたサマーラー・ティジョーリーと女性警官インディラーを演じたティナ・デーサーイーは、まだ無名ながら光るものを感じた。他には、カーリー・ダーを演じたパラーン・バンドーパーディヤーイがいい味を出していた。彼を題材にして、さらなるスピンオフ映画が作れそうだ。

 「Bob Biswas」は、ヒット映画「Kahaani」で人気を博した殺し屋、ボブ・ビシュワースを主人公にしたスピンオフ映画である。「Kahaani」の前日譚となる。だが、監督から俳優まで「Kahaani」とは全く異なり、別物の映画である。多くの謎が投げ掛けられたまま謎として残ってしまっており、もしこれで完結だとしたら、かなりもどかしい。だが、「Baby」(2015年)のスピンオフ映画「Naam Shabana」(2017年)が作られ、「Kahaani」からこの「Bob Biswas」が作られたように、特定の映画で登場した脇役からまた新たなスピンオフ映画が作られるという流れが流行して行きそうな予感も感じさせる映画であった。