インドの土着の宗教であるヒンドゥー教を信仰する人々はインドの全人口の8割を占める。よって、ヒンディー語映画の登場人物もヒンドゥー教徒であることが多い。
ヒンドゥー教は多神教であり、各地で数多の神様が信仰されている。ヒンドゥー教徒であれば基本的にヒンドゥー教のどの神様も崇拝するのだが、自分の「推し」の神様を持っている人は多い。ヒンディー語では「推し」の神様は「इष्ट देव」と言う。
インドの神様の中で、特に男性に人気なのがハヌマーンである。外見が猿なので、インド神話初心者でも判別しやすい神様の一人だ。インド二大叙事詩のひとつ「ラーマーヤナ」に登場するラーマ王子の忠実な部下であり、ラーヴァナに誘拐されたスィーター姫を真っ先に見つけ出したり、ラーヴァナの住処ランカー島を燃やしたり、矢に倒れたラクシュマナの傷を癒やすためヒマーラヤ山脈へ飛んで薬草の山サンジーヴニーを山ごと持ち帰ったりと、大活躍する。「西遊記」の孫悟空のモデルともいわれている。
火曜日はハヌマーンの日とされており、ハヌマーンを信仰する男性たちはこの日、ハヌマーン寺院に参拝したり、断食したり、あるいは肉食を避けたりする。ハヌマーンは海を渡ってランカー島に辿り着いたとされているため、船乗りたちからも信仰されている。ハヌマーンは、自身の巨大な潜在力にまだ気付いていない者ともされており、本番で十二分の力を発揮する必要のある、力士をはじめとしたスポーツ選手たちもハヌマーンの礼拝を欠かさない。
ハヌマーンの敬虔な信徒と聞いて真っ先に思い出すのは、「Bajrangi Bhaijaan」(2015年/邦題:バジュランギおじさんと、小さな迷子)でサルマーン・カーンが演じた主人公バジランギーであろう。あまりに信心深かったため、彼は嘘を付くことができず、密入国したパーキスターンで様々なトラブルに直面する。「バジラング」や「バジラングバリー」は「ダイヤモンドのように堅い身体の者」という意味で、ハヌマーンの別名としてよく使われる。
ヒンドゥー教にも神様を賛美する賛美歌のようなものがあり、それぞれの神様にそれぞれの賛歌が用意されている。ハヌマーンの賛歌と言えば、ハヌマーン・チャーリーサー(हनुमान चालीसा)である。主に40の節からなる韻詩で、16-17世紀の詩人トゥルスィーダースによって書かれたとされている。ヒンディー語の一方言であるアワディー方言によって書かれている。冒頭の一節は以下の通りである。
जय हनुमान ज्ञान गुन सागर।
जय कपीस तिहुँ लोक उजागर॥
知識と美徳の海であるハヌマーン万歳
三界を照らす猿の王万歳
ヒンディー語映画においてハヌマーン・チャーリーサーが登場する機会は意外に多い。この賛歌には悪鬼羅刹を払う力があるとされており、ホラー映画などで、お化けに遭遇した人が思わず唱えたりしているのをよく目にする。その最大の根拠となっているのは第24節であろう。
भूत पिशाच निकट नहिं आवै।
महाबीर जब नाम सुनावै॥
幽霊も悪鬼も近くに寄って来ないだろう
大勇者ハヌマーンの名前を唱えれば
例えば、ホラー映画「1920」(2008年)では、神父でも追い払えなかった悪霊を、素人の主人公がハヌマーン・チャーリーサーを唱えることによって撃退する。
非常に有名な賛歌であるため、多くの歌手が様々なバージョンのハヌマーン・チャーリーサーを歌っている。映画との関連で個人的にもっとも思い入れがあるのは、ハヌマーンを主人公にしたアニメ映画「Hanuman」(2005年)のサウンドトラックに入っていた「Hanuman Chalisa」である。メロディーが非常に美しく、当時何度も繰り返して聴いていたのを思い出す。
だが、YouTubeでもっとも再生されている「Hanuman Chalisa」は以下のもののようだ。なんと20億回以上再生されている。インド発のYouTubeコンテンツで初めて20億回再生を達成した動画である。おそらく信心深い人がこぞってループで流しているのだろう。