2021年8月13日からZee5で配信開始された「Badnaam(汚名)」は、犯罪者からスパイに転向した女性の物語である。ほとんど無名の監督・俳優たちによる映画だが、監督のクリシュナー・バットは、良質なB級映画を乱発するヴィクラム・バットの娘だといえば、興味が沸く人はいるのではなかろうか。マヘーシュ・バットやムケーシュ・バットなどから成る、いわゆる「バット・キャンプ」の新世代であり、注目したい。
キャストは、プリヤル・ゴール、モーヒト・セヘガル、バルカー・ビシュト、アニルッド・ダーヴェー、ジャス・ビナーグそしてヴィクラム・バットなど。クリシュナー・バット監督はTVドラマを監督してきており、映画を撮るのは今回が初となる。「Badnaam」に出演している俳優たちも、TVドラマ界で活躍している者がほとんどであり、映画界では無名に近い。
舞台はロンドン。インド人街サウスオールで生まれ育ったソニア(プリヤル・ゴール)は、恋人でミュージシャンのカビール(モーヒト・セヘガル)と共に何とかサウスオールを抜け出そうとしていた。しかし、ソニアは麻薬密輸事件に巻き込まれ、警官を殺してしまい、14年の禁固刑になる。 刑務所でいじめに遭ったソニアは怪我をし、入院する。そこでカーヤー(バルカー・ビシュト)という謎の女性から、スパイとして「組織」のために働くオファーを受ける。家族とも絶縁状態で、カビールの人生にとっても重荷になっていたソニアは、そのオファーを受けることにする。ソニアの死が偽装され、彼女はパリーという新たな名前を授けられ、スパイの訓練を受ける。 パリーは有能なスパイに成長し、組織のボスであるミスター・ブラックから気に入られる。しかし、ミュージシャンとして成功していたカビールと偶然出会ってしまい、彼女はカビールと密会する。ミスター・ブラックのことをよく知る医師(ヴィクラム・バット)から、カビールの命が危ないと知らされたパリーは、カビールを連れて国外脱出しようとする。だが、パリーは捕まり、カビールは殺されてしまう。 カーヤーはパリーを殺そうとするが、ミスター・ブラックに止められた。幽閉されていた場所から脱出したパリーは、カーヤーとミスター・ブラックに復讐を開始する。彼女はジャーナリストに組織の秘密を明かし、組織の謎を追っていた警官ジャーヴェード(ジャス・ビナーグ)を殺す。ジャーヴェードの兄は組織と密通していたが、組織に弟が殺されたと勘違いし、反旗を翻す。そしてパリーはカーヤーをおびき出し、彼女を殺す。 誰もミスター・ブラックの姿を見たことがなかったが、パリーは正体に気付いていた。それは何かと彼女に助言を与えていた医師だった。パリーは、彼の弁護士ラザフォードを寝返らせ、ミスター・ブラックを殺し、正当防衛による死を演出する。こうしてラザフォードは新たなミスター・ブラックになるが、パリーにはまた新たな仕事が舞い込んできた。
犯罪を犯して長期服役となり、行き場を失った女性が秘密組織にスパイとしてリクルートされて暗躍し、その後、組織に反旗を翻して殺された恋人の復讐を果たすという、いかにもバット・キャンプが好みそうな、B級映画臭のする作品だった。女性スパイは銃器の扱いや格闘技も叩き込まれるが、やはり女の武器である身体や誘惑もフル活用して、重要人物から機密情報を盗み出す。あからさまな露出シーンはないものの、濡れ場はたっぷり用意されており、期待を裏切らない。そして、このようなコテコテのB級映画を女性監督が撮ってしまうところが、バット・キャンプの面目躍如である。マヘーシュ・バットの娘プージャー・バットの撮る映画とも雰囲気が似ていた。
主演のプリヤル・ゴールは、ヒンディー語映画初出演になるが、過去にはパンジャービー語映画や南インド映画にも出演経験がある。女スパイとしての妖艶さが格別に備わっているわけでもなく、運動神経も特別優れているわけでもないと思うのだが、ベッドシーンやアクションシーンの多いソニア/パリーの役を精いっぱい演じ切っていた。特に、常にスカートをはいてアクションシーンをこなしているところが目新しかった。あちこち飛び跳ねたり、悪漢に蹴りを入れたりしていたが、もちろん下に履いているパンツ(というよりスパッツ)が見えてしまっている。アクションにチラリズムを入れてくるあたりも、バット・キャンプの計算高さを感じる。
台詞回しも凝っていた。言葉遊びを多用し、どこか演劇的でどこか文学的な台詞の応酬が続き、知的な楽しみがあった。ストーリー上、大きなミステリーになっているのはミスター・ブラックの正体だが、その正体がパリーに知られるきっかけも、諺の言い間違いという何ともユニークなものだった。ヒンディー語には、「गरजने वाले बादल बरसते नहीं」という諺がある。これは「雷を轟かせる雲は雨を降らさない」という意味で、「負け犬の遠吠え」みたいなニュアンスである。これを医師とミスター・ブラックは「बरसने वाले बादल गरजते नहीं」、つまり「雨を降らせる雲は雷を轟かせない」と共通して言っており、同一人物であることがばれてしまっていた。
もっとも、クリシュナー・バット監督の父であるヴィクラム・バットが演じている時点で、目の肥えた観客には、何らかの重要な役であることは分かってしまっていたことだろう。また、いくらインド系だとはいえ、英国で生まれ育った人物がヒンディー語のこういう微妙な言い回しを理解しているという設定にも多少の疑問が沸く。
バット・キャンプの映画は音楽や歌詞に凝ることも多いが、「Badnaam」の楽曲はストーリーとの親和性が高く、映画を盛り上げていた。マイナー調の落ち着いた曲が多いが、中でもカビールが死んだソニアを思い出しながら、パリーに変貌したソニアの前で歌い上げる「Toh Main」は素晴らしかった。こういう狂おしいシチュエーションを作り上げて楽曲と映画の相乗効果を図るのはバット・キャンプの得意技だ。
とはいえ、映画館では公開されず、Zee5での配信となったこの「Badnaam」はほどんど話題になっていない。完成度は決して高くないが、荒削りな中にも光るものがある映画だ。
導入部では、サウスオール出身のインド人である主人公が、サウスオールから脱出したくてたまらないという感情を吐露していた。こういう感情が表現された映画は今まで観たことがなく、興味深かった。おそらく、ロンドンに住んでいながら、英国人らしい生活ができず、インド文化にどっぶり漬かっていることへの反発なのだろうが、この辺りをもう少し掘り下げてもいい映画ができそうだ。
また、パリーがスパイになるための訓練を受けているとき、中国語を勉強していたのを見逃さなかった。英国が舞台のインド映画ではあるが、昨今の世界情勢を受け、中国が仮想敵国になっていることを暗示していた。
「Badnaam」は、B級映画の雄ヴィクラム・バットの娘クリシュナー・バットが初監督した女スパイ映画である。非常に地味であり、決して完成度の高い映画ではないが、バット・キャンプらしい、エロティックで狂おしい映画になっており、音楽も優れていて、意外に楽しめる。時間があれば観てみてもいいのではなかろうか。