Womb: Women of My Billion

4.0
Womb: Women of My Billions
「Womb: Women of My Billions」

 インドで生まれ、香港でマーケターをしていたスリシュティー・バクシーは、2016年にウッタル・プラデーシュ州ブランドシェヘルで起こった集団強姦事件にショックを受け、インドが「修理不可能なほど壊れてしまったのか」を確かめるために、仕事を辞めてインドに戻り、南端のカンニャークマーリーから北端のカシュミール(シュリーナガル)まで3,800kmを徒歩で歩き、各地の女性たちと話をすることを決めた。彼女の旅は2017年9月に始まった。1日30-35kmを歩き、100-150人の人々と会話をし、110回以上ワークショップを行った。そして出発から230日後にシュリーナガルに到達した。

 「Womb: Women of My Billion」は、スリシュティーのインド徒歩縦断旅行を追ったドキュメンタリー映画である。監督はアジテーシュ・シャルマー。エミー賞を受賞したNetflixドラマ「Delhi Crime」(エピソード1/2019年)で助監督を務めた経験がある。プリヤンカー・チョープラーがプロデューサーに名を連ねているのが注目される。2021年6月17日にロンドン・インド映画祭でプレミア上映された。

 この映画には多くの女性が登場するが、メインとなるのは前述のスリシュティーに加え、3人の女性だ。ネーハー・ラーイ、サンギーター・ティワーリー、プラギャー・プラスーン・スィンである。スリシュティーの旅を軸として語られる中で、ネーハー、サンギーター、プラギャーの身に起こった出来事が断片的に差し挟まれていく構成になっている。そして、彼女たちはそれぞれ、インドの女性たちが直面する問題を代表している。

 ネーハーが代表しているのは持参金と家庭内暴力である。ネーハーは大学卒業直後に父親から決められた男性と結婚したが、持参金の少なさを夫の家族から責められるようになった。さらに、彼女の身体についても文句を言われるようになり、乳房縮小手術を強要された。それを拒絶すると彼女は夫から身体的および性的な暴力を受けるようになった。いわゆる夫婦間レイプである。我慢できなくなったネーハーは警察に通報するが、警官も裁判官もほとんど彼女の味方をしてくれなかった。ネーハーの父親は彼女の離婚を決める。ネーハーは、結婚も離婚も父親が決定することに疑問を感じ、自分の選んだ男性と再婚して、現在は幸せに暮らしている。

 サンギーターが代表しているのは寡婦問題である(参照)。サンギーターは医者であったが、やはり父親の決めた相手と結婚した。だが、夫には精巣がなく、子供を作れなかった。しかも、医者であるサンギーターよりも稼ぎが少なかった。夫はそれらを苦にして自殺をしてしまう。未亡人となったサンギーターは家族や親戚から不吉な存在として扱われるようになり、社会的な尊厳を失ってしまう。その後、サンギーターは再婚し妊娠するが、夫はまだ子供を望まず、流産するように1日に何度もセックスを強要した。サンギーターは夫と別れて男児を出産し、陸軍に軍医として入隊した。軍医になったことで彼女は社会的な尊厳を取り戻し、人々から頼られる存在になる。彼女は、自分を救ったのは教育だったと語る。

 プラギャーが代表しているのは児童性虐待とアシッド・アタックだ。プラギャーは幼年時に家庭教師から不適切な触られ方をしていたが、両親には言い出せなかった。プラギャーはあるときアシッド・アタックに遭うが、犯人は、彼女の母親によってプラギャーへの求婚を拒絶された男性だった。プラギャーはなぜそんなことをされたのか分からないまま苦しいときを過ごす。プラギャーの顔の大部分は酸で溶けてしまい、片目や片耳を失っていた。だが、彼女は生きる勇気を失わず、現在ではアシッド・アタックの被害者を救済するアティジーヴァン・ファウンデーションを運営している。

 ネーハー、サンギーター、プラギャーに共通しているのは、インドの家父長制および男尊女卑社会によって苦しみを受けながらも、それに屈することなく前へ進み、自分の人生を築き上げたことだ。

 カンニャークマーリーから徒歩の旅をスタートしたスリシュティーも、道中で苦難の中にいる多くの女性たちと出会う。毎日30km以上歩くことで身体的に疲労が溜まっていたこともあるが、そういう抑圧された女性たちと出会うことが精神的なダメージとなって彼女をさらに蝕んでいたようにも見えた。しかしながら、彼女は一人ではなかった。彼女の旅は最初から夫をはじめとしたチームによって支えられていたが、歩を進めるたびに多くの賛同者を集めることになった。スリシュティーは各地でワークショップを行う中で、女性たちに現状の異常さを訴え、彼女たちの意識改革に努めた。

 スリシュティーが最終的に辿り着いた結論は、少数派に対する暴力は多数派の沈黙が原因であるということだった。スリシュティーは多数派の沈黙を破り、社会悪に対抗する声を上げさせようとする。

 決してインドの負の側面だけを取り上げ、暗鬱とした気分にさせるのではなく、インドの女性問題の核心に迫り、それを作り出している原因をあぶり出し、問題解決のために人々を立ち上がらせようとする前向きなメッセージの発信につなげている。スリシュティーが旅を始める前に問うた「インドは修復不可能か」という問いには自ら「修復可能だ」と答え、多数派の意識改革がその方法だと訴えた。

 「Womb: Women of My Billion」は、主にスリシュティー、ネーハー、サンギーター、プラギャーという4人の女性を通して、インドの女性問題を解決する糸口をインド人の視点から模索するドキュメンタリー映画である。アシッド・アタックの被害者など、ビジュアル的にグロテスクなものもあるが、決してインドの現状や未来を悲観する内容ではなく、少しずつでも改善しつつあるという希望を持たせてくれる作品だ。必見の映画である。