Three Songs for Benazir (Afghanistan)

3.0
Three Songs for Benazir
「Three Songs for Benazir」

 「Three Songs for Benazir」はアフガーニスターンの短編ドキュメンタリー映画である。2021年6月6日に米国デューク大学のフルフレーム・ドキュメンタリー映画祭でプレミア上映され、日本では2021年10月11日に「ベナジルに捧げる3つの歌」という邦題と共に山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映されたことがある。2022年のアカデミー賞短編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた。

 監督はグリスターン・ミールザーイーとエリザベス・ミールザーイー。この二人は夫婦で、グリスターンはアフガーニスターン人、エリザベスは米国人だ。エリザベスは写真を教えるボランティアをしにアフガーニスターンに滞在し、そこでグリスターンと出会い、恋が芽生えて結婚したという。ミールザーイー夫妻のデビュー作は「Laila at the Bridge」(2018年)で、この「Three Songs for Benazir」は共作2作目となる。彼らは一貫してアフガーニスターンの現状を訴えるドキュメンタリー映画を作り続けている。アフターニスターンと米国は非常に微妙な関係にあるが、両国の国民が結婚しドキュメンタリー映画を作るというのはとても興味を引かれる。

 ちなみに、「Three Songs for Benazir」にはパシュトー語で「دری سندری د بینظیر لپاره」と題名も添えられている。これは「Three Songs for Benazir」と全く同じ意味である。

 ベーナズィールとは主人公シャーイスターの妻の名前だ。二人はまだ結婚して間もなく、シャーイスターも若く見える。おそらく二十歳前後なのではなかろうか。彼はカーブルの難民キャンプで育った。政情不安によって彼の教育は小学3年生までで止まってしまい、まともな職に就けずにいた。父親に学校で学び直したいと訴えるものの認められない。ならばと国防軍入隊を希望するが、それも却下される。では父親は彼に何をさせたいのかといえば、ケシの花の栽培である。長らく戦乱が続いたアフガーニスターンでは、ケシの花を栽培しアヘンを作って換金し、生計を立てるのが一般化してしまっている。ベーナスジールは妊娠しており、もうすぐ第一子が産まれようとしていた。そういうこともあってシャーイスターはちゃんとした仕事を求めていたのだろう。

 シャーイスターは妻に歌を歌って聴かせるのが好きなようだ。題名になっている「3つの歌」とは、23分ほどの上映時間の中で彼が歌う3つの曲のことを指している。それが有名な民謡なのか、それとも彼が即興で作った歌なのか、よく分からない。しかしながら、前の2曲と後の1曲の間には4年の月日が流れ、シャーイスターの置かれた状況も一変してしまっている。

 シャーイスターは勝手に国防軍の募兵に応じるが、兵士になるには保証人が必要だという。父親に反対され、難民キャンプにも保証人になってくれる人はいない。どうやら保証人を見つけられず彼は国防軍の兵士にはなれなかったようだ。その後、彼がケシ畑で作業をする様子が映し出される。それから突然時間が飛び、4年後となる。シャーイスターは依存症治療センターにいた。何の依存症かは明示されていなかったが、おそらくケシの栽培をしている内にアヘン中毒になってしまったのだろう。シャーイスターは、センターを訪れた妻子を笑顔で迎え入れ、歌を歌う。これが3曲目となる。ベーナズィールは2人の子供を産んでいたが、彼らは靴を履いていなかった。それを問われたベーナズィールは、靴を買う金がないと答える。

 学がなく、貧しいながらもこれから産まれてくる子供のために人生を軌道に乗せようと努力するシャーイスターの姿と、その4年後、依存症治療センターで治療を受けるシャーイスターの姿が対比される。多くのことは語られない。映像と、限られたセリフによって、視聴者は彼らの人生を読み取るしかない。「Three Songs for Benazir」は、戦乱によって教育の機会を奪われ、人生を立て直すことができず、最後には依存症になってしまったシャーイスターの物語であるが、それだけでなく、多くのアフガーニスターン人が多かれ少なかれ経験してきた苦しみの物語でもある。そこに希望の光はあまり感じられない。

 不気味だったのは、難民キャンプの上空に浮かぶ飛行船だ。シャーイスターによると、あれは米軍が難民キャンプを監視するために浮かべているものであるらしい。シャーイスターはその難民キャンプ初の国防軍兵士になろうとしていた。国防軍は米軍の協力者になる。アフガーニスターン人の間ではやはり反米感情が強いようで、父親を含めキャンプの人々からは反対される。また、国防軍に入隊したらターリバーンの標的にもなってしまう。それでもシャーイスターは、生まれてくる子供のためにも、国防軍に入ってでも経済的な自立を実現したかったのだ。それが許されなかったために彼はケシ畑で働かざるをえなくなってしまう。

 2021年8月にターリバーンはアフガーニスターン全土を掌握してしまう。このドキュメンタリー映画はその前に撮影されたものだ。よって、現在は状況もさらに変わっているものと思われる。国防軍の兵士たちはターリバーンから真っ先に目の敵にされたとされるので、もしかしたらシャーイスターにとって国防軍に入らなかったことは良かったのかもしれない。現在、彼はどうしているだろうか、心配になる。

 ドキュメンタリー映画はフィクション映画と異なり、必ずしも台本があるわけではない。シャーイスターとベーナズィールの物語も、監督たちはきっと結末を決めずに撮り始め、それらを後からつなぎ合わせて一本の作品に作り上げたものだろう。もしかしたらドキュメンタリー映画にするということすら考えていなかったかもしれない。観ていて疑問に感じたのは、彼らやその家族・友人の間でのかなりプライベートな会話まで録画されていたことだ。カメラが入っているときに話し合われる内容ではなかったと感じた。まさか盗撮をしたわけではなかろうが、どうやって当事者たちから了解を得て撮ったのか、不思議に感じた。

 「Three Songs for Benazir」は、アフガーニスターン発のドキュメンタリー映画ということで、珍しさが先に立つ作品だ。そこには、長引く戦乱によって人生を破壊された人々の窮状が淡々と映し出されている。あらかじめ明確な目的があって撮られた作品というよりも、たまたま映像に収めていた人々が直面する人生のドラマが作品になったといった感じの、偶然の産物という印象が強い。それだけに、安穏な気持ちでは観られない作品だ。