376 D

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376 D
「376 D」

 2020年10月9日からShemarooMeで配信開始された「376 D」は、集団強姦の罰則を定めたインド刑法(IPC)第376条Dが男性被害者に適用されるのかを巡る法廷劇である。実話にもとづくストーリーではないはずである。

 監督はグンヴィーン・カウルとロビン・スィーカルワール。どちらもデビュー監督である。キャストは、ヴィヴェーク・クマール、ナマン・アーナンド、ディークシャー・ジョーシー、スミト・スィン・スィーカルワール、プリヤンカー・シャルマー、シュッドー・バナルジー、チャンダン・クマール、タサッバル・アリー、ラーナー・サントーシュ・カマルなどが出演している。

 デリー在住のサンジュー・シャルマー(ヴィヴェーク・クマール)と弟デーヴィー(ナマン・アーナンド)は、夜中に女装をして歩いていたところ、5人の暴漢が乗るヴァンに引きずり込まれ暴行を受ける。彼らは警察を見て逃走し、サンジューとデーヴィーを放り出す。警察はレイプ事件だと考え、追跡をやめてサンジューとデーヴィーを病院へ連れて行く。医者は、二人が男性であることを知ると、彼らを家に帰す。

 それ以来、サンジューとデーヴィーはPTSDに悩まされるようになった。特に暴行時に頭部に怪我を負ったデーヴィーは全く無気力となり、あるとき倒れて意識を失ってしまう。サンジューの恋人サンディヤー(ディークシャー・ジョーシー)は事情を知って彼を警察に連れて行き被害届を出させるが、警察は、男性はレイプ被害者にならないと言って追い返す。レイプ被害者を助けるNGOも彼が男性であることを理由に受け入れを拒否する。

 そこで、サンジューはフリージャーナリストに事件を取り上げてもらう。サンジューとデーヴィーの事件はインド全国で放送され話題になる。ようやく警察も本腰で捜査を開始し、犯行グループの一人キシャンから証言も得て、残りの4人を書類送検する。検察はケーシャヴ・アーナンド(スミト・スィン・スィーカルワール)が担当することになった。容疑者の弁護人はシャーリニー・ディーワーン(プリヤンカー・シャルマー)が務めた。

 争点となったのはIPC第376条Dが男性被害者にも適用されるかであった。また、シャーリニーは裁判を混乱させるため、サンジューとデーヴィーが女装して夜中に強盗をしていたという根拠のない訴えもする。また、警察に犯行を証言したキシャンが寝返り、容疑者を擁護する発言をし始める。だが、ケーシャヴはサンジューとデーヴィーの応急処置をした女医やサンジューの精神鑑定を行った精神科医などを証人として呼んで冷静に論理を構築する。

 裁判長(シュッドー・バナルジー)は、IPC第376条Dは被害者の性別を女性に限定する条文ではあるものの、容疑者が犯行を行ったときはサンジューとデーヴィーを女性だと思っていたことに注目し、犯行の意思を重視して、同条文は適用されると判断し、4人を有罪とした。

 ほとんど映画未経験のスタッフとキャストが作った作品であり、随所に素人っぽさと安っぽさが見受けられた。それでも俳優にはヴィヴェーク・クマール、タサッバル・アリー、ラーナー・サントーシュ・カマルなど国立演劇学校(NSD)卒業生が含まれており、演技まで素人俳優の寄せ集めというわけではない。また、後半に裁判が始まって法廷劇に以降すると、検察ケーシャヴと弁護士シャーリニーのやり取りにエッジが効いており、グッと引き込まれるようになる。性犯罪に性差別はあるのか、つまり、男性への性犯罪は裁かれないのかというテーマも興味深いものだ。

 インド刑法(IPC)では、まず第375条でレイプの定義付けが行われており、次の第376条で刑罰が列記されている。第376条にはレイプのさまざまな種類についてAからEまで分類がなされており、その内のDが集団強姦の規定になっている。翻訳すると以下のようになる。

女性が、集団を構成する1人以上の者により、又は共通の意図の下に行動する者により、強姦された場合には、これらの者は強姦罪を犯したものとみなされ、20年を下らず、その者の余生となる終身に及ぶ期間の厳重な禁錮刑及び罰金刑に処せられる。

ただし、その罰金は、被害者の医療費およびリハビリテーションを満たすために正当かつ妥当なものでなければならない。

ただし、当該罰金は、被害者の医療費および更生に充てるため、適正かつ合理的な金額とする。

 この条文には、集団強姦の被害者は「女性」と明記されており、法律を正攻法で解釈したら男性は集団強姦の被害者にはなりえない。ただ、映画の中でも明らかにされているように、性被害に遭った者が受ける精神的なダメージに男女差はない。法律において男女に不平等があってはならないが、強姦罪に関しては、明らかに性差別が見られるのである。

 ただ、「376 D」は多少イレギュラーな状況を用意している。映画の中で集団強姦未遂に遭ったサンジューとデーヴィーは女装をしていたのである。彼らが女装をしていた理由についてはすぐには明かされない。当初はLGBTQか女装趣味者かと思ったが、中盤で説明されたところによると、彼らはストレートであり、たまたま女装をしていただけだった。サンジューは女子寮に住む恋人サンディヤーに会いに行くため、デーヴィーの発案により、女装して女子寮に忍び込み、彼女にプロポーズしたのだった。その帰り、彼らは被害に遭ったのである。

 不思議なことに裁判では女装して女子寮に忍び込んだ彼らの行動について全く議論されない。あたかもそれが若気の至りとして許容されているかのようだ。それはそうとして、彼らは女性として勘違いされてヴァンに押し込まれ集団強姦未遂を受けたのである。これはIPCでいう集団強姦未遂罪にあたるのかどうかが争点である。

 検察ケーシャヴと弁護士シャーリニーの間では当然のことながら被害者が男性である点を巡って議論が交わされるのだが、シャーリニーは裁判をかき乱す目的で、逆にサンジューとデーヴィーを女装強盗に仕立て上げようとしたりするので、必ずしもIPC第376条Dのみが争点となっているわけではない。それでも、女性のレイプ被害者に対する救済はインド社会にかなり整備されている一方で、男性被害者の救済は立ち遅れている現状がよく浮き彫りにされていた。男性の方が社会から感情の発散を抑制される傾向にあり、これも男性被害者の救済の妨げになっていることが指摘されていた。

 2012年のデリー集団強姦事件以来、女性の安全問題はインド社会全体の喫緊の課題となり、インド映画界も盛んに女性のエンパワーメントを進めてきた。だが、今度は女性に力が集中し、女性が法律を悪用するケースも目立つようになってきた。それは「Section 375」(2019年)で取り上げられた。そしてこの「376 D」は、救済の網から弱者男性がこぼれ落ちているのではないかという重要な指摘がなされていた。どちらも法廷劇であり、男女の弁護士が戦う点でも共通していて、両作品はセットで見るべき映画だ。

 演技面では、検察ケーシャヴ役を演じたスミト・スィン・スィーカルワールと弁護士シャーリニー役を演じたプリヤンカー・シャルマーの演技力がずば抜けていた。裁判長を演じたシュッドー・バナルジーも老練な演技を見せていた。ヴィヴェーク・クマールに落ち度はなかったが、彼らに比べたらまだ迫力が足らなかった。ヒロイン役のディークシャー・ジョーシーはほとんど見せ場なしであった。

 「376 D」は、有名な監督や俳優が出演している映画ではなく、低予算で地味だが、女性の安全問題を重視するあまりインド社会に生まれている歪みをうまくすくい上げ映画化した佳作だ。もっと話題になっていい作品である。


376 D Hindi Full Movie HD - Vivek Kumar - Deeksha Joshi - Bollywood Popular Hindi Movie