Meeting the Beatles in India (Canada)

2.5
Meeting the Beatles in India

 20世紀もっとも影響力のあったミュージシャンに数えられることが多い英国のロックバンド、ビートルズは、インドとも縁が深い。四人の内で特にジョージ・ハリソンがインドに傾倒し、スィタールなどのインド楽器を西洋音楽に取り入れた他、インドの影響を受けた曲をいくつも送り出し、インド音楽の国際的な認知度を高めるのに貢献した。

 ビートルズとインドの関係を語る上で外せない年が1968年だ。人気絶頂期にあったビートルズは、超越瞑想の提唱者であり、インド人グル(導師)のマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーと知己になり、インドのリシケーシュにあるアーシュラム(道場)に招待される。1968年、ビートルズの四人は、パートナーや友人と共にリシケーシュを訪れ、長期間滞在し、瞑想の修行をすることになった。

 実際のところ、四人が一緒に来て一緒に帰ったわけではなく、到着日や滞在期間はまちまちである。まずは1968年2月15日にジョン・レノンとジョージ・ハリスンがデリーに到着し、そのまま陸路でリシケーシュに向かった。続いて2月19日にポール・マッカートニーとリンゴ・スターがデリーに到着し、翌日リシケーシュのアーシュラムにて前の二人と合流した。

 インドは、好きな人と嫌いな人がはっきり分かれる国だといわれる。マハリシのアーシュラムでの生活を満喫していたのはジョンとジョージで、ポールとリンゴはどちらかというとインド嫌い派であった。まずは3月1日にリンゴがインドを去り、それから数週間後にポールも発った。ジョンとジョージは4月12日までアーシュラムにおり、合計55日間滞在していた。

 ビートルズ・ファンには「ホワイト・アルバム」として知られる2枚組のアルバム「The Beatles」(1968年)に収められた30曲の多くは、ビートルズがリシケーシュのアーシュラムに滞在していた期間に作られたとされている。また、このとき以来、ビートルズ各メンバーの個性が際立つようになり、メンバー間の対立も深まる。そして、アルバム「レット・イット・ビー」(1970年)を最後にビートルズは解散し、四人はソロ活動を始める。ビートルズ史においても、リシケーシュは大きな転機として記録されている。

 ビートルズがリシケーシュに滞在していたとき、23歳のカナダ人青年もたまたま同じアーシュラムに滞在しており、ビートルズと交遊していた。

 2020年9月11日にカナダで公開され、日本では「ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド」の邦題と共に2022年9月23日に劇場一般公開された「Meeting the Beatles in India」は、そのときの青年ポール・サルツマンが老齢となった今、自身のビートルズとの思い出を軸に作り上げたドキュメンタリー映画である。

 奇妙な縁で、なんとポール・サルツマンの元妻は、インド出身カナダ在住の女性映画監督ディーパー・メヘターである。メヘター監督は「Fire」(1996年)、「Earth」(1998年)、「Water」(2005年)、「Midnight’s Children」(2012年)など、インドの社会問題を鋭くえぐる作風で知られており、国際的な名声を得ている。サルツマンよりも彼女の方が有名なくらいだ。若い頃、インドに呼ばれてインドを訪れ、ビートルズと出会ったサルツマン監督は、その後、インドを代表する女性映画監督と出会い、結婚したということになる。

 メヘター監督とは既に離婚していることも原因なのだろう、このドキュメンタリー映画の中にメヘター監督の姿は出て来なかった。だが、二人の間に生まれた娘デーヴヤーニー・サルツマンは登場し、父親と会話を交わしていた。サルツマン監督は、若い頃にリシケーシュでビートルズと会ったことを忘れており、そのとき撮った写真もずっとしまったままになっていたらしい。それをデーヴヤーニーが発掘し、世に紹介したことで、知られざるビートルズの姿が明らかになり、このドキュメンタリー映画の製作にまでつながったとのことである。

 また、インド視点でこのドキュメンタリー映画を観るならば、ディーパー・メヘター監督とのつながりの他には、著名なバーンスリー奏者ハリプラサード・チャウラスィヤーがインタビューに答えていた点が特筆すべきである。チャウラスィヤーがビートルズと共にマハリシのアーシュラムにいたわけではないが、ジョージ・ハリスンと親交があり、彼との思い出を語っていた。

 何を隠そう、筆者もビートルズ・ファンであり、1999年に初めてインドを旅行した際も、ビートルズの聖地として、リシケーシュは外せない目的地だった。当時の日記を開いてみると、1999年3月28日にマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーのアーシュラムを訪問している。ただ、このときは外国人の立ち入りが禁止されており、門番には中に入れてもらえなかった。仕方がないので門を外から撮って引き返した。

リシケーシュのマハリシ・マヘーシュ・ヨーギー・アーシュラム
1999年3月28日撮影(ポラロイドカメラ)

 だが、驚いたことに、2015年からこのアーシュラムは「ビートルズ・アーシュラム」として一般開放され、観光地化されているという。長らく放置されていたらしく、もったいなかったが、ようやく州政府もこの史跡の価値に気付いたようだ。これは非常に正しい活用方法である。「Meeting the Beatles in India」では、ビートルズのリシケーシュ滞在50周年を記念した2018年開催のイベントらしき映像も収められていた。サルツマン監督が当時アーシュラムで撮影したビートルズの写真も展示されているようである。

 「Meeting the Beatles in India」は、ビートルズ・ファンにとってはとても興味深い映像作品だといえる。ただ、いくつかの難点がある。最大の不満は、ビートルズの曲がほとんど使われていないことだ。おそらく権利関係の問題があったのだろうが、ビートルズ関連の映画にビートルズの曲を使わないというのは片手落ちもいいところである。また、再現映像がチープなアニメだったのも残念だった。映像や音楽の観点からいえば、無理して映画館で観なくてもいい映画である。