Atkan Chatkan

3.5
Atkan Chatkan

 2020年9月5日からZee5で配信開始された「Atkan Chatkan」は、社会の底辺で生きてきた子供たちが音楽で才能を発揮するという子供向けの映画である。

 監督は新人のシヴ・ハレー。巨匠ARレヘマーンと大御所アミターブ・バッチャンがプレゼンテーターを務め、著名なインド人ドラマーであるシヴァマニが音楽を担当している。主演はリディヤン・ナーダーシュワラム(子役)。音楽家の家系に生まれ、ARレヘマーンの音楽学校で学んだ天才的なミュージシャンである。

 他に、アミトリヤーン、スプルハー・ジョーシー、ヤシュ・ラーネー(子役)、サチン・チャウダリー(子役)、タマンナー・ディーパク(子役)、アーイシャー・ヴィンダラー(子役)などが出演している。ほぼ無名の俳優たちばかりである。

 題名の「Atkan Chatkan」とは、「どちらにしようかな神様の言う通り」的な、子供たちの遊びの中で使われるフレーズの一種である。映画中では、ストリートチルドレンたちが結成したバンドの名前になっていた。

 舞台はジャーンスィー。グッドゥー(リディヤン・ナーダーシュワラム)は、パカーワジ奏者のヴィシュヌ(アミトリヤーン)を父親に持ち、天才的な音楽の才能を持っていた。いつか地元のターンセーン音楽学校で学びたいと願っていたが、父親はアルコール中毒で飲んだくれており、グッドゥーがチャーイ屋で小間使いをして稼いだ金で暮らしていた。グッドゥーにはラター(アーイシャー・ヴィンダラー)という妹がいたが、母親はいなかった。

 グッドゥーは、チャーイ屋を辞めて廃品回収屋で働き出す。そこで廃品を楽器にして演奏をし出すが、盗難の濡れ衣を着せられて追い出される。だが、ストリートチルドレンのマーダヴ(ヤシュ・ラーネー)、チュッタン(サチン・チャウダリー)、ミーティー(タマンナー・ディーパク)と共にバンド「アトカン・チャトカン」を結成し、道端で廃品を使ったパフォーマンスをするようになる。

 一方、ターンセーン音楽学校の校長は、定年退職を迎える前に何としてでも音楽大会で優勝したいと思っていた。だが、校内のバンドからはやる気が感じられなかった。そこで校長は道端で目にしたグッドゥーらを学校に入学させ、求職中だった音楽教師モーヒニー(スプルハー・ジョーシー)に彼らを教えさせた。

 面白くないのは、ターンセーン音楽学校でバンドを組んでいた少年たちだった。彼らはグッドゥーたちが大会の日に出場できなくなるように画策する。また、モーヒニーは、グッドゥーが自分の息子であることに気付く。声楽家だったモーヒニーはヴィシュヌと結婚してグッドゥーとラターをもうけるが、モーヒニーの名声にヴィシュヌが嫉妬してアルコール中毒になり、モーヒニーは愛想を尽かせて子供たちを置いて出て行ってしまったのだった。それを知ったグッドゥーは、自分の置いて行った母親に対し拒絶反応を示す。

 音楽大会当日。グッドゥーはヴィシュヌに大会への参加を禁じられ、マーダヴ、チュッタン、ミーティーも閉じ込められていた。だが、人々の助けにより彼らは脱出し、会場に辿り着く。そこで廃品を使った独創的な演奏を行い、観客の賞賛を浴びる。だが、片思いしていた少女を観客の中に見つけたマーダヴは声が出なくなってしまい、そのまま退場する。演奏終了後、グッドゥーはマーダヴを追い掛ける。グッドゥーはMVP賞を受賞し、ターンセーン音楽学校が優勝するが、マーダヴはそれを知らないまま別の街へ行ってしまう。

 それから何年も過ぎた後、音楽家として大成したグッドゥーの元にマーダヴから小包が届く。マーダヴは小説家になっており、「アトカン・チャトカン」と題した小説が入っていた。グッドゥーはマーダヴに電話を掛ける。

 天才的な音楽の才能を持った主人公の少年グッドゥーが、チャンスを物にして自分の才能を広く世間に知らしめるサクセスストーリーであった。基本的には子供向け映画であり、プロットに複雑な部分は少なかったが、グッドゥーの両親ヴィシュヌとモーヒニーの関係については多少大人でないと分からないような感情の交錯があった。

 社会の底辺にいる者のサクセスストーリーというと、「Slumdog Millionaire」(2009年/邦題:スラムドッグ$ミリオネア)や「Gully Boy」(2019年/邦題:ガリーボーイ)が思い浮かぶ。特に、スラム街の青年がラップに鬱屈した気持ちを載せて歌い上げ、スターダムを這い上がる「Gully Boy」と比較しやすい映画だ。

 しかしながら、「Atkan Chatkan」の主人公は10代前半の少年で、まだ一人で何かを成し遂げるには幼すぎた。彼は能動的にチャンスを掴もうとしていたわけではなく、周囲の心ある大人たちがグッドゥーを支え、彼を正当に評価したために、彼の成功があった。逆にグッドゥーの足を引っ張ろうとしたのは同年代の少年であった。そういう意味では、「Atkan Chatkan」に反社会的なメッセージは皆無である。これは、子供を主な観客に見据えた映画だからということもあるだろう。

 グッドゥーには音楽の才能があったものの、彼の手元にはまともな楽器がなかった。しかし、彼にとっては世界そのものが楽器であり、耳に入ってくる音全てが音楽だった。彼は廃品回収屋で働き出したことをきっかけに、廃品で楽器を作ることを思い付き、ユニークな自動演奏器まで創り上げてしまう。グッドゥーがストリートチルドレンと結成したバンド「アトカン・チャトカン」は、ゴミや道具を楽器にして素晴らしい音楽を奏でることで一躍有名になる。インドを代表するドラマーであるシヴァマニがその類い稀な音楽を創り出し、主演のリディヤン・ナーダーシュワラムがスクリーンの中で演奏する。映画の至る所で魂を揺さぶられるようなビートが打ち鳴らされ、子供でも親しみやすい気分爽快な音楽映画に仕上がっていた。

 グッドゥーの両親ヴィシュヌとモーヒニーの出会いと別れはサラリと描写されていただけだったが、物語の重要な伏線になっている。どちらも音楽家であり、お互いに惹かれ合って結婚したわけだが、モーヒニーの方が有名になりつつあったことでヴィシュヌがヘソを曲げ、アルコールに逃避したという経緯があった。モーヒニーは幼いグッドゥーとラターを連れて家を出ようとするが、ヴィシュヌに阻止され、一人で家を追い出されてしまう。だが、グッドゥーとラターは、母親に捨てられたと受け止めており、モーヒニーが再び彼らに会いに現れても、彼女をすんなりと受け入れることはできなかった。

 監督がジャーンスィー出身ということもあって、ジャーンスィー周辺で撮影が行われていた。ジャーンスィー近くにある、知る人ぞ知る観光地オールチャーでもロケが行われており、ベートワー河畔に建つ特徴的なチャトリー群などが映し出されていた。

 「Atkan Chatkan」は、新人監督による無名の俳優たちの子供向け映画であるが、ARレヘマーン、シヴァマニ、アミターブ・バッチャンといった著名人が関わっており、ただの低予算映画ではないことが分かる。主演を務めるのはレヘマーンの音楽学校で学ぶ天才的な音楽少年であり、映画の中では彼が実際に演奏も披露している。シヴァマニによる様々なアイテムを使ったパーカッションが全編に渡って散りばめられており、音楽映画としても優れている。筋は単純だが、観て損はない映画だ。