Shukranu

3.0
Shukranu

 現在のところインド唯一の女性首相であるインディラー・ガーンディーは、初代首相ジャワーハルラール・ネルーの娘で、当初は「軽い神輿」として国民会議派の政治家たちから担がれたところがあったが、すぐに権力を掌握し、強権的な政治を行うようになった。1966年から77年、そして80年から84年の在職期間の中で彼女は数々の強硬策を採ったが、その中でももっとも悪名高いのが、1975年から77年までの非常事態宣言と、その際に人口抑制のために実施されたナスバンディー(パイプカット)である。

 2020年2月14日からZee5で配信開始された「Shukranu」は、非常事態宣言時代のインドにおいて、無理矢理ナスバンディーをさせられてしまった男性が主人公のコメディー映画である。題名は「精子」という意味だ。監督はビシュヌ・デーヴ・ハルダル。過去に数本の映画を撮っているものの、ほとんど無名の監督である。

 主演はディヴィエーンドゥ・シャルマー。他に、シュエーター・バス・プラサード、シータル・タークル、アーカーシュ・ダバーデー、ラージェーシュ・カッタルなどが出演している。また、ヴィジャイ・ラーズがナレーションを務めている。

 時は非常事態宣言中の1976年。デリーの工場で監督官をするインダル(ディヴィエーンドゥ・シャルマー)は、結婚式の2日前に強制的にパイプカット手術をさせられてしまう。妻のリーマー(シュエーター・バス・プラサード)には言い出せず、悶々とした日々を過ごした。

 リーマーが妊娠したことを知ったインダルは、リーマーに間男がいると気付き、自分も結婚前に知り合ったアークリティ(シータル・タークル)とデートを重ねるようになる。アークリティの父親ビーシャム(ラージェーシュ・カッタル)や3人の兄は力士であったが、インダルのことを気に入る。インダルが既婚であることを知らない彼らは、アークリティと結婚させようとする。

 どうしようもなくなったインダルは、ビーシャムに自分がパイプカットをさせられたことを明かす。ビーシャムがインダルの検査をさせると、彼の手術は不完全だったことが分かる。つまり、リーマーのお腹にいる子供はインダルの子供だった。

 一方、インダルとリーマーの家族は、インダルがアークリティと浮気をしていると知り、彼女の家に押しかける。そこで大混乱が起きるが、インダルは自分の身に起こったことを全て明かし、強制的にパイプカット手術をする政府の政策を批判する。そのときリーマーが産気づき、病院に連れて行かれる。無事に女の子が生まれる。アークリティはインダルを平手打ちにし、去って行こうとするが、そのとき彼女も妊娠していることが分かる。

 映画の最後では、国民会議派(INC)のインディラー・ガーンディー政権の強制的なナスバンディー政策への批判がなされていたが、40年以上が経った今頃に改めて取り上げるような内容でもなかったように感じた。むしろ、2014年、国民会議派のライバル政党であるインド人民党(BJP)のナレーンドラ・モーディーが首相に就任して以降、ヒンディー語映画界ではアンチINCの映画がトレンドになっており、インディラー・ガーンディーの孫にあたる政治家ラーフル・ガーンディーを間接的に貶めるために、インディラー・ガーンディー政権時代の悪政が蒸し返されているような感じである。

 物語は、ナスバンディーを巡って起こり得るトラブルをうまくはめ込んだ形だ。強制的にナスバンディーをさせられた主人公インダルが、それを黙ってリーマーと結婚する。子供はできないものと思って夫婦生活をしていたが、ある日彼女が妊娠し、妻に愛人がいると確信する。そして、結婚前に憧れていた女性との情事に走るが、後から自分のパイプカット手術が失敗していたことが分かる。つまり、リーマーが身籠もった子供はインダル自身の子供であった。だが、アークリティとの結婚も進行してしまっており、インダルはジレンマに陥る。こんな具合のストーリーである。

 どちらかというと、パイプカットをさせられて子供を作れないと思っていたインダルが、リーマーとアークリティを相次いで妊娠させてしまった結末の後の話の方が面白そうなのだが、エンドロールの冒頭に少しだけエピローグを暗示させる写真がいくつか紹介されていただけだった。

 なぜ強制的にナスバンディーをさせられたかというと、劇中でも少し触れられていたが、病院にノルマが課せられており、それを達成できないと自分が精管切除手術を受けさせられることになっていたからである。そこで手当たり次第に男性たちが連れさらわれ、病院で手術を受けさせられた。一応、パイプカット手術を受けた男性にはちょっとした支給品が配られるが、そんなもののためにパイプカットをした男性はほぼ皆無であろう。日本でも優性保護法により障害者の強制不妊手術が行われ、似たようなことがあった。日本ではそれは現代まで尾を引いているが、インドでは意外に非常事態宣言時のパイプカット問題が政争の論点になることは少ない。しかしながら、非人道的な行為だったことには変わらず、国民会議派にとって汚点のひとつになっている。

 筋肉全盛期のヒンディー語映画界にあって、ディヴィエーンドゥ・シャルマーはひ弱なイメージを保持しつつ何とか自分の居場所を確保しつつある俳優である。一般人とそんなに変わらない外見をしており、スター性は感じられないのだが、面白い主題の映画を選んで出演しており、応援したくなる。シュエーター・バス・プラサードは子役から身を立てた女優で、最近では「The Tashkent Files」(2019年)などに出演している。今回はひたすら献身的な妻を演じていた。シータル・タークルは「Brij Mohan Amar Rahe!」(2018年)などの女優で、まだ大きな成功は手にしていない。

 「Shukranu」は、非常事態宣言時代のインドを舞台に、強制的なパイプカット手術をさせられた男性が主人公のコメディー映画である。とてもコンパクトにまとまった作品で、国民会議派へのアンチテーゼも感じられる。派手さはないが、観て損はない映画である。