Lunana: A Yak in the Classroom (Bhutan)

4.0
Lunana: A Yak in the Classroom
「Lunana: A Yak in the Classroom」

 ヒマーラヤの小国ブータンは「国民総幸福量世界一」で有名だが、大半の日本人にとっては遥か遠くにある未知の国というイメージであろう。そういう国を少しでも理解するために映画はいい手段だが、残念ながらブータン映画が日本で公開されることは少ない。近年では、サッカーのワールドカップに夢中になる少年僧を主人公にした「ザ・カップ 夢のアンテナ」(1999年/原題:Phorpa)が話題になったくらいであろう。よって、2021年4月3日に日本で劇場一般公開されたブータン映画「Luana: A Yak in the Classroom」、邦題「ブータン 山の教室」は、久々にブータンの現状を垣間見ることのできる映画である。初公開は2019年10月5日のロンドン映画祭であり、2022年2月26日にとよはしまちなかスロータウン映画祭で鑑賞した。

 「Lunana: A Yak in the Classroom」の監督はパオ・チョニン・ドルジ。前述の「ザ・カップ」の監督である。キャストは、シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・ヘンドゥップ、ケルドン・ハモ・グルン、ペム・ザムなど。

 首都ティンプーに住む青年教師ウゲン(シェラップ・ドルジ)は、オーストラリアへ渡って歌手になるのが夢だった。しかし、教職課程を出た後、5年間は教師として務めなければならず、あと1年が残っていた。政府から、世界でもっとも僻地にあるルナナ村の学校に派遣されることになった。ルナナ村はティンプーから8日かかる標高4,800mの高地にあった。麓の町ガサで、ルナナ村から遣わされた青年ミチェン(ウゲン・ノルブ・ヘンドゥップ)に導かれ、ウゲンは徒歩でルナナ村を目指す。

 ようやくルナナ村に辿り着いたウゲンは、早くもここで教師をするのは無理だと感じる。だが、新しい先生の来訪を心待ちにしていたペム・ザム(ペム・ザム)などの子供たちの純粋さに心を打たれ、ウゲンは留まって教師をすることを決める。また、歌の上手いヤク使いの女性セデュ(ケルドン・ハモ・グルン)と出会い、彼女から「ヤクに捧げる歌」を習う。

 黒板を作ったり、ティンプーの友人に頼んだ教材などが届いたりして、学校としての体裁が整ってきたが、早くも冬が迫ってきており、ウゲンはルナナ村を立ち去ることになる。ティンプーに帰ったらオーストラリア行きが決まっており、もう二度とルナナ村には帰って来ない可能性が高かった。村長やセデュに見送られ、ウゲンは山を下る。

 その後、ウゲンは予定通りオーストラリアに渡り、バーで歌手を務めていた。誰も歌を聴いてくれない中、ウゲンは「ヤクに捧げる歌」を歌い出す。

 ルナナ村は実在し、クラス委員のペム・ザムをはじめ、映画に登場した子供たちは実際にルナナ村に住んでいるようである。彼らの「勉強したい」という純粋な気持ちがキラキラと浮かぶ瞳が、この映画の最大の魅力だ。学校に通うこと、教育を受けることが当たり前になっている日本の観客に、教育の本来の意味や教師の原型を思い出させてくれる作品である。

 ルナナ村の素朴な生活と同様に、映画の筋も非常にシンプルで分かりやすいものだった。首都ティンプーで生まれ育ち、西洋的な価値観に染まって、やる気のない青年教師が、僻地にあるルナナ村の学校で子供たちに読み書きを教える中で、教師としての生き甲斐を見つけ、ブータン文化の素晴らしさに気付き、またルナナ村に戻ってくることを誓う内容で、開始10分で結末までの筋書きが読めてしまうほどだ。ただ、大人から子供まで幅広い年齢層に響く内容の作品であり、特に子供の観客を念頭に置いていると考えれば、この筋の単純さも弱点ではなくなるだろう。

 むしろ興味深かったのは、この映画が、ブータン人監督の作品であるにもかかわらず、外国人的な視点が入っていたことである。20世紀末まで世界からほぼ隔絶されてきたブータンにおいて、ブータンの魅力をここまで映像と物語に詰め込もうと思ったら、外の世界に触れ、自国を相対化する必要がある。たまたまパオ・チョニン・ドルジ監督にそういう視点が備わったのか、それともそういう世代のクリエイターが育ちつつあるのか。もしくは、映画を観ていて強く感じたのだが、ブータン国内でも相当な格差があるということかもしれない。ティンプーに住んでいる人からしたら、ルナナ村の人々の生活は全く別世界であり、外国人的な視点で映画を作ることが可能になったと考えるのがもっとも妥当のように思われる。それはインドでも全く同じ状況である。

 何しろ電気の通っていない村での撮影なので、この映画の製作には多大な苦労があったようである。まずはルナナ村に太陽光発電装置を設置して長時間の撮影を可能とし、村の子供たちを起用して演技をさせる。そもそも、ブータンにはプロの役者がおらず、この映画に出演していた人々は皆、演技は初のようだ。役柄と似た境遇の人を選んで映画に出てもらったらしい。ルナナ村の子供たちの中で一際印象的なペム・ザムも本名のままの出演で、カメラの前ではほぼ素の自分のまま振る舞っていただけのようだ。

 主人公のウゲンが果たしてルナナ村に戻ったのかどうかは、観客の想像に委ねられている。オーストラリア行きを止めてルナナ村に戻るという結末もあり得たと思うが、一応彼はオーストラリアには渡った。ただ、そこであまり楽しくなさそうな人生を送っているところが映し出される。ウゲンはルナナ村を去るとき、峠の守護神に再び帰って来られることを祈っていた。それらを総合すると、ウゲンはオーストラリアでの生活を早めに切り上げ、またルナナ村に戻るのではないかと容易に推測できる。

 ブータンはかつて2003年に訪れたことがある。首都ティンプーや空港のあるパロなどを訪れた。ティンプーのシーンでは、自動車の交通量がかなり増えていて、その変化に驚いたのだが、ティンプーのバススタンドは全く変わっておらず、どこか安心した。普段は伝統衣装を身につけている若者たちが、夜になると西洋的な服装をしてディスコで酒を飲むというのは、当時から変わらないティンプーの姿である。

 「Lunana: A Yak in the Classroom」は、僻地の学校に赴任した青年教師の視点から、村の子供たちなどとの交流が描かれ、教育の原点を強く思い起こさせてくれる良作である。ブータンがどういう国かを知るいい手掛かりにもなる。特に教育に関わる人にお勧めしたい映画である。