Ammaa Ki Boli

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Ammaa Ki Boli

 2019年8月30日公開の「Ammaa Ki Boli(お母さんの入札)」は、ケチで親不孝者の5人兄弟を主人公にした不条理系のコメディー映画である。

 監督はナーラーヤン・チャウハーン。過去に数本のTVドラマや映画を撮っているが、ほとんど無名の監督だ。キャストは、サンジャイ・ミシュラー、リシター・バット、ファラク・ジャーファル、ザーキル・フサイン、ゴーヴィンド・ナームデーヴ、シェーカル・スィン、ヒマーニー・シヴプリー、イシュティヤーク・カーン、スィーターラーム・パンチャールなどである。また、ラージパール・ヤーダヴが特別出演している。

 アンマー(ファラク・ジャーファル)には5人の息子と1人の娘がいた。長男のパルムー(ゴーヴィンド・ナームデーヴ)は裕福だったが、ルクミー(サンジャイ・ミシュラー)、ハリ(ザーキル・フサイン)、ムンナー(イシュティヤーク・カーン)、ジートゥー(スィーターラーム・パンチャール)がケチで貧乏だった。娘のカーラーヴァティー(ヒマーニー・シヴプリー)は出戻りだったが、アンマーに気に入られていた。また、パルムーの息子ラクシュマン(シェーカル・スィン)はアンマーを慕っていた。5人の息子は3ヶ月ずつ交替でアンマーの面倒を見ていた。アンマーはそれに対し生活費として毎月3千ルピーを支払っていた。

 ある日、ルクミーは新しいスクーターを購入する。近所に住むナースィルとラージューがそのスクーターを借りて走らせていたときに事故に遭うが、二人もスクーターも無事だった。だが、なぜかスクーターが少し小さくなってしまった。ルクミーはそれを見つけて販売店に文句を言いに行く。だが、アンマーのお金を不正に引き出したお金でスクーターを買ったことがばれてしまう。スクーターはパルムーが預かり、兄弟で共有することになった。また、アンマーはルクミーの家を出て行くことにする。次は誰が受け入れ先になるか、兄弟間で話し合いが行われる。その中で、アンマーが支払うお金を8千ルピーに値上げすると勝手に決め、ムンナーが受け入れる。しかし、ムンナーの家でアンマーは死んでしまう。

 今度はアンマーの葬儀の費用をどうするかで兄弟の会議が開かれる。ラクシュマンは、父や叔父たちがなるべく安く葬儀を済まそうと相談しているのを見て心を痛め、一計を案じる。彼は弁護士と協力してアンマーの遺書を偽造する。そこには、500万ルピーの資産があり、自分の葬儀を壮大に執り行った者に相続させると書かれていた。五人は一転してアンマーの葬儀を盛大に行うことにする。そして宝飾品を質に入れたりして、葬儀の費用として各人40万ルピーの現金を用意する。

 だが、遺書が偽物であることが発覚し、彼らはショックを受ける。裕福なパルムーは良かったが、残り4人の兄弟は寝込んでしまう。一方、遺書に偽造がばれて身が危なくなったラクシュマンはスクーターに乗って逃げ出そうとするが、急に小さくなったスクーターにメーカーが興味を示し、それを1千万ルピーで買い戻してくれた。ラクシュマンはそのお金を持って叔父たちのところへ行き、彼らに40万ルピーずつ配って安心させる。

 主人公のルクミーが購入した新車のスクーターが、納車当日に突然小さくなってしまうという突拍子もない事件から映画は始まる。そのスクーターの購入資金はルクミーの母アンマーの預金から不正に引き出したものであることが分かり、兄のパルムーに取り上げられてしまうのだが、小さくなったことでデザイン性が良くなり、メーカーが次のモデルの参考にするために大金を出して買い取ろうとするという、これまた奇想天外なラストにつながっている。

 また、兄弟たちは老いたアンマーの面倒を見るのを面倒臭がっており、お互いに押しつけ合っていた。兄弟もそうだが、嫁たちがアンマーのことを嫌っていた。一応、アンマーを住まわせた家庭には月額3千ルピーが出るが、それでは赤字だった。通常、ヒンディー語映画は家族の絆を声高らかに歌い上げるが、たまに本音が覗く映画がある。「Baghban」(2003年)が似たプロットの映画だった。生きていれば生きていたでアンマーの世話を押し付け合い、アンマーが死んだら死んだで葬式の費用でもめる。

 パルムーの息子ラクシュマンは、それを見て心を痛め、アンマーの遺書を偽造して叔父たちにアンマーの葬儀をきちんとさせようとする。だが、500万ルピーの資産という嘘の情報に目がくらんだ叔父たちはラクシュマンの予想を遥かに上回る額を費やしてアンマーの葬儀をしようとし、ラクシュマンを焦らせる。

 様々な要素を複雑に絡め合わせてひとつのコメディー映画を作り上げるにも才能が必要である。残念ながらナーラーヤン・チャウハーン監督はその能力に欠けていた。それぞれのパーツはユニークだったが、それらをつなぎ合わせる過程で失敗しており、雑然とした印象を受ける映画になっていた。まるでアンマーが息子たちによってオークションに掛けられているような状況を題名「Ammaa Ki Boli(アンマーの入札)」に託したのだろうが、スクーターの方もかなり物語の中心であり、映画が真っ二つに割れているかのように感じた。コミックシーンの切れ味も悪く、ほとんど見所のない映画になっていた。

 ただ、アンマーを演じたファラク・ジャーファルとサンジャイ・ミシュラーの演技は飛び抜けていた。かつて「Asoka」(2001年)などに出演して将来を嘱望されていた女優リシター・バットがルクミーの妻役を演じていたが、全くの無駄遣いであった。

 低予算映画にしては音楽は意外に良かった。ほとんど文脈と関係なく差し挟まれるタイプのダンスシーンばかりだったが、マノージ・サントーシー作曲による音楽はどれも聞き応えがあった。

 「Ammaa Ki Boli」は、ファラク・ジャーファルやサンジャイ・ミシュラーのようないい俳優たちを起用し、脚本にも光るものがありながら、経験不足な監督が誤った方法で映画にしてしまったためにまとまりを欠く作りになってしまった残念なコメディー映画である。わざわざ観る必要はない。