2019年7月5日公開の「Malaal(悔恨)」は、1998年のムンバイーを舞台にした、今どき珍しいストレートなラブストーリーである。コミックロールに定評のある俳優ジャーヴェード・ジャーファリーの息子ミーザーン・ジャーファリーのデビュー作だ。
監督はマンゲーシュ・ハーダーワーレー。過去にマラーティー語映画「Tingya」(2008年)やヒンディー語映画「Dekh Indian Circus」(2011年)を撮っている。「Padmaavat」(2018年/邦題:パドマーワト 女神の誕生)などの名監督サンジャイ・リーラー・バンサーリーがプロデューサーを務めており、注目される。
主演は前述の通りミーザーン・ジャーファリー。ヒロインも新人で、シャルミン・セーガルである。他に、チンマイー・スールヴェー、アニル・ガワース、ソーナール・ジャー、サンジャイ・グルバクサーニー、サミール・ダルマーディカーリー、イシュワーク・スィンなどが出演している。
セルヴァラーガヴァン監督のタミル語・テルグ語映画「7G Rainbow Colony」(2004年)が原作である。
時は1998年。ムンバイーの低所得者層向けアパートに住む大学生シヴァー・モーレー(ミーザーン・ジャーファリー)は、勉学もせずに放蕩生活を送り、父親のプラバーカル(アニル・ガワース)から勘当寸前の状態にあった。だが、母親のヴィジャヤー(チンマイー・スールヴェー)はシヴァーに優しく接していた。 ある日、シヴァーの隣に新しい一家が引っ越してくる。ウマーシャンカル・トリパーティー(サンジャイ・グルバクサーニー)は元々資産家だったが、投資で失敗し、大邸宅からアパートに移ってきたのだった。妻ラジニー(ソーナール・ジャー)との間にはアースター(シャルミン・セーガル)という娘がいた。 マラーティー至上主義政党の政治家に感化されていたシヴァーは、北インドの家系であるアースターに冷たく当たる。だが、アースターもマハーラーシュトラ州生まれで、マラーティー語ができた。そして、ゴロツキ風貌のシヴァーにも物怖じせずに意見を述べることができた。いつの間にかシヴァーはアースターに恋をしていた。 しかし、アースターにはアーディティヤ(イシュワーク・スィン)という許嫁がいた。アーディティヤは富豪の息子で、アースターの幼馴染みであった。トリパーティー家が落ちぶれたとはいえ、彼はアースターとの結婚を快諾していた。 シヴァーとアースターの仲がウマーシャンカルとラジニーに知れると、彼らはシヴァーをアースターから引き離そうとする。だが、シヴァーは試験に合格すればアースターが自分との結婚を考えてくれるというので、必死に勉強して試験を受ける。しかしながら、シヴァーはカンニングの疑いを掛けられ、試験官を殴ってしまい、警察沙汰を起こしてしまう。次にアースターはシヴァーに就職先を紹介する。証券会社の下働きだったが、プラバーカルはシヴァーが働き出したことを嬉しく思う。 しかし、アースターとアーディティヤの縁談がどんどん進んでしまった。トリパーティー家はシヴァーから離れるために再び引っ越してしまう。アースターもシヴァーのことを愛していたが、家族のこともそれ以上に愛しており、シヴァーとの結婚を諦めていた。アースターは結婚する前に一度だけシヴァーと会い、最後のひとときを過ごす。だが、その直後、アースターとシヴァーは相次いで交通事故に遭う。シヴァーは助かったものの、アースターは死んでしまう。 シヴァーの手元にはアースターの日記が届けられた。そこにはシヴァーへの愛情が綴られていた。それから20年間、シヴァーはアースターを想いながら独身を貫き、事業を興して立派な人間に成長していた。
主に男性視点の、ストレートなラブストーリーだった。一人の女性に激しく恋をした青年が、その女性の死後も愛を貫き通すというものだった。ヒーローのシヴァーは何度もヒロインのアースターに想いを伝える。だが、アースターの心情は時々映像で描写されるものの、彼女はなかなか自分の想いを彼に伝えない。代わりにアースターは、自堕落な生活を送るシヴァーを更生させようと努力する。シヴァーはアースターを手に入れるために、煙草や酒を止め、試験に真剣に取り組み、就職もする。最後にアースターは死んでしまうのだが、アースターの言う通りに更生の道を歩み始めたシヴァーはそのまま人生を軌道に乗せ、彼女の名前が付いた会社を興し、一人前の人間になる。
シヴァーのアースターに対する愛は直情的かつ直線的だったが、アースターのシヴァーに対する想いは複雑だった。シヴァーは家族のことなどあまり考えずに行動していたが、アースターは家族も大切に思っていた。父親が投資で失敗したために一家の経済状態は傾いていた。彼女には結婚によって家族を支える義務があり、心よりも頭で結婚相手を決めなければならなかった。彼女の許嫁アーディティヤは富豪の息子であり、彼と結婚することで家族に経済的な恩恵が得られるのだった。結局、アースターはシヴァーよりもアーディティヤを選ぶ。だが、アーディティヤと結婚する前にシヴァーと二人きりの時間を過ごし、その思い出を支えにして一生生きていこうとする。もちろん、シヴァーには彼女のその決断が理解できなかった。
どのようにまとめるのか楽しみだったが、ヒロインの突然の死とヒーローの負傷により、面倒な調整なしに切り上げていた。こういうまとめ方しかなかったのだろうが、逃げとも受け止められた。悲劇ではあるが、アースターの影響により、彼女の死後にシヴァーがまともな人間になったことで、ギリギリ後味の良さを残していた。
伏線らしきものがいくつか用意されていたのだが、多くは回収されずに終わったような気がする。例えばシヴァーは暗算が得意だったが、それがストーリー進行上何か大きな役割を果たすことはなかった。時代が1998年と特定されており、インドでも大ヒットした米映画「タイタニック」(1997年)の看板などが見えたが、この時代設定にも特に意味はなかった。あるとしたら、トリパーティー家の没落と1997年のアジア通貨危機が関連あるかもしれないということぐらいだ。サンジャイ・リーラー・バンサーリー監督の大ヒット作「Hum Dil De Chuke Sanam」(1999年/邦題:ミモラ)の看板も見えたが、むしろこれは時代がずれている。北インド人を排斥するマラーティー至上主義政党が登場し、シヴァーも関与していたが、これも序盤のみに少し関係しただけで、後半は全く存在感をなくした。もしかしたらこれらは原作では意味のある伏線だったのかもしれない。
主演二人がどちらも新人ということもあり、「Malaal」はローンチ映画とみなすことができる。ジャーヴェード・ジャーファリーの息子ミーザーン・ジャーファリーは長髪での登場である。今まで長髪を売りにしてデビューした俳優には、ザイド・カーンやクナール・カプールなどがいたが、どこかの時点で短髪にしてしまっている。クリケット選手のマヘーンドラ・スィン・ドーニーも元々長髪だった。特に長髪にこだわっているわけではなく、映画のエンディングでは短髪姿になっていた。悪くはなかったので、作品に恵まれれば定着していけるだろう。
ヒロインのシャルミン・セーガルはサンジャイ・リーラー・バンサーリーの姪にあたる。終始、意味深な笑みを浮かべており、それがモナリザの笑みのような、何を考えているのか分からないミステリアスな効果を生み出していた。だが、もしかしたらそれしか表情を作れずにそうなっているのかもしれないとも感じた。浮世離れした雰囲気を出していたが、それだけでは女優として定着できないので、さらに個性を出していく必要があるだろう。
「Malaal」は、サンジャイ・リーラー・バンサーリーがプロデュースを務め、2人の新人俳優をローンチする目的で作られた、ストレートなラブストーリーである。南インドのヒット映画をリメイクしただけあって、無難にまとまった作品になっていたが、どこか中途半端な印象も受けた。観て損はない映画だが、特別な魅力のある映画ではない。