2019年6月14日公開のタミル語映画「Game Over」は、いわゆるタイムループ系映画である。題名の通り、ゲームに関係ある映画でもあり、少しだけ日本製のTVゲームもフィーチャーされている。
監督はアシュウィン・サラヴァナン。以前に「Maya」(2015年)を撮っており、本作が彼の監督第2作になる。主演はヒンディー語映画界で活躍するタープスィー・パンヌー。他に、ヴィノーディニー・ヴァイディヤナータン、アニーシュ・クルヴィラ、サンチャナー・ナタラージャン、ラーミヤー・スブラマニヤン、パールヴァティーTなど。
2017年、チェンナイ。女性アムダー(サンチャナー・ナタラージャン)は何者かに殺され、頭部を切断され、胴体は燃やされる。その後もチェンナイでは若い女性を狙った同様の殺人事件が続く。 2018年の年末。ゲームデザイナーのスワプナー(タープスィー・パンヌー)は、メイドのカーラーンマー(ヴィノーディニー・ヴァイディヤナータン)と共に暮らしていた。スワプナーは昨年末にレイプの被害に遭い、それ以来トラウマを抱えていた。スワプナーは暗闇恐怖症になり、しかも新年が過去の嫌な記憶を思い出すトリガーになっていた。また、左手の手首に彫ったハート型のタトゥーが疼くようにもなる。そんなスワプナーをカーラーンマーは献身的に支えていた。 スワプナーはタトゥーを彫ってくれたヴァルシャー(ラーミヤー・スブラマニヤン)に相談に行く。ヴァルシャーは、実は彼女のタトゥーには、アムダーの遺灰が誤って混ざってしまったと伝える。それを聞いてスワプナーは取り乱す。また、スワプナーがレイプされたときの写真がインターネットで出回っていることにも気付く。スワプナーは自殺未遂をするが一命を取り留める。しばらくスワプナーは車椅子生活をすることになった。 家で静養生活を送っているとき、アムダーの母親がスワプナーを訪ねてくる。彼女から、アムダーは癌を3回も克服した強い女性だったことを教えられる。 12月31日、スワプナーが目を覚ますと、左手首に彫ったハート型のタトゥーが3つに増えていることに気付く。その後、スワプナーは連続殺人犯の襲撃を受ける。スワプナーは為す術もなく殺されてしまうが、目を覚ますと無事だった。ふと左手首のタトゥーの数が2つに減っていた。もう一度チャンスを与えられたことを悟ったスワプナーは、警察に電話をし、カーラーンマーにも注意を促す。おかげで連続殺人犯を殺すことに成功するが、実は犯人は3人組だった。残りの2人にスワプナーは殺されてしまう。 3度目に目を覚ましたスワプナーは、今度は逃げるのではなく戦うことを決意し、自ら暗闇の中に身を潜め、連続殺人犯たちを撃退しようとする。カーラーンマーの活躍によりまず一人を焼死させるが、二人目に襲われ窮地に陥る。それでも二人で力を合わせて二人目を倒す。三人目にスワプナーは殺されそうになるが、ギリギリのところで相手の首をガラスの破片で切ることができた。
題名からゲームが主題の映画のように見え、それは間違いではないのだが、より重要な小道具として機能していたのはタトゥーだった。主人公のスワプナーは左手首にハート型のタトゥーを入れるが、その後にレイプに遭い、トラウマになる。しかも、保守的な両親からはタトゥーを入れたからレイプされたのだと叱られ、彼らと絶縁して、メイドのカーラーンマーと共に暮らしていた。
スワプナーがレイプされたのは2017年12月31日だったが、それからちょうど1年が経とうとしていた。最近は精神的に安定していたスワプナーは年末が近付くにつれて1年前の悲劇を思い出すようになり、暗闇に恐怖を覚えるようにもなる。また、タトゥーが疼くようになる。
その後、スワプナーのタトゥーには、1年前に連続殺人犯に殺された女性アムダーの遺灰が混ざっていることが発覚する。本当かどうか分からないが、インドでは近年、愛しい人が死んだとき、その人の遺灰をインクに混ぜてタトゥーを彫る「メモリアル・タトゥー」なるものが流行しているらしい。スワプナーのタトゥーには誤ってアムダーの遺灰が混入してしまったのである。おそらくアムダーがスワプナーに何かを訴えかけているようだった。
この辺りまでは、超常現象を織り交ぜながらも地に足の付いた展開で見応えがあった。ただ、終盤になると、突然タイムループ映画に移行する。スワプナーは連続殺人犯のターゲットになり、大晦日の晩に襲撃を受けるのだが、気付くとスワプナーの左手首のハート型タトゥーが3つに増えていた。これは、TVゲームでお馴染みの「3つのライフ」を意味していた。つまり、スワプナーには3回のチャンスが与えられたのである。ここからは非現実性が強くなる。
当然、映画を盛り上げるための展開として、1回目ではあえなく失敗し、連続殺人犯に首を切り落とされる。2回目では、1人の殺人犯の殺害に成功するものの、犯人はもう2人おり、スワプナーは警察もろとも彼らに殺されてしまう。3回目でもピンチに陥るが、何とか3人とも殺すことに成功する。
「Game Over」はタミル語版とテルグ語版が作られたが、どうもタープスィー・パンヌーは自分でタミル語やテルグ語の台詞をこなしているようである。今でこそヒンディー語映画界での活躍が目立つが、彼女が女優としてキャリアを始めた頃は専ら南インド映画に出演していた。ハイダラーバードにも3年間住んでいたようで、特にテルグ語が得意なようである。
言語的なハンデがあるにもかかわらず、タープスィーの演技はそれを感じさせないほど素晴らしい。トラウマを抱えた女性ということで、恐怖に顔を歪めるようなシーンが多かったが、オーバーアクティングにならず、絶妙なバランスで表情を作っていた。現在、インド映画全体でもっとも才能ある注目の女優の一人であることは確実である。
タープスィーが演じたスワプナーはゲームデザイナーという設定で、映画の冒頭では「スーパーマリオブラザーズ」の有名なBGMが流れるし、劇中ではナムコの大ヒットゲーム「パックマン」が何度も登場し、スワプナーの人物形成に貢献していた。このゲームとの関連性が、終盤のタイムループ発生の根拠になっていた。
ただ、スワプナーやアムダーといった、連続殺人の被害者側に集中的に焦点を当てた構成になっており、連続殺人犯の人物像はほとんど明らかにされていなかった。どうもタトゥーを彫った女性を狙っているようだったが、それも曖昧だ。この映画の弱点として捉えられることもあるだろう。
「Game Over」は、タープスィー・パンヌー主演のタイムループ系スリラー映画である。ゲームやタトゥーといった小道具の使い方がうまく、タープスィーの演技もずば抜けていた。個人的にはタイムループが始まる前までを高く評価したい。タイムループ開始以降は想像通りの展開にしかならなかった。