Lucifer (Malayalam)

4.0
Lucifer
「Lucifer」

 2019年3月28日公開のマラヤーラム語映画「Lucifer」は、マラヤーラム語映画界が総力を結集して作り上げた娯楽超大作である。政治ドラマであり、ギャング映画であり、アクション映画でもあるという、新感覚のマサーラー映画ともいえる。世界的な大ヒット作となった「Baahubali」シリーズ(2015年2017年)に対するマラヤーラム語映画界からの返答とも捉えることができる。

 監督はマラヤーラム語映画界の次世代スター、プリトヴィーラージ・スクマーラン。彼は100本以上の映画に出演し、「Aiyyaa」(2012年)や「Aurangzeb」(2013年)といったヒンディー語映画への出演歴もある汎インドスターであるが、今回初めてメガホンを持った。プリトヴィーラージはカメオ出演もしている。また、彼の兄インドラジート・スクマーランも重要な役で出演している。

 主演はマラヤーラム語映画界のスーパースター、モーハンラール。他に、マンジュ・ワーリヤル、トヴィノ・トーマス、サーニヤー・アイヤッパン、サーイクマール、バイジュー・サントーシュ、カーラバヴァン・シャジョン、サチン・ケーデーカル、ナイラー・ウシャー、シャクティ・カプールなどが出演している。

 マラヤーラム語オリジナル版に加え、ヒンディー語、タミル語、テルグ語の吹替版も公開された。鑑賞したのはマラヤーラム語オリジナル版であり、英語字幕を頼りに内容を理解した。

 ケーララ州の州首相で与党インド統一戦線(IUF)の党首PKR(サチン・ケーデーカル)が死去した。IUF内では次期首相を巡って権力闘争の狼煙が上がった。ジャーナリストのゴーヴァルダン(インドラジート・スクマーラン)によると、次期州首相候補は5人いた。一人目はPKRの娘プリヤダルシニー(マンジュ・ワーリヤル)、二人目はプリヤダルシニーの夫ビマル・ナーイル、通称ボビー(ヴィヴェーク・オーベローイ)、三人目はPKRの息子ジャティン(トヴィノ・トーマス)、4人目は州首相代行を務める党の長老マヘーシュ・ヴァルマー(サーイクマール)、そして5人目はPNRの養子ステファン・ネドゥンパッリ(モーハンラール)であった。

 プリヤダルシニーには前夫との間に一人娘ジャーンヴィー(サーニヤー・アイヤッパン)がいた。ボビーは麻薬密輸業に手を染めており、プリヤダルシニーには内緒でジャーンヴィーを覚醒剤漬けにし、性的搾取もしていた。野心的なボビーはムンバイーで国際マフィア、フィヨードーと手を結び、多額の資金を借りて、財政支援が急務だったIUFの政治家たちをコントロール下に置く。だが、ボビーは自ら州首相に就くことをせず、海外に住んでいたジャティンを呼び寄せて、彼を次期州首相候補に据え、選挙に打って出る作戦に出る。プリヤダルシニーはステファンを毛嫌いしており、彼だけは何としてでも権力の中枢から遠ざけようとしていた。ただ、ステファン自身に政治的野心はなく、彼は片田舎で孤児院を経営していた。

 慈善活動に精を出すステファンを人々は慕っていた。彼の人気を脅威に感じたボビーは、IUFの息の掛かったメディアを利用して、彼のスキャンダルをでっち上げ放送する。彼の孤児院で育ったアパルナーを脅迫し、ステファンから常習的にレイプされ、子供を身ごもったと証言させた。ステファンは逮捕され、刑務所に入れられる。

 ちょうどその頃、フィヨードーから提供された資金100億ルピーを運ぶトラックや船が、ケーララ州に入境する前に何者かに爆破されるという出来事が起こる。それはIUFの政治家たちに配る選挙資金の原資であった。しかも、ボビーは犯人からステファンの釈放を要求される。仕方なくボビーはアパルナーに訴えを退けさせ、ステファンを釈放させる。また、プリヤダルシニーは娘がボビーによって薬漬けにされ、性的搾取も受けていたことを知り、ボビーを責め立てる。だが、ボビーは全く動じず、プリヤダルシニーを脅す。困窮したプリヤダルシニーは亡き父の言い付けを思い出し、ステファンを頼る。ステファンは彼女を守ることを約束する。

 ボビーはムンバイーへ飛び、フィヨードーからさらに資金を引き出そうとしていた。だが、プリヤダルシニーとジャティンはボビーが麻薬密輸業に関わっていることをメディアの前で暴露する。ボビーは海外に高飛びしようとするがフィヨードーの手下たちに捕らえられる。そこへ乗り込んで来たのが国際的な殺し屋、ザイド・マスード(プリトヴィーラージ・スクマーラン)であった。ザイドはフィヨードーたちを殺し、ボビーをステファンの前に連行する。プリヤダルシニーから指令を受けたステファンはボビーを射殺する。

 ジャティンはPNRの後を継いで州首相に就任する。一方、ロシアではザイドがボスのクレーシー・アブラーム(モーハンラール)を迎えていた。

 基本的には、ケーララ州の政権を握る有力政党の内部の権力闘争を描いた政治ドラマである。だが、モーハンラール主演のスターシステムに忠実な映画であるため、彼のヒーロー性が前面に押し出されており、双方向的なだまし合いは成立しない。とにかく終始モーハンラール演じるステファンの手の平の上で全てが動いている。ステファンは孤児という設定であるが、終盤で彼の父親がPKR州首相であることも匂わされ、彼の血統の正統性も証明される。典型的なマサーラー映画である。

 ただ、モーハンラールのヒーロー性を軸に物語が構成されたおかげで、登場人物が多い割には筋を追いやすい映画になっていた。この種の映画では誰が誰だか分からなくなったり人間関係が複雑すぎて付いて行けなくなったりするものだが、「Lucifer」はその辺りの問題を見事に解決していた。ストーリーテーリングの巧さもあっただろう。初監督作品ということを勘案すれば上出来の映画である。

 基本的にはマラヤーラム語映画だが、汎インド的な成功を目指した作りになっており、ヒンディー語のプレゼンスが目立った。まず、ヒンディー語映画界で活躍する俳優たちが起用されている。もっとも重要な役を演じているのがヴィヴェーク・オーベローイだ。2000年代には次世代トップスターのオーラをまとっていた時期もあり、アイシュワリヤー・ラーイと付き合ったりして人生の絶頂期にいたが、アイシュワリヤーと破局した辺りから運勢が下り坂となり、「Prince」(2010年)などの主演作が派手にこけたおかげで急に終わった人扱いされるようになり、2010年代には出演作も激減した。彼は2010年代後半から南インド映画に活路を見出すようになり、この「Lucifer」もその一環で出演を決めたのだと思われる。ただ、元々実力のある俳優だったため、「Lucifer」での悪役もうまくこなしていた。彼が再び脚光を浴びるようになってくれたらうれしい。他に、サチン・ケーデーカルやシャクティ・カプールといった、ヒンディー語映画界でおなじみの顔ぶれも見られた。マラヤーラム語映画にしてはヒンディー語映画界の俳優たちを思い切って多く起用した作品だといえる。

 また、セリフの中にヒンディー語が多く混ぜ込まれていたのにも注目した。ムンバイーのシーンでは特にヒンディー語がよく使われており、ダンスバーをイメージしたアイテムナンバー「Raftaar」はマラヤーラム語映画にもかかわらず全編ヒンディー語の歌詞だったのは驚きだった。ただし、北インド人をよそ者扱いしたり、悪役にヒンディー語を話すキャラが多かったりと、決して北インドやヒンディー語に対して好意的な描き方がされていたわけでもなかった。麻薬に加え、コミュナリズムやヒンドゥー教至上主義も北インドからやって来て「神の国」ケーララ州を浸食しようとしているような描写があった。

 宗教的なバランスが慎重に取られていたようにも感じられた。ステファンはキリスト教徒的な名前であり、教会とも密接な関係を維持していた。ただ、彼の養父であるPKRはヒンドゥー教徒だ。また、映画の最後で彼は国際的なマフィアのドン、クレーシー・アブラームであることが明らかにされるが、これはイスラーム教徒的な名前である。つまり、モーハンラールが演じたキャラにはキリスト教、ヒンドゥー教、イスラーム教の3宗教が合流している。

 マラヤーラム語映画の大きな特徴であるが、インドの数ある映画界の中でもっともキリスト教のモチーフが多い。これは明らかに他州に比べてケーララ州にキリスト教徒人口が多いからであろう。「Lucifer」という題名自体、キリスト教神話に登場する堕天使の名前である。映画の中では旧約聖書の引用もされていた。

 「Lucifer」は、マラヤーラム語映画に付きまとう地味な印象を払拭する野心的な作品である。プリトヴィーラージ・スクマーランが初監督し、モーハンラールが主演というだけでも話題性があるのに、ヴィヴェーク・オーベローイなどのヒンディー語映画俳優たちを起用し、ヒンディー語のセリフや歌詞も貪欲に取り込んで、汎インド映画の体裁を整えている。その目論みは成功し、マラヤーラム語映画史上トップ10に入る大ヒットとなった。近年活発なマラヤーラム語映画の今を象徴した必見の映画である。