Mere Pyare Prime Minister

4.0
Mere Pyare Prime Minister
「Mere Pyare Prime Minister」

 インドのトイレ問題を初めて公の場で本格的に取り上げたのはナレーンドラ・モーディー首相だった。2014年に首相に就任し、最初の独立記念日スピーチにおいて、彼は全国民の前で、インドではトイレが家にない人がたくさんいることや、学校にトイレがないことを取り上げ、インド全国津々浦々にトイレを作ると宣言をした。演説の上手さで知られるモーディー首相の最初のスピーチとあって、国民は彼が何を話すか期待して見ていたが、話題のひとつがトイレだったことに度肝を抜かれた。だが、彼が取り上げた問題の深刻さはすぐに理解され、以後、全国でトイレの建造が急ピッチで進められた。

 モーディー首相の演説は映画界でも反響を呼んだ。早速、アクシャイ・クマール主演のヒンディー語映画「Toilet: Ek Prem Katha」(2017年)が作られ、インドのトイレ問題が映画の形で世に問われることになった。そして2019年3月15日、ヒンディー語映画界で最も有能な監督の一人に数えられるラーケーシュ・オームプラカーシュ・メヘラー監督のトイレ問題映画「Mere Pyare Prime Minister(親愛なる首相へ)」が公開された。この映画は、2018年のローマ映画祭でプレミア上映されている。

 「Toilet: Ek Prem Katha」と異なるのは、スラム街に住む子供が主人公の映画となっていることである。ただし、見た目は子供向け映画ながら、レイプのシーンもあり、安心して子供に見せられる作品ではない。

 キャストは、オーム・カノージヤー(子役)、アンジャリー・パーティール、マカランド・デーシュパーンデー、ニテーシュ・ワードワー、そしてアトゥル・クルカルニーなどである。また、音楽はシャンカル=エヘサーン=ロイが担当している。

 ムンバイーのスラム街ガーンディーナガルに住む8歳の少年カヌ(オーム・カノージヤー)は、母親のサルガム(アンジャリー・パーティール)と仲良く暮らしていた。ガーンディーナガルには家にも公衆の場にもトイレがなく、人々は外で用を足していた。ある日、サルガムが暗がりで単身用を足していたところ、警察にレイプされてしまう。

 カヌは、レイプが何かは分からなかったが、トイレがないから母親が辛い目に遭ったと理解し、トイレを作ろうとする。まずはスラム街の山頂に手製のトイレを作るが、大雨が降って壊れてしまう。そこでカヌは、ムンバイー市局へ行き、トイレ建造を申請しようとする。だが、ガーンディーナガルは違法のスラム街だと取り合ってもらえない。何とかできるのは首相ただ一人だと聞いたカヌは、友達と一緒に列車をキセルしてデリーまで行き、首相に手紙を渡そうとする。首相との面会は叶わなかったが、首相官邸の役人(アトゥル・クルカルニー)に手紙を託すことはできた。

 ムンバイーに戻ったカヌは、トイレができるのを待ち続けた。いつまで経っても首相から返事がないため、今度はお金を集めてトイレを作ろうとする。だが、人々を騙してお金を集めていたことが警察にばれ、こっぴどく叱られてしまう。そんなことをしている内に、首相から返事があったと連絡が入る。こうしてガーンディーナガルに立派な公衆トイレが建造された。

 題名やポスターからは、ほとんどどういう内容の映画なのか推測不可能だ。だが、映画が始まると、スラム街の人々が外で排泄しているシーンが何度か映し出され、次第に主題が明らかになって来る。

 それでも、序盤で主人公の少年カヌがまず関わるのは、コンドームの配布である。NGOを主宰していると思われる白人女性から、スラム街にコンドームを配る仕事を与えられたのだ。カヌは、コンドームが何に使うものなのか知らないまま、大人にコンドームを配って回る。子供にコンドームを配らせるNGOもどうかと思うが、主題を一瞬だけ惑わせる仕掛けにもなっていた。

 だが、カヌが白人女性の家へ行き、豪華なトイレを見たことで、映画はトイレ問題に向かって一直線で進む。カヌの母親サルガムが、外で用を足したときにレイプされたことを受けて、カヌは熱に浮かされたようにトイレ作りに邁進する。そしてとうとう子供たちだけでデリーに行き、首相官邸に辿り着いてしまうのである。

 「Toilet: Ek Prem Katha」が取り上げていたのは農村のトイレ問題だったが、この「Mere Pyare Prime Minister」は都市部スラム街のトイレ問題に切り込んだ作品だった。特に、トイレ問題は女性の治安問題にも直結している。映画の最後で示された情報に拠ると、インドで発生するレイプの半分は、外で用を足しているときに起こると言う。

 また、子供が主人公の映画であることもあって、非現実的なほど希望に満ちた結末となっていた。カヌが首相宛てに出した手紙のおかげで、彼の住むスラム街に公衆トイレが建つ。本当は、公衆トイレが建った後の方が問題だ。人々にトイレで用を足す習慣がないため、せっかくトイレが出来ても利用されなかったりするし、インド人は誰もトイレを掃除したがらないので、管理をしっかりしないと、すぐに汚れて使い物にならなくなってしまう。ハードよりもソフトにまつわるトイレ問題は、「Toilet: Ek Prem Katha」の方が鋭く切り込んでいたと感じた。

 子供が主人公の映画は、優秀な子役の起用に全てが掛かっている。ラーケーシュ・オームプラカーシュ・メヘラー監督はその辺りも非常に巧みで、オーム・カノージヤーのような天性の俳優を見つけ出すことに成功した。彼の天真爛漫な演技は、ともすると暗くなってしまったであろうこの映画を隅々まで明るく照らしていた。

 映画の中では、ファンへのサービスであろう、ラーケーシュ・オームプラカーシュ・メヘラー監督の過去の作品で使われた曲が少しだけ出て来た。「Rang De Basanti」(2006年)の「Tu Bin Bataye」や、「Delhi-6」(2009年)の「Genda Phool」である。また、アーミル・カーン主演の「Ghulam」(1998年)から、ヒット曲「Aati Kya Khandala」が印象的な使われ方をしていた。

 「Mere Pyare Prime Minister」は、「Toilet: Ek Prem Katha」に続き、インドのトイレ問題を取り上げた映画である。ナレーンドラ・モーディー首相の影響が如実に感じられる映画で、しかも希望に満ちたエンディングからは、モーディー首相の政策を支持する作品とも取ることができる。子役の演技が素晴らしく、愛おしく、インドのトイレ問題について考えながら楽しむことのできる、高度な娯楽作品に仕上がっていた。さすが、ラーケーシュ・オームプラカーシュ・メヘラー監督である。