非暴力による独立運動を提唱して英国植民地政府と対峙し、「インド独立の父」と称されるマハートマー・ガーンディーは、インド独立達成から約半年後の1948年1月30日にナートゥーラーム・ゴードセーという極右の青年に暗殺された。
2019年1月30日公開の「The Gandhi Murder」は、ガーンディー暗殺の真相に迫ったフィクション映画である。「Solar Eclipse: Depth of Darkness」、「Gandhi Hatya Ek Saazish(ガーンディー暗殺、ある陰謀)」などの異なる題名も付けられている。多数のインド人俳優も出演しているが、アルジェリア人監督カリーム・トライディアとインド人監督パンカジ・セヘガルが共同で監督した作品で、映画の国籍は英国のようである。そのため、オリジナルの言語は英語だと思われるが、鑑賞したのはヒンディー語版だ。
出演してるインド人俳優は、オーム・プリー、ラジト・カプール、ナーサル、ラージパール・ヤーダヴ、アナント・マハーデーヴァン、アヴタール・ギル、ゴーヴィンド・ナームデーオ、ヴィカース・シュリーヴァースタヴ、ガウハル・カーンなどで、ほとんどがベテラン俳優たちである。ただ、メインのキャラクターを演じるのはステファン・ラング、ルーク・パスクアリーノ、ヴィニー・ジョーンズ、ジーザス・サンスなどの欧米の俳優たちだ。しかも、彼らが英国人役を演じるのではなく、インド人役も演じている。マハートマー・ガーンディー役を演じているのもインド人俳優ではない。インド人以外がインド人役を演じてはいけないわけではないが、奇妙な配役に映る。
「The Gandhi Murder」がガーンディー暗殺について主張しているのは、ガーンディーの死が1947年の印パ分離独立で巻き起こった混乱を収めるために必要だったということだ。
当初、ガーンディーは印パ分離独立に反対していたが、最終的にはイスラーム教徒知識人たちの要望を受け入れる形でイスラーム教国家パーキスターンの建国を認めた。それは、統一インドの独立を求めるヒンドゥー教徒過激派たちの目には、イスラーム教徒への妥協に映った。パンジャーブ地方やベンガル地方などで国境線が引かれたことで、ヒンドゥー教徒やイスラーム教徒などの大移動が起き、それはすぐに殺戮へと変化した。東西パーキスターンの領土を失った後も、インドは「セキュラー国家」としての立場を堅持し、初代首相のジャワーハルラール・ネルーも宗教融和を訴えた。だが、イスラーム教国家ができたにもかかわらず、インド国内に多数のイスラーム教徒が残ったことで、ヒンドゥー教徒は怒りを募らせ、暴動へと発展した。
「The Gandhi Murder」の主役であるスニール・ラーイナー警視長(ステファン・ラング)やジミー警視(ルーク・パスクアリーノ)は、ナートゥーラーム・ゴードセー(ヴィカース・シュリーヴァースタヴ)ら過激派たちがガーンディー暗殺を画策していることを察知していた。1月30日の前にはガーンディーを狙った爆弾テロ未遂も起こっていた。だが、彼らは暗殺を止めなかった。それは、彼らがガーンディーの命よりも独立インドの安定を優先したからだった。
彼らが参考にしたのは米国の大統領エイブラハム・リンカーンの暗殺だった。リンカーンは南北戦争終結直後に暗殺されたが、リンカーンの死が、南北の対立を鎮め、アメリカ合衆国がひとつにまとまるきっかけになった。印パ分離独立後のインドも南北戦争中のアメリカ合衆国と同様の状態とされており、それを鎮めるためには偉大な人物の犠牲が必要だというのがラーイナー警視長の考えであった。だから、彼はガーンディー暗殺を止めようとせず、ガーンディーはゴードセーによって殺害されることになった。「The Gandhi Murder」は、これを「Verified Fact(検証済みの事実)」と謳っており、この映画はそれに基づいて作られたと主張されている。
ただ、映画の作りは非常に稚拙で、一昔前のB級映画のようだ。しかも、無理にインド映画らしく味付けがなされており、複数のダンスシーンが挿入される。前述の通り、ラーイナー警視長、ジミー警視、ガーンディーなど、主要なキャラを演じているのはインド人俳優ではなく、その点でも違和感が半端ない。インド人俳優の多くは泣く子も黙るようなベテラン俳優たちばかりだが、出演したことを後悔していそうな出来である。
「The Gandhi Murder」は、「インド建国の父」マハートマー・ガーンディーの暗殺の「真相」に迫った映画である。アルジェリア人監督とインド人監督が共同で監督した英国国籍の映画であり、欧米の俳優たちが主要なインド人役を演じている。それでいてダンスシーンが挿入されるなど、インド映画的な味付けも見受けられる。この映画が「真相」と主張する内容はさておいて、とにかく奇妙な映画である。無理して観る必要はない。