2019年1月19日にジャイプル国際映画祭でプレミア上映され、2020年10月23日からShemaroo Meで配信開始された「Kasaai」は、ラージャスターン州の農村で起こった殺人事件を巡るドラマである。実話に基づいたストーリーとされている。題名になっている「क़साई」とは本来ならば屠殺業を生業にする者のことだが、この映画では「殺人犯」くらいの意味で使われている。英題は「The Devil(悪魔)」とされている。
監督はガジェーンドラ・シャンカル・シュロートリヤー。過去に「Bhobhar」(2012年)というラージャスターニー語映画を撮っている。この「Kasaai」でも登場人物は完全にラージャスターニー方言のヒンディー語をしゃべっており、ヒンディー語映画というよりはラージャスターニー語映画である。
キャストは、ミーター・ヴァシシュト、ラヴィ・ジャンカール、VKシャルマー、アショーク・バンティヤー、マユール・モーレー、リチャー・ミーナーなどである。デリーの国立演劇学校(NSD)出身俳優で固められており、高いレベルの演技を楽しむことができる。
ラージャスターン州東部、セーンガルプル村ではサルパンチ(村落議長)の選挙が近づいていた。現在のサルパンチであるプールナーラーム(VKシャルマー)の息子ラカン(ラヴィ・ジャンカール)には、バーブーとスーラジ(マユール・モーレー)という息子がいた。スーラジは、プールナーラームのライバルであるバッギー・パテール(アショーク・バンティヤー)の孫娘ミスリー(リチャー・ミーナー)と密かに恋仲にあった。 ある日、スーラジとミスリーの仲が家族にばれてしまう。ラカンは、選挙が終わるまでスーラジを村から離すことにし、叔父のところへ送る。ところがスーラジは行方不明になり、1ヶ月後のとある晩にひょっこり帰ってくる。選挙がまだ終わらない中、息子が帰ってきたことに腹を立てたラカンに棒で殴られたスーラジは死んでしまう。ラカンたちはその夜の内にスーラジを火葬する。ラカンがスーラジを殴り殺すところを見ていた母親のグラービー(ミーター・ヴァシシュト)は嘆き悲しむ。 グラービーは警察署に息子が父親によって殺されたことを密告しに行く。警察官がプールナーラームを訪ねてやって来るが、賄賂を渡されたことで満足して帰っていく。 一方、スーラジの突然の死を悲しんでいたミスリーは、スーラジの子供を身籠もっていることに気付く。バッギーはプールナーラームの家に行き、ミスリーをスーラジの兄バーブーと結婚させることを提案する。こうして結婚式が行われた。 村の中ではスーラジは殺されたとの噂が広まっていた。バッギーは、ボーパー(呪術師)を呼んで決着を付けることを提案する。ボーパーは儀式を行い、スーラジは「カサーイー」に殺されたと宣言するが、それを聞いていたグラービーは、息子を殺したのはラカンだと皆の前で主張する。グラービーは倉庫に閉じ込められ、ボーパーの命令により焼き殺される。それを見たプールナーラームは心臓発作を起こして倒れる。
パンチャーヤトと呼ばれる村落議会のサルパンチ(議長)選挙が近づく中、選挙で敵対する2つの家の子供スーラジとミスリーが恋仲になったことで物語が動き出す。スーラジは誤って父親ラカンに殺されてしまうが、ラカンの家族はそれを事故に見せかける。だが、母親のグラービーは息子を殺した夫を許すことができず、何とかして「カサーイー」、つまり真犯人を知らしめようとする。一方で村落政治を描写しながら、もう一方で息子を殺された母親の闘争が描かれる。
息子の死から立ち直れないグラービーがまず頼ったのは実の兄であった。スーラジは事故死ではなくラカンに殺されたと明かすが、兄は何もすることができなかった。次にグラービーが頼ったのは警察だった。しかしながら警察官はサルパンチと懇意であり、その家に嫌疑が掛けられても、一定の額の賄賂させもらえればわざわざ動くことはしない。
そんな絶望的な状況の中、一筋の光として差し込んだのは、スーラジの恋人ミスリーの妊娠であった。ミスリーはスーラジの子供を身籠もっていた。これは両家の関係を変える事件であった。
まず、パテール家にとって、未婚の娘の妊娠は何より不名誉なことであった。もし村人に知れ渡ったら、彼の家の名誉は地に墜ちてしまう。何としてでもこのことは隠し通さなければならなかった。堕胎させることはできたが、ミスリーはそれを断固拒否していた。そこで、ミスリーを、スーラジの兄バーブーと結婚させることにする。バーブーは結婚していたが、子供がいなかった。プールナーラームはサルパンチ選挙で敗色濃厚であり、政敵だったバッギーとの縁談は起死回生になり得た。また、プールナーラームは曾孫を得、家系を存続させることができる。この縁組は両家にとってウィンウィンであった。
全てがうまく行っていたかに見えたが、それを悶々とした気持ちで眺めていた者がいた。スーラジの母親グラービーである。グラービーはとうとう村人たちの前で、スーラジを殺したのはラカンであることを暴露する。これがグラービーの死を招き、プールナーラームも心臓発作を起こして倒れてしまう。一度にプールナーラームの一家は破滅の道へ向かう。
この主筋以外にも、直接ストーリーに影響はしないが、村落政治を思わせるサブストーリーらしきものがいくつか散りばめられていた。敵対候補に与する者の畑に水を送らないという嫌がらせ、選挙に勝つために村人たちを酒や金で買収する様子、その他もっと大きな政治の動きなど、示唆されるだけに留まってはいたが、より広がりを持ったストーリーだった。また、村から一旦離れさせられたスーラジが何をしていたのかも謎のままだし、ラカンが息子の妻カストゥーリーを手込めにしようと狙っていた様子もうかがわれた。とにかくメインストーリー以外にも村には多くの事件がくすぶっているように感じられた。
この映画の味は台詞にある。舞台になっているセーンガルプル村はラージャスターン州東部に実在する。ブンデーリー方言やブラジ方言の影響を受けたヒンディー語をしゃべっており、標準ヒンディー語だけの語学力では聴き取りが困難だ。俳優たちはこの方言を駆使して台詞をしゃべっており、リアルな村の会話が行き交っていた。
NSD出身の俳優たちを起用しているため、演技は一級品だ。特にミーター・ヴァシシュト、VKシャルマー、ラヴィ・ジャンカールといった俳優たちが素晴らしかった。ミスリーを演じたリチャー・ミーナーも不思議な色気のある女優であった。
「Kasaai」は、優れた俳優たちによる硬派な演技が見所の村落政治映画である。家の名誉を守ろうとする余り、家族の気持ちが後回しになり、破滅的な結末を迎える。保守的な村落の硬直した体制が批判されると同時に、主筋以外にも多くの潜在的な事件がくすぶっている様子がうかがわれる、広がりのある作品だった。