Piano to Zanskar (UK)

4.5
Piano to Zanskar
「Piano to Zanskar」

 インド最北部ラダックの中でももっとも僻地にあるザンスカール地方。そこにある村にピアノを運ぼうとする英国人老人の冒険を追ったのが「Piano to Zanskar」である。2018年6月23日にエジンバラ国際映画祭でプレミア上映された。アジアンドキュメンタリーズでは「天空の村のピアノ」という邦題と共に配信されている。

 監督はロンドンを拠点とするポーランド人ミハウ・スリマ。どういうきっかけで、ロンドンでピアノ調律師を営むデズモンド・オキーフと出会ったかは語られていなかったが、彼の旅路をひたすらカメラで追い続けていた。スリマ監督自身は映画の中では完全に姿を消し、一切登場しないが、一ヶ所だけ、デズモンドがスリマ監督に話しかけるシーンがあった。デズモンドの生年と彼の年齢から計算すると、撮影されたのは2014年であろう。

 デズモンドがザンスカールにピアノを届けようと思ったきっかけは、とある顧客からの依頼だった。ザンスカールにピアノを届けることができるかと問われ、彼は「できる」と答えた。ただ、その顧客は事情があってザンスカールに行くことができなくなり、その注文は立ち消えた。それでもその話はデズモンドの心に残り続け、65歳の誕生日を迎えるにあたって、何か人生で前代未聞のことをしたいと思い立ち、ザンスカールに自らピアノを届けることにしたのだった。

 映像の中では、デズモンドのピアノ運搬に同行したのは、アナという若い女性環境科学者とハロルドという若い男性ミュージシャンの2人であったが、当然のことながらスリマ監督も同行したのだろう。まずは英国からインドにピアノを空輸するのだが、持ち運びしやすいようにピアノを分解していた。そして、デズモンドとアナはラダック地方の主都レーに飛び、そこでデリーから陸路を通って運ばれてくるピアノを待った。そのトラックにはハロルドも乗っていた。

 デズモンドがピアノの届け先として決めたのは、リンシェ(Lingshed)という村だった。通常、レーからザンスカールへ行くには、まずはカールギル(Kargil)まで行き、そこからザンスカール地方の中心地パダム(Padum)を目指す。だが、リンシェはこのルート上にはなく、どちらかといえば、ドキュメンタリー映画「Chaddr – Unter uns der Fluss」(2020年)で紹介されているチャーダルの道に近いルート上にある。だが、チャーダルは冬季にしか通れない上に、凍った河の上をピアノを運ぶのは困難だ。デズモンドたちがラダックを訪れたのはおそらく夏季である。

 彼らが取ったのは、ラマユル(Lamayuru)辺りから南に伸びているジープ道を通ってポトクサル(Photoksar)まで自動車で行き、そこから人夫やヤクを使って徒歩で移動するというルートである。現在、パダムからザンスカール河沿いに道路が建設中で、いずれはリンシェまで開通する予定だが、少なくともこの映画の撮影時にはリンシェはどことも道路で通じておらず、陸の孤島状態であった。なぜこんな辺鄙な村にピアノを届けようと思ったのかは不明である。ザンスカール地方にはいくらでも道路が通じている村があり、そこに届けるならばもっと簡単だったはずだ。

 ピアノは無事にレーに届いたが、ポトクサルからはヤクに乗せて運ばないといけないので、さらに分解された。ヤクはポトクサルで用意してもらっていた。しかし、彼らがポトクサルに辿り着いてみると、意外にヤクは小柄で、ピアノを運べる大きさではないことが分かる。そこで彼らは人夫を雇ってピアノを運ぶことにする。

 道中、急な崖を滑り降りたり、延々と続く平坦な道を進まなければならなかったりと、65歳のデズモンドにとっては大変な旅になる。だが、彼らは何とかリンシェ村に辿り着く。村にはクリスティーナというドイツ人女性がいた。どうやらピアノが届けられるという噂をどこかで聞いて、待っていてくれたらしい。彼女はピアノを弾くこともできた。このような幸運に恵まれながらも、危険な行程を通って届けられたピアノの各部品はかなり痛んでしまっていた。ハロルドは、これではピアノを復元できないのではないかと心配するが、デズモンドは大して落胆するわけでもなく、淡々とピアノの弦を張り直したりして修復する。そして、遂にピアノが完成する。

 標高3,900mの地にロンドンからピアノが届けられた。ピアノは学校の一室に置かれ、その部屋は「サー・デズモンド音楽ホール」と名付けられた。彼らはそれを、世界でもっとも高い場所にあるピアノだと主張していたが、その真偽は分からない。少なくとも、これだけ苦労して運ばれたピアノは稀であろう。その音色は格別で、天国のようなリンシェ村の風景にピアノの音が美しく響き渡った。

 リンシェ村には貨幣経済が浸透しておらず、人々は金銭的な見返りなしにお互いの助け合いをして生活していた。おそらく道路が通じることで、彼らのその純粋さも失われていくことだろう。ピアノという西洋の産物が届けられたことは、その前兆になるかもしれない。村人たちは発展を待ち望んでいる。西洋人は、その発展が彼らに何をもたらし何を奪い去るのかを予感できる。だが、彼らはそれを知っていても、発展を止めようとは思わない。ただ、彼らの平和や美しい環境が少しでも長く続くように祈るしかない。インドの僻地を訪れる外国人がおそらく皆抱くであろう葛藤をデズモンドたちも感じていたが、説教臭い映画ではなく、ただザンスカールの村にピアノを届けるという無謀な挑戦を気持ちよく美しく映し出していた。

 映画の最後にはエピローグも添えられていた。ハロルド、アナ、クリスティーナなどのその後が紹介された後、デズモンドについても触れられていた。彼はその後も毎年リンシェ村を訪問し続け、ピアノの調律を続けてきたが、2018年に亡くなり、その年の訪問が最後になったという。

 「Piano to Zanskar」は、ロンドンからザンスカールにピアノを届けるという荒唐無稽な挑戦をひたすら見守るドキュメンタリー映画である。成功するか分からないし、それが何をもたらすのかも分からない。だが、65歳のピアノ調律師が、人生の最後に何かに挑戦したくて思い立った計画であり、情熱ひとつでそれを成し遂げている。その姿には感動するしかない。また、ザンスカール地方の険しくも美しい自然にもただただ圧倒される。必見の映画である。