Angrezi Mein Kehte Hain…

3.5
Angrezi Mein Kehte Hain
「Angrezi Mein Kehte Hain…」

 2017年12月15日にニューヨークの南アジア国際映画祭でプレミア上映され、インドでは2018年5月18日に公開されたヒンディー語映画「Angrezi Mein Kehte Hain…(英語で言うと・・・)」は、アレンジドマリッジをした夫婦が結婚後に愛を確かめ合うという、大人向けのロマンス映画である。

 国家映画開発公社(NFDC)が出資をしており、監督はハリーシュ・ヴャース。ほとんど無名の監督である。主演はサンジャイ・ミシュラーとエーカーヴァリー・カンナー。他に、パンカジ・トリパーティー、シヴァーニー・ラグヴァンシー、アンシュマン・ジャー、ブリジェーンドラ・カーラーなどが出演している。

 舞台はヴァーラーナスィー。郵便局に勤めるヤシュワント・バトラー(サンジャイ・ミシュラー)はアレンジドマリッジした妻キラン(エーカーヴァリー・カンナー)と24年間一緒に過ごしてきた。二人の間には娘のプリーティ(シヴァーニー・ラグヴァンシー)がいた。プリーティは、近所に住むバッティー(ブリジェーンドラ・カーラー)の息子ジュグヌー(アンシュマン・ジャー)と恋仲にあった。

 ヤシュワントは気持ちを表現するのが苦手な男性だった。キランの実家は裕福で、何かと生活に介入してこようとすることに苛立っていた。ヤシュワントはプリーティを早く結婚させようと決めるが、プリーティは拒否し、勝手にジュグヌーと結婚してしまう。そしてある日プリーティはそのことを両親に打ち明ける。最初は怒ったヤシュワントも、最終的には受け入れざるを得ず、二人を結婚させる。

 キランは、プリーティが嫁入りしたら自分も家を出ると宣言していた。プリーティの結婚後、キランは実家に帰る。ヤシュワントは、プリーティがいなくなったことで、彼女の存在のありがたさを痛感することになる。

 また、ヤシュワントはフィーローズ(パンカジ・トリパーティー)という男性と出会う。フィーローズはイスラーム教徒であったが、ヒンドゥー教徒のスマンと恋愛結婚していた。スマンは脳の病気で入院中だった。ヤシュワントは、フィーローズとスマンが結婚後も仲睦まじく暮らしているのを見て、夫婦仲に愛情が大切なのを知る。ジュグヌーやプリーティも、ヤシュワントがキランを家に連れ戻すのを助けようとするが、ヤシュワントはなかなかキランに優しい言葉が掛けられず、失敗に終わってしまう。

 そうこうしている内にキランは弟のラヴィに連れられてカナダへ行くことになってしまう。出発の日、ヤシュワントは空港まで行くが、やはりキランに戻って来いと言えず、送り出してしまう。だが、キランがカナダから帰って来るとヤシュワントは空港まで迎えに行き、彼女を出迎える。

 表面的には、アレンジドマリッジし、恋愛結婚を否定していた無口で保守的な男性ヤシュワントが、恋愛結婚の良さを知り、自分の妻キランに必死に愛情を伝えようとする物語であった。娘プリーティの結婚を機にキランとは別居状態になったことで、ヤシュワントはさらにキランに愛情を感じるようになる。弟に連れられてカナダに去って行くときに、ヤシュワントは空港まで駆けつけて何かを言おうとする。通常のロマンス映画だったらここで気の利いたことを言って妻を引き留めるわけだが、ヤシュワントは煮え切らず、彼女を送り出してしまう。だが、海を挟んで離れ離れになっている間にも二人は文通をし、この別離の時間と距離が二人をさらに近づける。カナダから帰国したキランをヤシュワントは迎えに行く。こんな物語であった。

 だが、細かい設定を見ていくとなかなか興味深い点を見出すことができる。たとえば、不釣り合いな夫婦という点である。キランの実家はかなり裕福な家である一方、ヤシュワントは郵便局に勤める下級の公務員で、収入は知れていた。なぜ経済的に不釣り合いなこの二人が結婚に至ったのかはよく分からないのだが、双方の親が決めたアレンジドマリッジであるので、親の代に何らかのつながりがあったのかもしれない。ヤシュワントはキランの実家を毛嫌いしており、彼らからプリーティの結婚式の費用を援助すると言われても突っぱねていた。ヤシュワントが頑なになってしまったのは、この不釣り合いな結婚と、それに伴う劣等感にも原因があると思われる。

 物語の中には、ヤシュワントとキランの他にもう2組のカップルが登場する。ひとつはプリーティとジュグヌー、もうひとつはフィーローズとスマンである。そしてこの2組は恋愛結婚している。プリーティとジュグヌーは近所同士で、恋愛を成就させて結婚した。ジュグヌーの父親バッティーはふわふわしたキャラだったのだが、彼らの恋愛結婚に反対というわけではなさそうだった。一方のヤシュワントは大反対だったのだが、最終的には彼らの結婚を認める。ここでも、通常の映画ならば大騒動となるところだが、意外にヤシュワントは折れるのが早く、二人を結婚させてしまう。また、フィーローズとスマンは異宗教観結婚をしていた。しかも、駆け落ち結婚を匂わせていた。ヤシュワントは、この2組のカップルが幸せそうにしていることから、愛の存在が夫婦仲に不可欠であることに気付くのである。フィーローズは、「ラブ・マリッジした後にもマリッジ・ラブ」と表現していた。

 キランは結婚後主婦をしていたため、外で働く機会がなかった。だが、別居後に学校で英語を教え始めたところを見ると、学歴が高く、しかも教師の経験があることも予想される。ヤシュワントとの結婚もしくは出産を機に仕事を辞めたのであろう。そして、子供が大きくなった後も、ヤシュワントが許可しなかったために、仕事に復帰しなかったのであろう。女性の社会進出や社会復帰の推進という強力なメッセージが発信されている映画ではなかったが、暗に、妻への愛情表現に加えて、妻を家庭に押し込めるのではなく、外に出て働くことを許すだけの度量の広さを求める内容になっていた。しかも、ヤシュワントは教室で英語を教えるキランを盗み見て、新たな胸のときめきを感じるのだった。

 普段は変なお爺さん役を演じることの多い曲者俳優サンジャイ・ミシュラーだが、時々いい映画に主演しており、そういう映画を観ると、当代一流の俳優であることが分かる。「Angrezi Mein Kehte Hain」での彼の演技も素晴らしかった。キランを演じたエーカーヴァリー・カンナー、フィーローズを演じたパンカジ・トリパーティーも好演していた。

 ちなみに、キランが教えることになった学校では日本語のクラスもあり、「かまたえりか」という日本人女性の先生が日本語を教えていた。ただ、教えられている日本語の発音は怪しいものであった。また、インド映画に日本人が登場するとよくお辞儀をするのだが、やはりここでもお辞儀をしており、しかもかなり大袈裟な身振りであった。

 13-14世紀の詩人アミール・クスローが書いたとされる有名なカッワーリー曲「Aaj Rang Hai」が重要なシーンで使われていた。ヴァーラーナスイー名物のガンジス河が効果的に背景として使われており、古都の美しさが映える映像だった。

 「Angrezi Mein Kehte Hain」は、なかなか妻に愛情表現のできない無口な男性をサンジャイ・ミシュラーが演じ、夫婦仲においても気持ちをしっかり表現することの大切さや、あまりに近くにいすぎて見えなくなってしまったものを見るためには、たまには少し離れて見てみることの勧めなどのメッセージが柔らかく盛り込まれた温かい作品だった。スターの起用もなく、劇的な展開もないが、身近で親しみの湧くストーリーだった。佳作である。