Ribbon

4.0
Ribbon
「Ribbon」

 2017年11月3日公開の「Ribbon」は、予定外の妊娠により人生に変化が訪れた若い夫婦の物語である。ドキュメンタリータッチで描かれた日常の小さな出来事の積み重ねで成り立っている、上品な小品である。

 監督は、ドキュメンタリー映画畑のラーキー・サンディリヤー。主演はカルキ・ケクランとスミート・ヴャース。カルキはポンディシェリー生まれのフランス人であり、ヒンディー語映画界で既に確立した演技派女優である。スミート・ヴャースは「English Vinglish」(2012年/邦題:マダム・イン・ニューヨーク)などの出演の俳優である。また、子役としてキーラ・ソーニーが出演している。

 ムンバイー在住のサハーナー・メヘラー(カルキ・ケクラン)は会社で責任あるポジションを任されるキャリアウーマンだった。夫のカラン(スミート・ヴャース)は建築家だった。ある日、体調不良を感じたサハーナーが医者に受診すると妊娠していることが分かる。サハーナーはまだ仕事を頑張りたかったため、堕胎することを提案するが、カランに説得され、生むことにする。生まれた女の子はアーシーと名付けられた。

 サハーナーが出産・育児休暇明けにオフィスに戻ると、元のポジションは後輩に取られており、しかも彼から指図を受ける立場になっていた。サハーナーは転職先を探すがなかなか見つからない。しかも、子守を頼んでいたウシャーのいい加減な仕事振りが発覚し、3日間の休暇を申請すると、会社からはクビを言い渡された。

 アーシーは成長し、学校に通うようになる。サハーナーが学校の職員から性被害を受けていることが分かり、カランとサハーナーは校長に直談判に行く。だが、学校側はなかなかそれを認めない。怒ったカランはサハーナーとアーシーを連れて飛び出す。家に帰ると今度はサハーナーとカランの間で夫婦喧嘩となる。カランは家を飛び出して行ってしまうが、真夜中に家に帰ってくる。

 ドキュメンタリー映画を撮ってきた監督の作品なだけあって、ドキュメンタリー映画的な手法で作られていた。全編に渡って長回しが多用され、登場人物たちのたわいもない会話がキャプチャーされる。映画の大半では劇的な事件は起こらず、若い夫婦が予期せぬ妊娠と出産によって人生の変化を経験していく様子が淡々と語られている。

 前半では、結婚後もバリバリとキャリアを追っている女性サハーナーが妊娠を機に大きな転換を経験する。サハーナーは中絶しようとするが、夫のカランは子供を欲しており、遂には生むことになる。妊娠しているにもかかわらずサハーナーが飲酒し酔っ払って帰ってきたのをカランが諫めるところなどは、実際の夫婦のやり取りを傍から見ているようなリアルさがあった。

 妊婦の時期は意外にサラリと描かれ、出産もほとんどスキップ状態で通り過ぎる。サハーナーは出産後すぐに子供を子守に預け職場復帰するが、3ヶ月間の出産・育児休暇は彼女のキャリアにとって大きな痛手となった。過去3年間を費やして築き上げた職場でのポジションは頼りなかった新人に奪われており、彼女自身は降格になっていた。納得できないサハーナーは転職活動を始めるが、面接では3ヶ月のブランクを突かれ、採用されない。子守のいい加減さも発覚し、サハーナーは休暇を取るが、あっけなくクビにされてしまう。インドの企業がまだまだ女性にとってはワークライフバランスを取って働くには厳しい場所であることが分かるシーンである。

 ただ、あくまでこの映画はインド社会のそんな現実を淡々と描写し続ける。そこにフェミニスト的な主張は希薄だ。監督自身も女性であり、女性の人生とはこんなものだよと半ば諦めながら語っているように感じる。

 後半になると、女性にとっての仕事と家庭の両立の問題とは全く別の、非常に深刻な問題が突如提示される。それは児童の性被害である。サハーナーとカランの娘アーシーが、学校バスの助手から性被害を受けていた疑いが出る。だが、アーシーはまだ小さいので、何が起きているか分からなかった。いつも家まで迎えにきてくれるシブーおじさんにスカートをめくって触らせるとチョコレートがもらえるということで、喜んでその行為をしていたのである。早速サハーナーとカランは校長に会いに行くが、学校側は彼らの言い分をそのまま受け取らない。とうとう二人は学校の管理職と喧嘩してしまう。

 さらにその喧嘩は夫婦喧嘩にも飛び火する。カランはアーシーのために訴訟を辞さない構えを見せるが、サハーナーは今まで育児にほとんど協力してこなかった夫を糾弾し始め、そのついでに、自分は子供を生みたくなかったとまで主張する。激怒したカランは離婚を切り出す。

 ただ、映画は極端な結末には向かわず、真夜中まで外を彷徨ったカランが自宅に戻ってくるシーンで終わっている。喧嘩はあったものの、夫婦の仲は修復されることが暗示されている。

 やはり後半においても、幼児や児童の性被害には触れられていたものの、それを社会問題として取り上げ、問題意識を喚起するような意図は感じられなかった。あくまで淡々と家族に起きる日常のちょっとした出来事を追っているだけである。

 このように、「Ribbon」は、ある夫婦の日常を切り取ってコラージュしたような作品だ。俳優たちが交わす会話も、本当の会話を切り取ったかのように自然である。カルキ・ケクランとスミート・ヴャースの演技も良かったし、それ以上にアーシーを演じたキーラ・ソーニーが愛らしかった。高く評価したい。