Rukh

3.0
Rukh
「Rukh」

 2017年10月27日公開の「Rukh(向き)」は、父親の交通事故死をきっかけに息子がその死の真相に迫ろうとするサスペンス映画である。ただし、最後は前向きにまとめられている。

 監督はアタヌ・ムカルジー。エディターとしての経歴が長く、数本の短編映画も撮っているが、長編映画は本作が初となる。キャストは、マノージ・バージペーイー、アーダルシュ・ゴウラヴ、スミター・ターンベー、クムド・ミシュラー、イラー・バーテー、シュブラジョーティ・バラート、パワン・スィン、ブーシャン・ヴィカース、ヴェーダント・ムチャーンディー、カンナン・アルナーチャラム、スィッダールト・チャンダーなどが出演している。

 舞台はムンバイー。ある晩、独り暮らしの父親に会いに行った帰り、ディヴァーカル・マートゥル(マノージ・バージペーイー)は交通事故に遭って死亡する。妻のナンディニー(スミター・ターンベー)と一人息子のドルヴ(アーダルシュ・ゴウラヴ)が残された。ドルヴは全寮制学校に通う学生で、父親の死をきっかけにムンバイーに戻るが、母親が自宅を引き払っていることなどを不審に思う。

 ドルヴは、生前に父親がマネーロンダリングのスキャンダルに巻き込まれ金に苦しんでいたことを知る。ディヴァーカルは工場を運営していたが、友人でありビジネスパートナーでもあるロビン(クムド・ミシュラー)が関わっていた裏ビジネスが裏目に出て、所得税局に目を付けられ、工場が封鎖されてしまっていた。ドルヴは、会計士ジャヤント(シュブラジョーティ・バラート)や労働者ハサン(パワン・スィン)などに会いに行って真相を突き止めようとする。

 ドルヴは、親友アムリト(ヴェーダント・ムチャーンディー)から空の銃を借り、父親をひき逃げしたトラック運転手に会いに行って、誰に指示されたのか吐かせようとする。だが、ランガラージャン(カンナン・アルナーチャラム)に捕まり、家に送り届けられる。母親からは、父親が自殺したことを伝えられる。工場が封鎖され金欠状態にあったディヴァーカルは、保険金で借金を返すことにし、交通事故に見せかけて自殺したのだった。

 それを知ったドルヴは、3年前にケンカをして足を骨折させたディガント(スィッダールト・チャンダー)に会い、謝罪する。

 キャストの中ではマノージ・バージペーイーの名前にもっとも泊があるが、彼の演じるディヴァーカルは早々に死んでしまう。「Rukh」は、ディヴァーカルの息子ドルヴが父親の死を受け入れ、人生を前向きに生きようとするようになるまでの心の成長を描いた作品だ。よって、主役はドルヴ役のアーダルシュ・ゴウラヴになる。

 映画の中で長らくサスペンスとして引っ張られるのが、ディヴァーカルの死の真相である。彼の死を巡ってロビンが何やら怪しい動きをしており、もしかしたら彼がディヴァーカルを殺したのではないかという疑念が浮かぶ。実際、ドルヴはそう考えて行動を起こした。だが、最後に明かされるのは、ディヴァーカルが金銭的に窮地に陥り、保険金目当ての自殺をしたことだった。ディヴァーカルが金欠になったのはロビンがペーパーカンパニーを使って行っていたマネーロンダリングに巻き込まれたからで、確かにロビンが殺したといえなくもないのだが、決して彼が直接ディヴァーカルを暗殺したわけではなかった。

 ディヴァーカルの死の真相を嗅ぎ回るドルヴを尾行する怪しい黒塗りの自動車もあり、これもサスペンス性を強めた。これは、ディヴァーカルが借金をした相手であり、彼が自殺して保険金を手に入れようとしていたことも熟知していた。もし自殺であることが分かると保険金が下りなくなる可能性があったため、ドルヴを監視していたのだった。

 ディヴァーカルの死は実際には自殺であったことが分かるのだが、他殺ほどの大きな事件には発展せず、こぢんまりとまとまってしまって、その結末から映画としての面白味が大量放出されることはなかった。ただ、もうひとつ、ドルヴにサイドストーリーを用意していた。それは、彼がムンバイーの高校に通っていた頃に起こしたとある事件と関連していた。

 ドルヴは全寮制学校に通っており、両親とは同居していなかった。だが、3年前までは自宅から近所の高校に通っていた。彼は学校でディガントという生徒とケンカになり、彼の足を棒で殴って折ったのだった。彼は退学処分となり、仕方なく全寮制学校に送られた。このエピソードから、ドルヴは頭に血が上ると何をしでかすか分からない人物であることが分かる。普段は無口なのだが、その目の奥には常に怒りや不満が燃えさかっており、アーダルシュ・ゴウラヴがそれをうまく表現していた。

 だが、父親の死が自殺であったことを知ったドルヴは、急に世の中の見方を変える。それまで彼の目には世界は白と黒にはっきりと分けられていた。それ故に父親の死を他殺だと短絡的に考えていたのだった。だが、母親から父親の置かれた状況と彼の決断を聞き、世界には白と黒以外にも色があることを知る。彼は3年振りにディガントに会う。ディガントはドルヴに暴行されたおかげで足を引きずっていた。ドルヴは彼に面と向かって謝り、ディガントも彼を許す。父親の自殺は悲しい出来事であったが、ドルヴは人間的に成長し、物事をより俯瞰的に見られるようになっていた。そういうしんみりとした終わり方を選んだ映画であった。

 題名の「Rukh」には「顔」や「向き」など複数の意味がある。ヒンディー語のイディオムにこの単語を使った「風の向きが変わった」といったものがあり、エンディングで流れる曲「Khidki」の歌詞の一節にもこの単語が使われていた。それらから、ドルヴがこれから前向きに生きていこうとする姿を込めた題名であることが予想される。

 マノージ・バージペーイー、スミター・ターンベー、クムド・ミシュラーといったベテラン陣の演技が素晴らしかったのはもちろんのこと、若手の有望株アーダルシュ・ゴウラヴの反抗的な演技も光っていた。

 「Rukh」は、父親を交通事故で失った少年の視点から、その死の真相を突き止めようとするサスペンス映画として始まる。だが、一般的なサスペンス映画とは異なり、父親の死の裏に他殺などの大事件が隠されていたわけではない。よって、サスペンス映画としては拍子抜けだ。しかし、平行して多感な思春期の主人公が世の中何もかも一辺倒ではないことに気付き、大人に向かって一歩成長していく姿が描かれており、むしろ青春映画として捉えた方がこの映画の本質に近い。全然違う映画だが、何となく「Udaan」(2010年)を思い出した。見方によっては何も起こらない映画だが、見方によっては今後に希望がもてる映画である。