2016年10月26日にムンバイー映画祭でプレミア上映され、2017年3月17日に一般公開された「Trapped」は、ヒンディー語映画では珍しいサバイバル系の映画である。過去には「Bheja Fry 2」があったが、コメディー映画だった。「Trapped」はシリアスなテイストのサバイバル映画である。
監督は「Udaan」(2010年)などのヴィクラマーディティヤ・モートワーニー。主演はラージクマール・ラーオで、他のキャストはギーターンジャリ・ターパーが少し出ているだけで、映画のほとんどはラージクマールの独壇場である。
舞台はムンバイー。シャウリヤ(ラージクマール・ラーオ)は、同じ職場で働くヌーリー(ギーターンジャリ・ターパー)をデートに誘うが、ヌーリーは2ヵ月後に結婚すると言う。それでも二人はデートを重ねる。シャウリヤはヌーリーに結婚を申し込むが、ヌーリーは住むところがないと言う。シャウリヤは友人たちと狭い部屋に集住していた。そこで彼は急いで家を探す。なかなか予算内でいい物件は見つからなかったが、建設工事が止まった高層マンションの高層階の一室を借りることができ、そこでまずは一人で一泊する。 翌朝、部屋の扉の錠が壊れてしまい、シャウリヤは閉じ込められてしまう。そのマンションには他に誰も住んでいなかった。携帯電話のバッテリーも切れてしまい、電気や水も止まっていた。マンションの入口には守衛がいたが、始終ラジオを聞いてばかりで役に立たなかった。シャウリヤはムンバイーという大都会の中で、水も電気もないサバイバル生活を強いられることになる。 シャウリヤは必死に助けを求めて叫んだり、救援メッセージを書いた段ボールの切れ端を放り投げてみたりするが、誰も気付いてくれなかった。雨水を集めて水を手に入れ、ベランダに飛来する鳩をパチンコで仕留めて食料にしたりして飢えと渇きを凌いだ。最後にはベランダの鉄格子を壊して外に出て、脱出に成功した。 既にヌーリーは結婚していた。しばらくしてシャウリヤは、閉じ込められていた部屋に戻ってくる。
建設中のマンション等の一室に格安で住むというのは、日本では発想すらできないことだが、ヒンディー語映画で時々描かれるシチュエーションである。もちろん、工事業者や関係者が小遣い稼ぎのため、短期間の居住スペースが欲しい人に一時的に貸しているのだろう。家賃の高いムンバイーでは横行していることなのかもしれない。
もし多くの住人が住んでいるマンションだったら、部屋に閉じ込められたとしても声を出したり音を鳴らしたりしてすぐに助けを呼ぶことができただろう。携帯電話という文明の利器がある現代では、外部に連絡を取ることも容易だ。だが、「Trapped」の主人公シャウリヤはいくつかの不運が重なり、誰からの救援も期待できない状況で部屋に閉じ込められてしまった。最初から部屋に置いてあった最低限の家具や雑多な道具のみでサバイバル生活を送りつつ脱出も図らなくてはならなくなる。
至急必要だったのは水だ。水道からは水が出ず、ボトルウォーターはすぐに底を突いた。絶望的な状況だったが、運良く大雨が降ったため、部屋の中にあるものを駆使して水を集め貯めておくことができた。
水の次は食料である。最初からあったのはビスケット1パックのみで、すぐに空腹に悩まされるようになる。シャウリヤは菜食主義者だったが、ベランダにやって来る鳩をパチンコで仕留め、焼いて食べた。命が危険にさらされている状況で菜食主義にこだわることはできなかった。
シャウリヤはネズミ嫌いのようで、部屋にネズミが出たことで大暴れする。だが、ネズミの捕獲に成功し、いつしか彼の話し相手になる。外からは都会の喧噪が聞こえてくるが、彼と会話を交わすことのできる人間はいなかった。たとえネズミであっても、生き物がそばにいるという状況は彼の精神安定に役立ったのである。
シャウリヤは知恵を絞って外界に救援要請を試みるが、それらはどれもうまくいかない。ベランダから地上に向かって叫んだり音を出したりしてみるが、誰の耳にも届かない。段ボールの切れ端に「Help」などと書いて放り投げるが、それを見て助けに来てくれる人はいなかった。一応、反応してくれた女性がいたが、シャウリヤが閉じ込められた部屋まで辿り着かなかった。ベランダの鉄格子に布の切れ端で「Help」という形を作って燃やしてみたりもしたが、それもダメだった。
貯めていた水がなくなりそうになると、シャウリヤは決意をして、ベランダの鉄格子を破壊し、ベランダの外に出て、鉄格子をつたって下の階に下りていく。ヒヤヒヤするシーンだが、何とか彼は脱出に成功した。
だが、何日間も外界から遮断されてサバイバル生活を送っていたシャウリヤを待っていた外界の現実は残酷なものだった。シャウリヤとの連絡が途絶えたヌーリーは予定通り許嫁と結婚してしまっていた。映画の最後、自分が閉じ込められていた部屋に戻ったシャウリヤは、懐かしそうにベランダから外を覗く。もしかしたら雑事から逃れ、生きることに全精神を集中していた幽閉生活を懐かしんでいたのかもしれない。何の台詞もなかったため、シャウリヤの心情は観客の想像に委ねられる。
カメラは、大都会の中でサバイバル生活を送ることになってしまったラージクマール・ラーオ一人をジッと映し出す。台詞は最低限しかなく、彼の表情や動きのみで心を読み取ることになる。難しい役に好んで挑戦するラージクマールにとってやり甲斐のある映画だったといえる。ギーターンジャリ・ターパーもいい女優だが、今回はほとんど出番がなかった。
「Trapped」は、大都会の高層マンションで外界から切り離され、水も電気もない中でサバイバル生活をすることになった主人公をひたすら追い続けるユニークなサバイバル映画である。十分に起こり得る災いであり、また、主人公の反応や行動もリアルだった。映画の面白さを十二分に発揮した佳作である。