Pizza (Tamil)

4.0
「Pizza」

 2012年10月19日公開のタミル語映画「Pizza」は、奇才カールティク・スッバラージ監督のデビュー作であり、タミル・ニューウェーブの代表作と評されている傑作ホラー映画である。日本では「ピザ 死霊館へのデリバリー」という邦題で上映され、Space BoxからDVDも発売されている。2024年10月21日にDVDで鑑賞し、このレビューを書いている。

 スッバラージ監督は、後に「Jigarthanda DoubleX」(2023年/邦題:ジガルタンダ・ダブルX)などの名作を連発することになったが、既にこのデビュー作でもその才能を遺憾なく発揮している。主演はヴィジャイ・セートゥパティ。彼も後にタミル語映画界の重鎮に成長することになるが、この「Pizza」は彼の出世作の一本になった。

 他には、ラミヤー・ナンビーサン、アードゥカラム・ナレーン、カルナーカラン、ボビー・スィンハー、プージャー・ラーマチャンドラン、ヴィーラー・サンターナムなどが出演している。

 マイケル・カールティケーヤン(ヴィジャイ・セートゥパティ)は、同じ孤児院で育ったアヌ(ラミヤー・ナンビーサン)と同棲をし、ピザのデリバリーボーイをして生計を立てていた。アヌはホラー映画やホラー小説が大好きで、自身もホラー小説家になることを夢見ていた。ある日、アヌは妊娠し、二人は結婚する。

 ところで、マイケルが勤めるピザ屋のオーナー、シャンムガム(アードゥカラム・ナレーン)は悩みを抱えていた。彼女の娘プリヤーが幽霊に取り憑かれていたのである。所用でオーナー宅を訪れたマイケルは、プリヤーが霊媒師(ヴィーラー・サンターナム)の前で自分を「ニティヤー」と名乗るのを目の当たりにする。

 その後、マイケルはデリバリーの後にピザ屋で血まみれになって発見される。シャンムガムから聞かれたマイケルは何が起こったか話し出す。

 マイケルはピザのデリバリーのためにとある邸宅を訪れた。そこに住むスミター(プージャー・ラーマチャンドラン)に招き入れられたが、停電になり、気付くとスミターが殺されていた。しかも、ドアや窓が開かず、マイケルは閉じ込められてしまった。夫のボビー(ボビー・スィンハー)が帰ってきたので、マイケルは助けを求めるが、いつの間にかボビーも死体になっていた。さらにマイケルは、ニティヤーと名乗る少女の亡霊も目にする。警察が入ってきたことでマイケルは脱出に成功し、ピザ屋に逃げ込んだのだった。

 それ以来、アヌは行方不明になり、マイケルは怯えて暮らすようになった。シャンムガムや同僚はアヌを探し出そうとするが一向に見つからない。やがて、アヌはマイケルが作り出した幻想だったのではないかと考え出す。

 ところが、全てはマイケルとアヌが仕組んだことだった。マイケルはデリバリーのときに、シャンムガムから荷物を渡され、デリバリー後に自宅に届けるように頼まれた。その中には大量のダイヤモンドが隠してあった。所得税局のガサ入れがあるとの情報を掴んだシャンムガムは、裏金で買ったダイヤモンドを安全な場所に移動させようとしていたのだ。だが、マイケルとアヌはそれを見つけ出し、持ち逃げしようと画策する。マイケルは、シャンムガムの娘が幽霊に取り憑かれニティヤーを名乗っていたことを思い出し、それを使って作り話を吹聴したのだった。アヌはケーララ州コーチにおり、海外に高飛びする準備を整えていた。

 マイケルはデリバリーをするが、その先でニティヤーという少女がいる家を訪れることになる。そこで彼は自分が作り出した話に似た体験をする。

 幽霊を巡るホラー映画には大きく分けて、幽霊が本当に登場する話と、幽霊だと思われたが実はそれは幽霊ではなかったという話の2種類がある。「Pizza」は、大まかにいえば、後者のタイプのホラー映画になる。

 映画の大部分は、ピザのデリバリーボーイを生業とする主人公マイケルが、デリバリー先の邸宅で遭遇した怪奇現象で占められている。それらは映像で表現され、なかなか怖いのだが、いまいち整合性が取れていない。なぜそうなっているのか、よく分からないのである。もしこれだけだったら生煮えのホラー映画という評価で終わっていた。

 だが、この映画が真価を発揮するのは終盤である。アヌの実在が疑われ出した後、急にマイケルは携帯電話のSIMカードを交換し電話をする。電話に出たのはアヌ張本人であった。ここから種明かしのフェーズに入る。

 実は、邸宅で幽霊に遭遇したというのは真っ赤な嘘であった。彼がアヌと共謀して作り話をでっち上げた理由は、ピザ屋のオーナーから預かったダイヤモンドにあった。価値にして2千万ルピーほど。妊娠が分かり、結婚したばかりの二人にとって、喉から手が出るほど欲しいお金だった。それを持ち逃げするためには、パスポートやヴィザを用意する時間が必要だった。その猶予を生み出すため、ホラー小説作家志望のアヌの知恵を借りて幽霊屋敷のホラ話を作り出し、オーナーを怖がらせて動きを鈍くしたのだった。

 そのどんでん返しが小気味よい、いかにも映画らしい作品であり、監督のみならず脚本も書いたカールティク・スッバラージのセンスが光る。もしこの詐欺の部分を強調したいならば、この映画が分類されるべき真のジャンルは「コン映画」になる。だが、ネタバレになってしまうので、そうするのは不適切であろう。

 ただ、「Pizza」はマイケルとアヌがまんまとダイヤモンドを持ち逃げして「めでたしめでたし」となる場面も敢えて見せない。むしろ、不吉な余韻を残して終わっている。マイケルがデリバリーのために訪れた家で、ニティヤーという少女に出会ってしまうのである。オーナーの娘は幽霊に取り憑かれ、ニティヤーを名乗っていた。もしかしたらマイケルは本当に幽霊屋敷に足を踏み入れてしまったのかもしれない。そんな含みを持たせながら映画は終幕を迎える。この終わり方の思い切りがよくて好感が持てる。

 撮影時、ヴィジャイ・セートゥパティは30歳少々だったはずだ。今でこそデップリとした外観であるが、このときにはまだ痩せており、とても同一人物とは思えないほどだ。脚本重視の映画ではあるが、俳優の演技力にも依存するタイプの映画であり、ヴィジャイは文句ない演技でその任務をこなしていた。ヒロインのアヌを演じたラミヤー・ナンビーサンも好演していたといえる。

 カールティク・スッバラージ監督はラジニーカーントの大ファンとしても知られ、映画中にはラジニーカーントに関連するモチーフがいくつか使われていた。

 「Pizza」は、タミル語ホラー映画の傑作に数えられる作品であり、カールティク・スッバラージ監督やヴィジャイ・セートゥパティの出世作としても重要な一本である。いくつかの言語でリメイクもされており、ヒンディー語では2014年に同名タイトルで作られた。ただ、オリジナルの方があらゆる意味で上であり、どちらかを観るのならばこのタミル語版「Pizza」を観ることを勧める。