象はインドを代表する動物である。紀元前4世紀にアレクサンドロス大王がインドに攻め入ったとき、象兵を見て腰を抜かしたという逸話は有名だ。ヒンドゥー教では象頭の神様ガネーシャの姿で信仰もされている。象そのものが聖なる動物であるが、その中でも白い象は特に神聖視され、神話や伝承の中に登場することがある。インドラ神の乗り物はアイラーヴァタという白象であるし、ブッダの前世の物語「ジャータカ」をはじめ、インド各地に伝わる民話にも白い象が登場する。
2009年11月5日にムンバイー映画祭でプレミア上映された「The White Elephant」は、その題名の通り、幸運をもたらす白い象を巡るお伽話的な映画である。何らかの民話をベースにしているかもしれないが、特にクレジットでは表示されていなかった。インドの中でも特に象が生活に溶け込んでいるケーララ州を舞台にした物語だが、言語はヒンディー語だ。監督は新人のアイジャーズ・カーンである。劇場一般公開はされていない。
キャストは、プラシャーント・ナーラーヤナン、タニシュター・チャタルジー、ニーナー・グプター、ピーユーシュ・ミシュラーなど。
YouTubeでアイジャーズ・カーン監督自身が映画本編を配信しており、2022年11月26日にそれを鑑賞した。映像は粗いが英語字幕付きである。
舞台はケーララ州プラータナクラム村。この村には幸運を呼ぶ白い象ナータンがおり、1年交代で村人たちがナータンの世話をしていた。誰の家に行くかはナータンが決めていた。今年、ナータンが選んだのは、飲んだくれのシャブリー(プラシャーント・ナーラーヤナン)だった。 ナータンが家に来たことで、長女ヴィーナーと長男ヴィシュヌは大喜びする。だが、妻のスィーターは顔を曇らす。なぜならシャブリーの家は貧しく、ナータンはおろか、家族が食べる食べ物すら満足に用意できなかったからである。だが、シャブリーはナータンが家に来たことで酒屋に通うのを止め、ナータンの世話を一生懸命し出す。 悪徳僧侶のバーブー(ピーユーシュ・ミシュラー)は何としてでもナータンを手に入れようとしていた。バーブーはシャブリーの亡き父親に金を貸したことがあり、利子は毎年支払われていたものの、元本はそのままだった。バーブーは大部分の借金の帳消しをシャブリーに提示し、ナータンを譲るように求めるが、ナータンと心を通わすようになっていたシャブリーはそれを断る。そこでバーブーは呪術によってナータンを手に入れようとする。 金に困窮したシャブリーは、村人たちに黙ってナータンを働かせて賃金を得ることにする。シャブリーはアンビカー(ニーナー・グプター)のキャンプにナータンを連れて行き、丸太の運搬の仕事をする。アンビカーは、ナータンが働きに来てから、なかなか帰って来なかった息子アップーが帰って来たこともあり、ナータンの幸運を呼び込む力を信じるようになる。アンビカーはシャブリーになるべく長く留まるように勧めるが、シャブリーは仕事を辞して帰ろうとする。そこでアンビカーはナータンを別の象と入れ替える。 シャブリーが村に帰ると、バーブーが唱えた危険な「マハーモーハチャッタン」のマントラが効力を発揮し、シャブリーを前後不覚の状態にする。シャブリーは自ら進んでナータンをバーブーに差し出す。ところがそれはアンビカーによってすり替えられた別の象だった。 ナータンがアンビカーのキャンプにいることを知った村人たちは、ナータンを返してもらうため、アンビカーを訪れる。アンビカーは、ナータンが望むなら返すと言うが、村人たちが案内された先には、ナータンそっくりの象がたくさんおり、どれがナータンか分からなくなる。そこへやって来たシャブリーは踊りを踊る。昔、ナータンの前でシャブリーがその踊りを踊るとナータンは興奮して鳴いたのである。このときも一頭だけ興奮して鳴いた象がおり、それがナータンだと分かる。喜び勇んだ村人たちはナータンを村に連れ帰る。 やがて1年が過ぎ、次の世話人を決める日がやって来た。一度は不倫を疑われて村を追放された女性教師ダーミニーが選ばれる。ダーミニーは恋人モーハンと結婚したばかりで、幸先のいいスタートとなった。
まず、本物の象を使って撮影しているところに大きな特徴がある。しかもかなり穏やかな性格の象と見えて、きちんと演技もしていた。実はインドでは動物愛護の観点から映画の撮影に象を使用するのが難しく、ヒンディー語映画で象が使われる際は、CG、もしくはタイなど別の国で撮影された映像ということが大半である。だが、「The White Elephant」はどう見てもインドで本物の象を使って撮影されている。本物の象を使ったことでリアルさはもちろん出るし、動物映画特有の愛らしさも出ていた。幸運を呼ぶ白象ナータンは人々から愛されて止まないが、映画を観ている内に観客もナータンに心を奪われていく。
ストーリーは子供でも分かるような単純なものだ。善玉と悪玉がはっきり分かれており、最後は分かりやすいハッピーエンドだ。ナータンに本当に幸運を呼ぶ力が備わっているのかは分からない。劇中では、ナータンのおかげで、質に入れた先祖代々伝わる剣が返って来るという奇跡が起きていたが、後にそれは女性教師ダーミニーが買い戻したものだということが発覚する。だが、ナータンが家に来たことで彼は責任感に目覚め、シャブリーは酒を止め、家族思いの真っ当な父親になった。シャブリーが周囲にいい影響をもたらしていることは確かだ。
監督の真面目な人柄の表れなのか、映画はとても質実剛健だ。もっと子供にフォーカスして、ナータンと子供の無邪気な交流に時間を割いていたら明るいキッズ映画になっていただろうが、あくまで主人公は飲んだくれのシャブリーであり、シャブリーとの1年間を通して彼が真っ当な人間になっていく様子を追っている。
キャストに大スターはいないが、渋い俳優が出演している。主役シャブリーを演じたプラシャーント・ナーラーヤナンは「Waisa Bhi Hota Hai Part II」(2003年)などに出演していた男優だ。その妻スィーター役を演じるタニシュター・チャタルジーも演技派女優として知られる。そして悪役バーブーを演じるのがピーユーシュ・ミシュラー。彼のこねくり回すような独特の台詞回しはつい真似したくなる。
「The White Elephant」は、ケーララ州を舞台に、幸運を呼ぶ白い象を巡って村の中で起こる騒動と、それによって主人公が成長していく姿を追った童話的映画である。本物の象を使って撮影している点が何よりアピールポイントだ。観て損はない。