近年のマルチプレックス(複合スクリーン型映画館)の流行は、映画そのものにも影響を与えており、マルチプレックスで好んで映画を観る層、つまり教養があり、英語を話し、欧米文化の影響を受け、経済力を持った都市上位中産階級を主なターゲットに据えたマルチプレックス映画がたくさん作られるようになった。そのおかげでインド映画は非常にバラエティーに富んだ作品を生み出すようになっており、かつてのような娯楽映画か芸術映画かと言った極端な二極分離状態が解消されつつある。そのことについては「これでインディア」でも度々触れて来た。2009年7月10日公開の「Sankat City」も、完全にマルチプレックス層をターゲットにした良質の娯楽映画である。登場人物が複雑に絡み合っているため、あらすじは煩雑になってしまっているが、映画そのものは分かりやすくできている。監督は本作品がデビュー作のパンカジ・アードヴァーニーである。ちなみに、副題の「Sabka Band Bajega!!!(みんなのバンドが鳴るだろう)」は、「みんな大変なトラブルに巻き込まれるだろう」という意味。
監督:パンカジ・アードヴァーニー(新人)
制作:モーゼルベア・エンターテイメント、ア・セブン・エンターテイメント
音楽:ランジート・バーロート
歌詞:パンチー・ジャーローンヴィー、メヘブーブ
振付:ブーペーンドラ・サーヤン、アーディル・シェーク
衣装:ジェリー・デスーザ
出演:ケー・ケー・メーナン、リーミー・セーン、アヌパム・ケール、チャンキー・パーンデーイ、マノージ・パーワー、ディリープ・プラバーウォーカー、ヤシュパール・シャルマー、ヘーマント・パーンデーイ、サンジャイ・ミシュラー、ラーフル・デーヴ、ヴィーレーンドラ・スィン、シュリーヴァッラブ・ヴャース、グルパール・スィン、クルシュ・デーブー、ジャハーンギール・カーン、スニーター・ラジワール
備考:DTスター・サーケートで鑑賞。
ムンバイー。自動車泥棒のグル(ケー・ケー・メーナン)は、盗んだ自動車を、オンボロガレージを持つガンパト(ディリープ・プラバーウォーカー)に一新させ、盗難自動車商人のシャラーファト(シュリーヴァッラブ・ヴャース)に卸して金を稼いでいた。ある日グルは、売春宿の前に止まっていたメルセデス・ベンツを盗み、ガレージへ持って行く。トランクを開けると、そこには1千万ルピーの大金が入ったスーツケースがあった。グルはスーツケースをガンパトに預け、メルセデス・ベンツをシャラーファトに売りに行く。
だが、実はそのメルセデス・ベンツは、マフィアのボス、ファウジダール(アヌパム・ケール)のモノであった。ファウジダールは、運転手のフィリップ・ファットゥー(ヘーマント・パーンデーイ)に、映画監督のゴーギー・ククレージャー(マノージ・パーワー)のところまで1千万ルピーを届けさせていた。ゴーギーは、パチースィヤー(ヤシュパール・シャルマー)から2千万ルピーで土地を買う約束をしており、そのためにファウジダールから1千万ルピーを借りたのだった。そのパチースィヤーはまたファウジダールから3千万ルピーを借金しており、やっと1千万ルピー返したところだった。残り2千万ルピーを作らなければならず、大事に守っていた土地をゴーギーに売り払ったのだった。だが、運転手のフィリップは、1千万ルピーを運んでいるとはつゆ知らず、途中で恋人グルバダン(スニーター・ラジワール)のところへ立ち寄り、その隙にグルに自動車を盗まれてしまったと言う訳である。
ファウジダールと親交のあった殺し屋スレーマン・スパーリー(ラーフル・デーヴ)は、シャラーファトからメルセデス・ベンツを買うことにした。グルが直接スレーマンに自動車を見せに行く。だが、スレーマンはそのメルセデス・ベンツがファウジダールのモノだと気付く。グルは捕まり、ファウジダールの前に突き出される。グルは1千万ルピーはガレージに置いて来たと話す。ファウジダールの部下ラブリー(ジャハーンギール・カーン)と共にグルはガレージへ行く。
一方、ガンパトは1千万ルピーを秘密の場所に隠していた。ラブリーがガレージに無理に押し入ろうとしたため、ガレージの中に置いてあったジープが倒れてしまい、ガンパトはその下敷きになって頭を打ち、記憶喪失になってしまう。そのせいでグルは3日以内に1千万ルピーをファウジダールに返さなければならなくなる。
とりあえずグルは宝石屋でも襲って金を作ろうとする。そこへ現れたのがモナ(リーミー・セーン)であった。モナは女詐欺師で、フィリップと共に詐欺をしては金を稼いでいた。成り行きからかつてグルと協力して美人局をしたこともあった。だが、報酬の分け前を巡ってグルは痛い目にも遭っていた。
モナが今回詐欺のターゲットに選んだのはパチースィヤーだった。なぜなら彼がもうすぐ2千万ルピーを手にすることを知っていたからである。しかし、そのためには誰かパートナーが必要だった。当初フィリップをパートナーにしようとしていたが、彼はファウジダールのメルセデス・ベンツと1千万ルピーをなくしたことから大目玉を食らっており、そのせいでグルバダンがリンチに遭ったりもしていたため、仕事をする気にはなれなかった。そこへ現れたのがグルであった。グルも彼女が2千万ルピーの仕事をすることを知り、報酬山分けを条件に協力することになる。
ファウジダールは別のところから1千万ルピーを調達し、ゴーギーに届ける。ゴーギーはその金と自前の1千万ルピーを合わせて、2千万ルピーをパチースィヤーに渡す。パチースィヤーはその2千万ルピーを持ってファウジダールのところへ向かう予定であったが、途中でモナのところへ寄ってしまう。モナはグルと協力して2千万ルピーを詐取し、逃亡する。一度モナは再びグルをだまし討ちにして報酬の大半をかっさらおうとするが、考え直し、グルのところへ戻って来る。だが、彼女が2千万ルピーを入れていたバッグは、いつの間にか別のバッグにすり替わっていた。そのバッグは、ハイダラーバードからムンバイーへやって来たシェーシヤーナー(チャンキー・パーンデーイ)のものだった。
少し時間が戻るが、ゴーギーは三文俳優スィカンダル・カーン(チャンキー・パーンデーイ)を主演にしてB級映画を撮っていた。だが、マルチプレックス時代の現代において彼の得意とするB級映画は全く流行らなかった。そこでもう監督業から足を洗おうと考えていた。パチースィヤーから土地を買ったのも、スタジオを建設するためであった。だが、最後の映画を何とか黒字に持って行くために、彼はスレーマン・スパーリーを使ってスィカンダル・カーンを撮影中に暗殺してメディアの注目を集めさせる。残りのシーンを撮影するため、スィカンダル・カーンにそっくりの俳優シェーシヤーナーをムンバイーに呼び寄せたのだった。シェーシヤーナーがホテルに向かう途中に乗ったバスには、偶然2千万ルピーを手にして移動中のモナも乗っていた。2人が持っていたのは全く同じバッグであった。バスの中でバッグは入れ違ってしまい、シェーシヤーナーが2千万ルピーを手にしてしまったのである。
シェーシヤーナーはバッグの中に2千万ルピーが入っているのに気付くと、事件に巻き込まれない内にその金を持って逃げ出すことにする。だが、グルとモナはシェーシヤーナーの後を追う。途中、二人はハルナーム・スィン(グルパール・スィン)の運転するタクシーに乗り込む。ハルナームは、生き別れになった弟を25年間探しており、毎週グルドワーラーに通っていた。ハルナームはその直前にシェーシヤーナーを乗せており、彼が向かった先まで二人を連れて行く。シェーシヤーナーは逃げ出そうとするが、ハルナームは彼が生き別れの弟であることに気付く。二人は再会を喜んで抱き合う。一方、2千万ルピーの入ったバッグは混乱の最中にゴミ収集車に運ばれてゴミ捨て場まで行ってしまう。グルとモナはゴミ捨て場を探し回り、やっとのことでバッグを見つけるが、その瞬間バッグはショベルカーに踏まれて破裂し、中身の2千万ルピーが飛び散ってしまう。何とかお金を拾い集めたが、その額は100万ルピーちょっとであった。
グルはそのお金を使ってルーレット・ギャンブルをし、それに見事に勝って1千万ルピーを手に入れる。そのお金を持ってファウジダールのところへ行くが、ファウジダールは既にグルとガンパトを殺すためにラブリーをガレージに差し向けていた。また、その場にはファウジダールが導師と信仰する宗教指導者マハーラージ(ヴィーレーンドラ・スィン)もいた。グルはファウジダールに、ラブリーを呼び戻すように頼むが、ファウジダールは意地悪をしてなかなかそれを承諾しなかった。そこでグルはマハーラージを人質に取る。それがファウジダールを怒らせ、グルは殺されそうになる。だが、そのときファウジダールはスレーマンのスナイパー銃の照準の中にあった。
スレーマンは、ファウジダールに恨みを持つ3人の男に雇われていた。1人目はフィリップ。グルバダンを侮辱されたため、何とかしてファウジダールを殺そうと考えていた。2人目はパチースィヤー。2千万ルピーをなくし、今度こそ命はなかったので、いっそのことファウジダールを殺そうと思い立ったのだった。3人目はゴーギー。彼はパチースィヤーから土地を買い、アシスタントのリンガム(サンジャイ・ミシュラー)に土地を見に行かせたが、その土地の半分には既にマハーラージが寺院を建てていた。ファウジダールに守られたマハーラージには何の手出しもできなかった。そこで彼もファウジダールを殺すことを考えたのだった。3人は結託してスレーマンを雇い、ファウジダールを暗殺させたのだった。スレーマンは金さえもらえれば肉親でも殺すほどの冷酷な暗殺者であった。
ファウジダールはスレーマンに殺される。殺されずに済んだグルはモナと共に急いでガレージに向かう。ガレージではラブリーが記憶喪失のガンパトを殺そうとしていた。だが、ガンパトは銃を奪ってあちこち暴発させていた。その過程で、彼が1千万ルピーを隠していた像が破壊され、その中から1千万ルピーが飛び出て来る。また、ラブリーは上から落ちて来た物体に当たって倒れてしまう。ガンパトも衝撃を受けるが、そのおかげで記憶を取り戻す。
1~2千万ルピーの大金が、多数の登場人物の間を行ったり来たりして彼らの人生をかき乱すというスリラー兼コメディー映画で、見終わった後に特に何が残るという訳でもないが、優れた脚本のおかげで映画らしい体験をすることができる映画に仕上がっている。これだけ複雑な筋の話を、観客の頭を混乱させずに展開させるストーリーテーリング技術は、誰でも真似できるものではない。脚本もパンカジ・アードヴァーニー監督が書いている。また一人有能な監督の登場を歓迎したい。
「Sankat City」はまず脚本の勝利であるが、もちろん俳優陣の名演がなければ形にはならなかった。コメディーと同時に渋い演技もできる俳優がズラリと並んでおり、映画を盛り上げていた。特にベテラン俳優アヌパム・ケールのマッドな演技を久し振りに見た気がする。主演のケー・ケー・メーナンも素晴らしかった。
もし本作品の俳優陣の中から一人だけピックアップするとしたらリーミー・セーンである。「Dhoom」(2004年)でブレイクしたものの、その後いまいち役に恵まれていなかった。だが、「Sankat City」では女詐欺師というかなり思い切った役に挑戦しており、しかも驚くほど板にはまっていた。彼女のキャリアにとってターニングポイントとなる作品になるだろう。
ストーリー中心で音楽は二の次であった。挿入歌なども極力抑えられている。上映時間も2時間ほどで、この点からもマルチプレックス映画だと言える。
登場人物の多くはムンバイーの裏社会に属する人間であるため、タポーリー・バーシャーまたはムンバイヤー・ヒンディーと呼ばれる独特な言語を話す。特にアヌパム・ケールの台詞回しが迫力あった。そのため、ヒンディー語の聴き取りは困難な部類に入る映画である。しかし、その難解な台詞回しにこそこの映画の醍醐味があると言えるだろう。
「Sankat City」は、マルチプレックス層をターゲットにした、脚本主体のいかにも映画らしい映画である。一般の娯楽映画を求める層には向かないが、いわゆる単館系映画を好む層にはオススメできる。