Aloo Chaat

2.5

 結婚はインド映画が伝統的にテーマとして来た題材である。21世紀に入り、マルチプレックス時代に入った今も、結婚はインド映画の主要テーマであり続けている。2009年3月20日公開の都市中産階級向け映画「Aloo Chaat」も、結婚を巡るドタバタコメディーになっている。

監督:ロビー・グレーワール
制作:アヌジ・サクセーナー、APパリギー、ゲリーS
音楽:RDB、ヴィピン・ミシュラー、ズルフィー、メヘフーズ・マールーフ
作詞:RDB、ヴィピン・ミシュラー、ズルフィー、メヘフーズ・マールーフ
振付:ポニー・ヴァルマー、アンディー
出演:アーフターブ・シヴダーサーニー、アームナー・シャリーフ、リンダ・アルセニオ、クルブーシャン・カルバンダー、マノージ・パーワー、サンジャイ・ミシュラー、ドリー・アフルワーリヤー、ミーナークシー・セーティー
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 米国在住のインド人ニキル(アーフターブ・シヴダーサーニー)は、久し振りに故郷デリーに戻って来たが、その途端に父親(クルブーシャン・カルバンダー)、母親(ミーナークシー・セーティー)、祖母(ドリー・アフルワーリヤー)らの主導により、お見合いが始まってしまった。だが、ニキルは頑として結婚を拒んでいた。父親は、親戚のアーユルヴェーダ医師ターラーチャンド(マノージ・パーワー)に頼んで、その理由を調べさせる。ニキルはターラーチャンドに、実は米国で付き合っている女性がおり、結婚も考えているのだが、彼女はイスラーム教徒であると打ち明ける。印パ分離独立の混乱の中、パーキスターンからインドへ逃れて来た経験を持つ父親は、イスラーム教徒を毛嫌いしていた。ターラーチャンドは、ニキルの結婚を父親に認めさせるために、一計を案じる。それは以下のようなものだった。まず、どこからか外国人女性を調達し、ニキルは彼女と結婚したがっているということにする。そして米国から彼女をインドに呼ぶが、そのとき同時に、彼女の友達として、ニキルのガールフレンドにも来てもらう。ニキルの家に二人は滞在し、数日間過ごす中で、外国人女性には両親が眉をひそめるような行動をわざとしてもらい、逆にニキルのガールフレンドには、両親が気に入るような行動をしてもらい、最後に真実を打ち明けて、ニキルと彼女の結婚を認めてもらう、というものであった。

 ニキルは父親に、米国人女性と付き合っていると打ち明ける。父親は一応米国人と結婚することを認めるが、彼女をインドに呼ぶように言う。そこでニキルとターラーチャンドは外国人女性を探し出す。その中で、ニッキー(リンダ・アルセニオ)というデリー在住の米国人女性を見つける。ニッキーはおしとやかでインド大好きの米国人であったが、2人は彼女に演技をしてもらって、両親が嫌がるような服装や言動をしてもらうことにする。そしてニキルのガールフレンド、アームナー(アームナー・シャリーフ)を米国から呼び寄せ、空港でニッキーと合流させる。ニキルの両親は、ニッキーとアームナーを一応歓迎する。

 ニキルの家には、チャダーミー(サンジャイ・ミシュラー)という伯父も住んでいたが、いろいろと面倒な人物であった。チャダーミーはニッキーに不審な点を見つけ、嗅ぎ回るが、ニキルやターラーチャンドは何とかチャダーミーを言いくるめてはごまかす。

 ニキルやターラーチャンドは、当初15日間かけて計画を実行しようとしていたが、ニキルとニッキーの結婚式が4日後に行われることになり、急ぐことにする。だが、父親が心臓発作で倒れたことで、さらに結婚式の日取りが前倒しされ、裁判所で結婚届が提出されることになってしまう。最後の手段として、ニキルとターラーチャンドは、ニッキーの母親をでっち上げて結婚式を中止させようとする。だが、急いで方々にニッキーの母親役を頼んだために、当日三人の白人女性がニッキーの母親として裁判所に現れてしまう。だが、実は父親はこのときまでにニキルとターラーチャンドの計画を察しており、ニキルとアームナーの結婚をさせていた。こうして2人は無事結婚できたのだった。

 ライトな乗りの家族向けコメディー映画。典型的インド映画のプロットながら、観客の感情に大きな起伏が発生しないように配慮して作られており、ハッピーエンドを好む都市中産階層をターゲットにした映画になっていた。登場人物は皆普通の感性を持った人間だが、唯一チャダーミーだけは怪しげな風貌をしており、映画のコメディー要素を1人で背負っていた。その他、いくつかの台詞回りがウィットに富んでおり、その点でも笑うことができた。

 インドの街角では軽食を売る屋台をよく見掛けるが、それらは「チャート」と総称される。「チャート」とは元々「舐める」という意味である。チャートには、パーニープーリー(ゴールガッパー)、ベール・プーリー、アールー・ティッキーなど様々な種類のものがあるが、映画の題名になっているアールー・チャートもそのひとつである。ジャガイモを細かく切ったものを油で揚げ、チャトニー(ソース)と共に食べる食べ物だ。アールー・チャートはインドのどこでも食べられるが、特にデリーのチャートが有名である。「Aloo Chaat」もデリーが舞台の映画であった。それだけでなく、主人公の住む家は、南デリーの住宅街ラージパトナガルに位置すると特定されていた。

 結婚の成就をエンディングとする映画として考えるなら単なる典型的ロマンス映画であるが、この映画を理解する上で重要な要素となっていたのは、印パ分離独立のトラウマと、ヒンドゥー・ムスリムの対立である。主人公ニキルはヒンドゥー教徒で、ガールフレンドのアームナーはイスラーム教徒であった。また、ニキルの父親は印パ分離独立時に、パーキスターン領となったパンジャーブ地方西部からインドに逃げて来ており、イスラーム教徒を毛嫌いしていた。ニキルはガールフレンドと結婚するため、イスラーム教徒に対する父親の先入観を解消しようと努力するのであった。それがそもそもの映画のスタート地点だった。ただ、あまりにライトな描かれ方をしていたため、この部分ははっきりと観客に提示されていなかった。

 もし本物のマサーラー映画であったら、噛ませ犬として連れて来た米国人女性ニッキーが、ニキルに本当に恋してしまうとか、人間関係をさらに複雑化する努力が払われたであろうが、「Aloo Chaat」はそこまでマサーラーの効いた映画にはなっておらず、ニッキーはあくまで純粋にニキルとアームナーの結婚を応援していた。インド映画に慣れてしまうと、こういう点で薄味だと感じてしまう。

 アーフターブ・シヴダーサーニーは可もなく不可もなくの演技。一方、クルブーシャン・カルバンダー、マノージ・パーワー、サンジャイ・ミシュラーなどは脇役ながら優れた演技を見せていた。

 ヒロインのアームナー・シャリーフは元テレビドラマ女優。「Aloo Chaat」は彼女の銀幕デビュー作となる。だが、そこまで出番がなかった上に、テレビドラマ臭が抜けておらず、演技に自然さがなかった。どちらかというとリンダ・アルセニオの方が自然な演技ができていた。彼女は米国人で、タミル語やテルグ語の映画に出演している他、「Mumbai Salsa」(2007年)というヒンディー語映画への出演経験もある。

 パンジャービーの一家が主な登場人物であったため、パンジャービー語混じりの台詞が多かったが、基本的にはヒンディー語映画であった。

 「Aloo Chaat」は、最近のヒンディー語映画で増えて来た、薄味の都会派映画である。無難にまとまっており、楽しむことはできるが、インド映画が本来持つエネルギーは全く感じられない。無理して観る必要はないだろう。