今日はPVRアヌパム4で、2006年9月15日公開の新作ヒンディー語映画「Bas Ek Pal」を観た。「Bas Ek Pal」とは、「一瞬だけでも」のような意味。監督は「My Brother… Nikhil」(2005年)のオニル、音楽は、プリータム、ミトゥン、ヴィヴェーク・フィリップらの共作。キャストは、ジューヒー・チャーウラー、ウルミラー・マートーンドカル、ジミー・シェールギル、サンジャイ・スーリー、リハーン・エンジニア、ヤシュパール・シャルマーなど。
久し振りにボストンからムンバイーに帰って来たニキル(サンジャイ・スーリー)は、親友のラーフル(ジミー・シェールギル)と再会する。ラーフルはニキルに友人のスティーヴ(リハーン・エンジニア)を紹介する。スティーヴは既婚であったが、妻とうまくいっていなかった。また、ニキルはクラブでアナーミカー(ウルミラー・マートーンドカル)という女の子と出会い、一目惚れする。だが、アナーミカーのちょっとした悪戯心から、アナーミカーの男友達とニキルの間にいさかいが起きてしまい、乱闘の最中にニキルは誤ってラーフルを銃で撃ってしまう。このときの怪我が原因で、ラーフルは半身不随となってしまう。 一方、ニキルは逮捕され、刑務所に入れられてしまう。ラーフルの証言が得られれば事故であることが立証できたかもしれなかったが、ラーフルは裁判所に出頭することを拒否していた。おかげでラーフルは刑務所で3年を過ごさなければならなかった。ラーフルは、アナーミカーのことを考えつつ苦しい日々を耐えた。 ある日、刑務所で服役中のニキルをイラーという女性(ジューヒー・チャーウラー)が訪ねる。彼女はNGOの一員だと名乗る。イラーのおかげでニキルは保釈されることができた。ニキルは早速ラーフルを訪ねる。だが、ニキルはラーフルが半身不随になっていることを知らず、車椅子に座る彼の姿を見て驚く。ラーフルもニキルを許しておらず、彼を拒絶した。また、ニキルは偶然アナーミカーと再会する。実は、アナーミカーはラーフルと婚約していた。それを知ったニキルは、ラーフルともう一度会い、対決姿勢を鮮明にする。ニキルはストーカーとなってアナーミカーに付きまとうにようになる。 だが、ニキルはイラーから衝撃の事実を聞く。実はイラーはスティーヴの妻だった。そして、ラーフルを撃ったのは、ニキルではなくスティーヴであった。銃はニキルが握っていたのだが、トリガーを引いたのはスティーヴであった。なぜなら、当時イラーはラーフルと不倫関係にあり、それを知ったスティーヴはラーフルへの復讐の機会を狙っていたのだった。あるとき酔っ払ったスティーヴから全てを聞いたイラーは、ニキルを刑務所から助け出そうとしたのだった。イラーはなかなか決心がつかなかったが、遂にスティーヴと離婚することを決めた。 一方、ラーフルは探偵を雇ってニキルの行動を偵察させていた。ニキルがイラーと出会っていることを知ったラーフルは、二人が写った写真をスティーヴに見せる。 真実を知ったニキルはラーフルを訪ね、彼を撃ったのはスティーヴであることを明かす。ラーフルもそれを知って衝撃を受け、ニキルに今までのことを謝り、仲直りする。 だが、全ては破滅の方向へ向かっていた。家を出ようとするイラーを見て、スティーヴは彼女がニキルと共に逃げるのだと勘違いし、彼女を殴りつける。イラーも反撃し、逃げ出してニキルのところへ助けを求めに行く。だが、スティーヴは後を追ってきて、ニキルとイラーを銃で撃ち、しかも自殺してしまう。そこへアナーミカーとラーフルは駆けつけるが、イラーとスティーヴは既に事切れており、ニキルもアナーミカーの腕の中で息絶える。
ただひたすら暗く悲しい気分にさせられる映画。刑務所という人生のどん詰まり、半身不随という夢の行き止まりから始まり、家庭内暴力、不倫、ストーカー、男→男のレイプなどのネガティヴな事件が続き、それに欺瞞や嫉妬などのドロドロとした感情のせめぎ合いが加わる。そして最後には、主要登場人物5人の内、3人が死んでしまうという悲しい結末が待っている。暗く悲しい気分にならずにはいられない。さらに、ジューヒー・チャーウラーとウルミラー・マートーンドカルという一時代を築き上げた女優たちの劣化した演技を見せられるので、さらに気が滅入ってしまう。
完全に脚本の失敗であろう。単純に見えた五人の関係が実はこれ以上にないくらいこんがらがっており、それが最後に不幸を招いてしまう、というのが脚本の核であるが、観客をあっと驚かせるどんでん返しというわけでもなく、尻すぼみで終わってしまっていた。ニキルとアナーミカーの関係も重要な部分であり、題名の「Bas Ek Pal」もこの二人の関係に最も関係していたが、ニキルとアナーミカーの濡れ場はかなりドライな形で不発に終わってしまい、それでは結局何だっただ、ということになってしまっていた。
この映画の唯一の美点は、パーキスターン人シンガー、アーティフ・アスラムが歌う、美しい歌詞とメロディーの歌「Tere Bin」である。アーティフ・アスラムは、パーキスターンの人気バンドJALのメンバーだったのだが、メンバーとのいさかいによりソロデビューしたという経歴を持っている。彼は「Aksar」(2005年)の「Woh Lamhe」や「Kalyug」(2005年)の「Aadat」を歌っており、インドでも絶大な人気を誇っている。「Tere Bin」は彼の最新曲ということになるが、今回も期待を裏切らなかった。彼の声には何か、聴く者の脳みそを包み込む不思議な抱擁力がある。「Tere Bin」は映画中2回使われており、特にエンディングで印象的な光景と共に流されていた。この「Tere Bin」のおかげで現在「Bas Ek Pal」のサントラCDは大ヒット中である。
一体ウルミラー・マートーンドカルはどうなってしまったか?まず、突然色黒になっていたことに驚いた。元々色白な方ではなかったが、今回はかなり黒さが際立っていた。しかも、そのオーバーアクティング振りはムカムカするぐらいだった。「Bhoot」(2003年)の頃から彼女は精神的に異常をきたしたような演技を得意とする女優になったが、「Bas Ek Pal」では、そういう精神錯乱状態の演技を必要とされていないにも関わらず、大袈裟な演技を繰り返していた。
そしてジューヒー・チャーウラーも本当にあのジューヒー・チャーウラーなのか?1990年代のヒンディー語映画界の中心的存在だったジューヒーは、1998年に結婚して以来、寡作になったが、それでも最近になって毎年1、2本は映画に出演するようになった。「3 Deewarein」(2003年)の彼女などはけっこうよかったと記憶している。だが、この「Bas Ek Pal」での演技は何なんだろう?ウルミラーとは逆で、全く気合が入っていなかった。拍子抜けの演技、魂のこもっていないセリフ、まるで嫌々映画に出演しているようだった。
この映画の最大の立役者はジミー・シェールギルだと思う。ヒンディー語映画界のメインストリームではなかなか一流になれていない彼だが、シリアスな方面の映画にもちょくちょく出演して演技力を磨き、着実にキャリアを築き上げている。「Bas Ek Pal」での彼の落ち着いた演技はその賜物であろう。
サンジャイ・スーリーもジミー・シェールギルと同じような位置にいる男優と言っていい。メインストリームの波には乗れず、娯楽映画とはちょっと違ったジャンルの映画にコンスタントに出演している。彼の演技も悪くなかった。だが、アナーミカーのストーカーと化したときの彼の演技には迫真性が欠けていた。
映画のポスターやキャストだけを見ると、どこかオシャレな大人のロマンス映画みたいな印象を受けるが、実際は観客の心を必要以上に暗くさせる映画であり、注意が必要である。アーティフ・アスラムの「Tere Bin」だけがオススメだ。