Chokher Bali (Bengali)

3.0
Chokher Bali
「Chokher Bali」

 今日(2004年2月20日)から首都圏の高級映画館で、ベンガリー語映画「Chokher Bali」が上映され始めた。ラビンドラナート・タゴールの同名小説が原作の映画で、各国際映画祭に出品されている典型的な社会派映画である。デリーでヒンディー語と英語の映画以外が一般公開されるのは珍しいのだが、逆に言えば、デリーで一般公開されるヒンディー語と英語以外の映画は、良作である可能性が非常に高い。しかもあのアイシュワリヤー・ラーイ主演であり、さらには、ガードの固いアイシュワリヤーが役作りのために限界まで肌を露出したとの報告もあり、是非とも見なければならない映画だった。公開初日からPVRアヌパム4へ駆けつけた。

 「Chokher Bali」の監督はリトゥパルナ・ゴーシュ。キャストはアイシュワリヤー・ラーイ、プロセンジト・チャタルジー、トーター・ラーイチャウダリー、ラーイマー・セーン、リリー・チャクラヴァルティー。アイシュワリヤー・ラーイ以外はベンガル人俳優である。言語はベンガリー語だが、英語字幕付きだった。

 1902年、ベンガル。カルカッタに住むマヘーンドラ(プロセンジト・チャタルジー)は、何不自由ない生活を送りながら医学を学んでいた。親友のビハーリー(トーター・ラーイチャウダリー)も医学を学んでいたが、二人の間には密かに競争心があった。マヘーンドラの母親のラージラクシュミー(リリー・チャクラヴァルティー)は友達の娘で、英語も話せる聡明なビノーディニー(アイシュワリヤー・ラーイ)と息子の見合いをしようとするが、マヘーンドラはビノーディニーの写真を見ただけで拒否した。ビハーリーも彼女との結婚を拒んだ。ビノーディニーは別の男と結婚をしたが、1年もしない内に彼女は未亡人になってしまった。

 マヘーンドラは最終的に純朴な田舎の娘アーシャーラター(ラーイマー・セーン)と結婚をする。一方、ラージラクシュミーは未亡人となったビノーディニーを自分の家に住まわせる。アーシャーラターとビノーディニーはすぐに仲良くなる。

 しかし、教育を受け、性の悦びを知ったビノーディニーは、インドの社会が未亡人に強要する抑圧された生き方が耐えられなかった。ビノーディニーは自身の才能と美貌でマヘーンドラとビハーリーを誘惑する。やがてマヘーンドラはビノーディニーと肉体関係を持つようになり、それを偶然知ったアーシャーラターは、突然家を出てバナーラスへ行ってしまう。ビノーディニーも責任をとらされ、ラージラクシュミーに家から追い出される。

 ビノーディニーはビハーリーの家を訪れ、彼に結婚を迫るが、拒絶される。彼女は自分の故郷に戻り、自殺するかバナーラスへ行くか思案を巡らすが、結局バナーラスへ行くことに決める。出発の直前、マヘーンドラが彼女の家を訪ねて来る。彼は全てを捨ててビノーディニーの元へやって来たのだった。しかしビノーディニーの決心は変わらず、彼女はマヘーンドラと共にバナーラスを訪れる。

 バナーラスのガンガー河畔で、ビノーディニーは人生のはかなさを目の当たりにする。同じくバナーラスに来ていたアーシャーラターが妊娠をしていることを知り、マヘーンドラにアーシャーラターとよりを戻すよう説得する。また、ビハーリーもマヘーンドラやビノーディニーを追ってバナーラスへ来ていた。彼は、ラージラクシュミーの死という悲しい知らせを運んできた。マヘーンドラはアーシャーラターと共にカルカッタへ戻る。

  ビノーディニーと再会したビハーリーは、彼女に結婚を申し込む。しかし、翌日彼女の家を訪れたビハーリーは、もぬけの殻となった部屋に置かれたアーシャーラターへの手紙を見つけただけだった。ビノーディニーはアーシャーラターに対し、生まれてくる子供に決して自分たちの世代が味わったような不幸を味わせてはいけないと忠告する。それから約42年後、ベンガルは別々の国として独立を果たす。

 タゴールの小説が元になっているということで期待して観に行ったのだが、映画としては超一流の出来とまではいかなかった。もちろん、ベンガリー語の映画であり、英語字幕を一生懸命追いながら鑑賞していたので、映画を十分に堪能できなかったことは確かだ。だから今回ばかりは歯切れよく映画を評価することができない。だが、全体に小説の堅苦しい語り口から抜け出していないという印象を受け、映画ならではの味が出ていなかったと思う。

 アイシュワリヤー・ラーイがベンガリー語を話すのか、と思っていたが、案の定吹き替えだった。しかし彼女の美貌と演技は素晴らしく、ベンガルの未亡人演じるアイシュワリヤーを見るだけでもこの映画は価値がある。当時のベンガル人女性はサーリーの下にブラウスを着ていなかったようで(今でもベンガルの田舎へ行けば、ブラウスを着てない女性を見ることができる)、時代考証を徹底させるために、普段は肌を露出させることが少ないアイシュワリヤーも、惜しげもなく右肩を露出させている。また、かなり大胆な着替えシーンもある(アイシュワリヤー本人が演じているかどうかは分からないが)。

 この映画のテーマは、インドの寡婦問題である。夫を亡くした女性は、サティー(焼身自殺)を強要されたり、一生白い衣服しか身に付けれなかったり、家族から「不吉な存在」として疎まれたりと、人間としての尊厳を全く失ってしまう。主人公のビノーディニーは、英語教育を受けた教養のある女性で、未亡人に対する抑圧をはねのけて、自由を求めて大胆な行動をする。一方、インドの伝統に従って教育を受けてこなかったアーシャーラターは、ただ夫に尽くすことしか知らず、最終的に夫のマヘーンドラにも親友のビノーディニーにも裏切られることになる。

 寡婦問題と平行して、映画中では高揚するインド独立運動の一端を垣間見ることができる。インドの未亡人の自由獲得と、インドの独立を平行して描写している。最後にビノーディニーに裏切られたビハーリーは、独立運動に身を捧げることになる。

 ちなみに、題名の「Chokher Bali」とは、ベンガリー語で「眼の中の砂」という意味で、主人公ビノーディニーのニックネームである。

 原作を読んだことはないが、おそらくこの映画は原作の一行一行に忠実に従って映画化された作品だと思う。セリフはいかにも小説的で難解。ストーリーの進め方も小説っぽい技巧的な展開。言語が理解できず、しかも字幕に追いつけないと、何が何だか分からなくなる。