21世紀の傑作ヒンディー語映画の一本に数えられる「Devdas」(2002年)は、2002年5月23日にカンヌ映画祭で上映され、同年7月12日に劇場一般公開された。サンジャイ・リーラー・バンサーリー監督の類い稀な美的センスもさることながら、やはりシャールク・カーン、アイシュワリヤー・ラーイ、マードゥリー・ディークシトと、当世を代表するスターが惜しげなく起用されていたこともその成功に多大な貢献をしたことは間違いない。だが、実は「Devdas」を越えるスターパワーを持った映画が同じ時期に公開されていた。2002年5月24日公開の「Hum Tumhare Hain Sanam(私はあなたのもの、愛しい人よ)」である。シャールク・カーン、サルマーン・カーン、マードゥリー・ディークシトが主演し、アイシュワリヤー・ラーイが特別出演という超豪華キャストのロマンス映画だ。
この映画が公開されたときはちょうど日本に一時帰国中で、インドに戻ったときには既に上映が終わっていたため、長らく見逃していた映画だった。興行的にはまずまずだったが、あまりに多くのスターを起用したために製作費を回収することができず、一般的には失敗作の烙印を押されている。また、撮影時にトラブルがあり、完成まで5年掛かったと言われている。2022年7月24日に鑑賞した。
監督はKSアディヤマーン。基本的にはヒンディー語映画の監督であり、この「Hum Tumhare Hain Sanam」は、自身が監督しヒットしたタミル語映画「Thotta Chinungi」(1995年)のリメイクである。音楽は、ナディーム・シュラヴァン、ダブー・マリク、ニキル・ヴィナイ、バリ・ブラフマバット、バッピー・ラーヒリー、サージド・ワージドが担当している。
シャールク・カーン、サルマーン・カーン、マードゥリー・ディークシト、アイシュワリヤー・ラーイの他には、アトゥル・アグニホートリー、スマン・ランガナータン、アーローク・ナート、アルナー・イーラーニー、ラクシュミーカーント・ベールデー、ヴィカース・アーナンドなどが出演している。
デーヴ・ナーラーヤン(アーローク・ナート)は、娘のラクシュミー(アルナー・イーラーニー)と彼女の二人の子供、ラーダー(マードゥリー・ディークシト)とプラシャーント(アトゥル・アグニホートリー)、そして亡き親友の二人の子供ゴーパール(シャールク・カーン)とニーター(スマン・ランガナータン)と共に住んでいた。だが、ラクシュミーの夫で飲んだくれのラームナートの治療費の支払いを拒否し、彼が死んだことで、ラクシュミーとの関係が悪化する。ラクシュミーはラーダーとプラシャーントを連れて出て行ってしまう。ラクシュミーは、孤児のスーラジ(サルマーン・カーン)を養子にし、三人の子供たちを育てた。 ラクシュミーが事故死したことでデーヴ・ナーラーヤンはラーダーとプラシャーントを家に迎え入れる。そしてゴーパールとラーダーを結婚させ、自身は巡礼の旅に出る。また、音楽の才能があったスーラジは歌手として身を立てる。ラーダーとスーラジは非常に近い関係だった。 ゴーパールはラーダーを愛するあまり、彼女を独占しようとする。ゴーパールはまず、プラシャーントを家から追い出す。次に彼はラーダーとスーラジの仲を疑うようになり、遂に彼女をも家から追い払ってしまう。そしてラーダーに離婚届を送り付ける。 スーラジは何とかゴーパールとラーダーを仲直りさせようとするが、自分自身が二人の不仲の原因だと知ると、責任を感じる。スーラジからそのことを聞いた、彼の恋人スマン(アイシュワリヤー・ラーイ)は、ゴーパールに直談判に行く。考え直したゴーパールは、睡眠薬自殺をしようとしていたラーダーを止め、二人でゴーパールのコンサートへ行く。そして仲直りする。
2002年に公開された映画だが、タミル語映画が原作、かつ、1990年代に製作が始まったこともあり、確かに1990年代の作りをしていた。基本的に屋内で物語が進み、ダンスシーンの数が多く、そしてひとつひとつが長い。ストーリーのアップダウンが激しく、最後は急転直下ハッピーエンドとなる。もし1990年代に首尾良く公開されていたら、もっと成功した映画になっていたかもしれない。
この映画の最大の見所は、何と言っても3カーンの二人、シャールク・カーンとサルマーン・カーンが共演していることだ。この二人がスクリーンを共にすることは何度かあるのだが、どちらかが特別出演扱いのことがほとんどだ。本来の意味での二人の共演は「Karan Arjun」(1995年)とこの「Hum Tumhare Hain Sanam」の2本になる。しかも、この二人がマードゥリー・ディークシトを巡って三角関係を形成するのである。ちなみに、「Hum Tumhare Hain Sanam」の元々のキャスティングは、サニー・デーオール、ジューヒー・チャーウラー、そしてアーミル・カーンだった。
サルマーン・カーンとアイシュワリヤー・ラーイがカップリングされていることも特筆すべきだ。この二人が付き合っていたことはインドの誰もが知る事実であるが、2002年に破局している。この映画の撮影時にはまだ二人は付き合っていたはずで、そのおかげで彼女の特別出演も実現したと思われる。二人の共演作「Hum Dil De Chuke Sanam」(1999年)では二人は結ばれなかったが、「Hum Tumhare Hain Sanam」では二人のゴールインが示唆された終わり方だった。
あまりにスターパワーが強力なので、どうしてもキャスティング中心に映画を紹介することになるが、それでも内容の薄さは隠せていない。撮影期間が長かったためか、途中で脚本が変わった可能性もある。例えば、アーローク・ナート演じるデーヴ・ナーラーヤンは、ゴーパールとラーダーを結婚させた後、巡礼の旅に出て、そのまま映画から消え去ってしまう。ゴーパールとラーダーの仲直りに彼が一役買うのかと思っていたが、忘れられた存在になっていた。ゴーパールとニーターがデーヴ・ナーラーヤンの実子ではない点もストーリーに全く活かされていなかった。非常に疑問の残る設定であった。
シャールク・カーンとサルマーン・カーンは、自分が得意とするキャラをそのまま演じたような感じだ。シャールク演じるゴーパールは感情的で、嫉妬深く、弱みをさらけ出すタイプの男性である。一方、サルマーン演じるスーラジは、人を疑うことを知らないような純粋な男性だ。スターがステレオタイプの持ちネタを披露するという使い方も1990年代のヒンディー語映画の特徴だ。
シャールクとサルマーンよりもマードゥリー・ディークシトの良さが目立つ映画だった。演技面でもダンス面でも彼女は魅力を振りまいており、素晴らしい女優だと改めて実感する。撮影時にはまだ駆け出しだったはずのアイシュワリヤー・ラーイも頑張っていた。特別出演ながら、盲目の女性という難しい役を演じ、ヒンディー語の長い台詞も淀みなくしゃべっていた。
スーラジが歌手ということもあって、挿入歌の数は多かったが、音楽が優れた映画でもなかった。タイトル曲の「Hum Tumhare Hain Sanam」がもっとも耳に残るメロディーを持っているが、これはパーキスターンの歌手ハディーカー・キヤーニーの「Boohey Barian」のコピーである。そうするとほとんど取り柄がない。
「Hum Tumhare Hain Sanam」は、シャールク・カーン、サルマーン・カーン、マードゥリー・ディークシト、そしてアイシュワリヤー・ラーイの四人が共演するという奇跡のようなロマンス映画だが、1990年代を引きずっており、21世紀の映画としては古い印象が否めない。豪華なキャスティングにのみ価値がある作品である。