Astitva

4.0
Astitva

 2000年2月6日公開の「Astitva(存在)」は、女性問題を扱ったインド映画を語る上で重要な作品である。ヒンディー語とマラーティー語で作られたバイリンガル映画で、主演タブーのキャリアにとっても転機となった作品だ。2022年10月25日に改めて鑑賞し、このレビューを書いている。

 監督はマヘーシュ・マーンジュレーカル。前年に「Vaastav: The Reality」(1999年)を撮っており、彼にとって監督2作目になる。主演は前述の通りタブー。他に、サチン・ケーデーカル、ラヴィーンドラ・マンカーニー、スミター・ジャイカル、モホニーシュ・ベヘル、スニール・バルヴェーなどが出演している。

 1999年のプネー。実業家シュリーカーント・パンディト(サチン・ケーデーカル)と妻アーディティ(タブー)の間には、アニケート(スニール・バルヴェー)という一人息子がいた。ある日、ゴア州に住むシュリーカーントの友人ラヴィ(ラヴィーンドラ・マンカーニー)と妻メーグナー(スミター・ジャイカル)が彼らの家を訪れる。久々の再会を喜んでいるところへ、アーディティの元に書留が送られてくる。その中には、かつてアーディティを教えていた音楽教師マラール・カーマト(モホニーシュ・ベヘル)の遺書が入っていた。マラールの財産はアーディティが相続することになった。

 その奇妙な出来事に疑問を持ったシュリーカーントは、昔の日記を持ち出して記憶を整理する。時系列を追っていくと、アニケートを身籠もった時期がおかしいことに気付く。シュリーカーントが問い詰めると、アーディティはアニケートの父親がマラールであることを認める。

 シュリーカーントは、ラヴィ、メーグナー、アニケートの前でアーディティに事の経緯を説明させる。25年前、まだサラリーマンだったシュリーカーントは出張で留守にすることが多く、アーディティは孤独な生活を送っていた。そこで、音楽を習うためにマラールが家に来るようになる。だが、シュリーカーントが留守のときに二人は一度だけ身体の関係を持ってしまう。それが原因でアーディティは妊娠した。だが、シュリーカーントは妻の妊娠を聞いた途端に大喜びしてしまい、アーディティは真実を言い出せなかった。そのまま25年間が過ぎ去ってしまったのだった。

 ラヴィとメーグナーはシュリーカーントにそのまま関係を維持するように勧めるが、シュリーカーントは妻の過去の不倫を絶対に許そうとしなかった。実はシュリーカーントにも浮気相手がいたことがあったが、それもお構いなしだった。遂にアーディティは家を出て行くことになる。だが、その前にアーディティは、シュリーカーントが不妊症だったために彼との間に子供ができなかったことを明かす。また、アニケートの許嫁レーヴァティー(ナムラター・シロードカル)はアニケートとの婚約を解消し、アーディティと共に出て行く。

 まだまだ保守的な時代に作られた、貞淑そうな妻の不倫を扱った映画ということでセンセーショナルだが、それだけでなく、男尊女卑のインド社会において女性そのものの存在やアイデンティティーを問う真摯な作品である。題名の「Astitva」とは正に「存在」や「アイデンティティー」という意味である。

 シュリーカーントは陽気で友達思いな性格の男性だが、妻のアーディティを対等には扱っていなかった。女性は家で家事をするべきだという考えの持ち主で、妻や嫁が外に出て仕事をするのを認めようとしなかった。決してシュリーカーントが特殊なわけではなく、これはインド人男性によくあることだ。インド社会では、妻を働きに出させる夫は甲斐性がないという考えが根強い。アーディティは、シュリーカーントと結婚したことで、「シュリーカーントの妻」という存在でしかなくなってしまい、彼女の「アーディティ」としてのアイデンティティーは失われてしまっていた。

 また、インド人女性は結婚すると子供を産むことを強く求められる。しかも、男児が熱望されている。アーディティはアニケートを産むものの、劇中で明かされる通り、彼はシュリーカーントの子供ではなく、彼らの家に出入りしていた音楽教師マラールの子供であった。25年前にアーディティがたった一度犯した過ちにより、アニケートは産まれた。そして、アーディティは真実を夫に明かすことができずに、時間だけが過ぎてしまっていた。確かにこれは褒められたことではない。

 ただ、シュリーカーントは不妊症だった。シュリーカーントとアーディティの間にはどう頑張っても子供が産まれなかった。もしアーディティがマラールと不倫してアニケートが産まれなかったら、アーディティは子供が産めないということで責められることになっていただろう。アーディティにとって、シュリーカーントとの結婚はどの道八方塞がりであった。

 しかも、アニケート自身は自分の出自の秘密を知って母親を責める。シュリーカーントとは血が繋がっていないはずだが、結局アニケートもシュリーカーントと同じデリカシーのない男性に育っていた。それを見て、アニケートの許嫁レーヴァティーは彼との婚約を解消する。

 結局、一連の事件を経てパンディト家はバラバラになってしまう。そういう意味ではバッドエンディングだ。映画の冒頭で見られた幸せそうな家族の姿は最後には跡形もない。だが、考え直してみれば、冒頭で描かれたその幸せは、アーディティの「存在」が犠牲になった上で成立していた。確かにマラールの遺産から端を発してパンディト家は雲散霧消してしまうものの、アーディティは家族という呪縛から解き放たれ、自由を手にし、新たな道を歩み出す。そう考えると、アーディティにとっては希望に満ちたエンディングにもなっていた。

 1990年代後半から演技力を認められつつあったタブーだが、「Astitva」での演技により完全に演技派女優としての名声を獲得したといっていい。この映画は彼女の絶妙な演技なしには成り立たなかった映画だ。はかなげながらも芯の強さがある複雑な女性役を見事に演じ切っていた。もちろん、シュリーカーント役のサチン・ケーデーカルも好演していた。

 「Astitva」は、過去に一度だけ不倫をした女性を主人公にした、当時としてはかなりセンセーショナルな筋書きの映画である。ただ、決して下世話な映画ではなく、インド社会において女性の存在やアイデンティティーを問うシリアスな映画に仕上がっている。必見の映画である。