
1997年11月28日公開の「Ishq(愛)」は、貧富の格差を乗り越えた恋愛を描いたラブコメ映画である。
監督はインドラ・クマール。音楽はアヌ・マリク。主演はアーミル・カーン、アジャイ・デーヴガン、ジューヒー・チャーウラー、カージョルの4人。他に、ジョニー・リーヴァル、サダーシヴ・アムラープルカル、ダリープ・ターヒル、モーハン・ジョーシー、ティークー・タルサーニヤー、アナント・マハーデーヴァン、ラザーク・カーンなどが出演している。
舞台はムンバイー。ランジート・ラーイ(サダーシヴ・アムラープルカル)とハルバンス・ラール(ダリープ・ターヒル)はどちらも貧者を毛嫌いする大金持ちだった。彼らは自分の子供たちが貧者と結婚することを恐れていた。そこでランジートは息子のアジャイ(アジャイ・デーヴガン)をハルバンスの娘マドゥ(ジューヒー・チャーウラー)と結婚させることにした。ただ、アジャイもカージャルも反抗的だったため、彼らをだまして結婚届に署名をさせる。
アジャイにはラージャー(アーミル・カーン)という貧しいメカニックの親友がいた。また、マドゥはスラム街に住むカージャル(カージョル)と親友だった。アジャイはカージャルと恋に落ちる。ランジートとハルバンスはアジャイとマドゥを避暑地ウダガマンダラム(ウーティー)に送るが、ラージャーとカージャルも付いてくる。この地でアジャイとカージャルは愛を育み、ラージャーとマドゥの間にも愛が芽生える。
アジャイとカージャル、ラージャーとマドゥの仲はランジートとハルバンスにも知れることとなる。ランジートとハルバンスは彼らを何とか引き離そうとするが失敗に終わる。そこでランジートとハルバンスは、アジャイとカージャル、ラージャーとマドゥの結婚を認める振りをする。裏で彼らは暴漢を雇い、婚約式の日にラージャーとカージャルを襲撃させる。そこで、半裸の状態のカージャルをラージャーが抱きしめる姿の写真を撮影する。この写真は婚約式で披露され、アジャイとマドゥを激怒させる。ラージャーとカージャルは式場から追い出される。
また、カージャルは体調を崩し、ラージャーに連れられて、たまたま産婦人科の病院で医師から治療を受けた。それを目撃したアジャイとマドゥは、カージャルが妊娠したと勘違いする。ますますアジャイとマドゥはラージャーとカージャルを嫌うようになり、結婚を決める。ランジートとハルバンスは喜ぶ。カージャルは自殺未遂をし、憤ったラージャーはマドゥをレイプしようとする。
アジャイとマドゥの結婚式の日、ラージャーは警察に逮捕され暴行を受けていた。カージャルはランジートに許しを請う。ランジートはラージャーとカージャルにナイジェリアのラゴス行きを求め、彼らも了承する。だが、アジャイとマドゥは、叔父(ジョニー・リーヴァル)の暴露によって真相を知り、結婚式を放り出してラージャーとカージャルを追いかける。彼らはラゴス行きの船に乗り込んだラージャーとカージャルを引き留め、謝罪する。ラージャーとカージャルも彼らの謝罪を受け入れ抱き合う。ランジートとハルバンスも改心し、彼らの結婚を認める。
歌と踊りのシーン以外は四六時中、登場人物が大声でがなり立てているような騒々しい映画だった。基本的にはコメディー映画だが、アクションシーンもあればレイプ寸前の痛ましいシーンもあり、典型的なマサーラー映画の作りである。安っぽさは否めないが、ひととき何も考えずに笑って過ごしたいという目的のためなら悪くない。
4人の主要キャラの内、アジャイ・デーヴガン演じるアジャイとジューヒー・チャーウラー演じるマドゥは富裕層の子供、アーミル・カーン演じるラージャーとカージョル演じるカージャルは貧困層の子供という設定になっている。もちろん、親はアジャイとマドゥをくっ付けたがるのだが、当人同士の自由恋愛ではアジャイとカージャル、ラージャーとマドゥが結び付いてしまい、ドラマが生まれる。
性格によるキャラクター作りでいうと、ラージャーとマドゥは外向的かつ攻撃的な性格で、アジャイとカージャルは内向的かつ落ち着いた性格だといえる。アジャイ・デーヴガンは普段から無口な性格なようで、今回のアジャイ役にもピッタリであったし、アーミル・カーンも器用な俳優なので、ラージャー役に不足はない。気になったのはカージョルの起用だ。彼女は明朗快活な女性を演じているときに本領を発揮するのだが、そういう役柄を今回はジューヒー・チャーウラーに譲っていた。ただ、肌の色が起用の理由になっていたのかもしれない。ダリープ・ターヒル演じるハルバンスは色白だったため、その娘として色白のジューヒーの方が合っていたし、サダーシヴ・アムラープルカル演じるランジートは色黒だったため、比較的色の黒いカージョルの方がその娘役として合っていた。
ストーリー展開や人間関係の変化について、細かいところを突っ込むのは野暮な映画だ。気になるところがあっても笑ってやり過ごすのが大人の態度であろう。ただ、クライマックスの重要な転換点となる、ジョニー・リーヴァル演じる叔父の暴露は唐突に感じずにはいられなかった。ランジートとハルバンスの陰謀を暴露し、真相を明らかにしたのだが、その伏線が丁寧に張られていたとは思えなかった。
多くのダンスシーンがあるが、いくつかは必然性を無視して無理やりねじ込まれたような入り方で、マイナスポイントとなる。
「Ishq」にはアーミル・カーンとジューヒー・チャーウラーのキスシーンがある。唇と唇が触れ合う完全なリップロックである。1990年代、既にキス自体は珍しいものではなくなっていたが、誰と誰がスクリーン上でキスをしたのかはゴシップネタとして十分にニュースバリューを持っていた。一方、アジャイ・デーヴガンとカージョルは「Ishq」撮影時には既に付き合っていたと報告されている。だが、彼らのキスシーンは映画にはない。
唐突にナイジェリアのラゴスという地名が登場したのには驚いた。終盤で、ラージャーとカージャルはラゴス行きの船に乗せられてインドを追放されそうになった。ムンバイーとラゴスを結ぶ旅客用の航路があるとは聞いたことがない。
「Ishq」は、アーミル・カーン、アジャイ・デーヴガン、ジューヒー・チャーウラー、アジャイ・デーヴガンという1990年代を代表するスターたちが集合して作られたラブコメ映画である。コメディーの質は悪くなく、興行的には成功している。だが、取って付けたような展開が多く、チープさは否めない。単純な笑いを求めるならば観てもいい映画である。