
1980年4月25日公開のマラヤーラム語映画「Esthappan」は、「市民ケーン」(1941年)のように複数の人々の証言からエスタッパーンというミステリアスな人物の実像に多方面から迫ろうとする作品である。
監督は「Kummatty」(1979年/邦題:魔法使いのおじいさん)のGアラヴィンダン。音楽はジャナールダンとアラヴィンダン監督自身。キャストは、ラージャン・カーカナーダン、クリシュナプラム・リーラー、スダルマ、ショーバナー、ジェミニ・ガネーシャンなど。
舞台となるのはケーララ州沿岸部の漁師村である。映画の大部分ではバックで波の音が絶え間なく聞こえている。村には教会があり、村人の多くはキリスト教徒だと思われる。男性たちは漁をして生計を立てているが、この村に住むエスタッパーンという男性だけは浮いていた。四六時中、壁や岩にイエス・キリストや聖母マリアの絵を描いたり、香炉をぶら下げて村中をうろついたりしていた。
「Esthappan」は、あまり脈絡なく村人たちがエスタッパーンについて会話をするシーンをつなぎあわせて作られている。ある者は彼を狂人扱いし、ある者は聖者扱いし、またある者は泥棒扱いする。そして、そう考えるに至ったエピソードが回想映像と共に語られる。エスタッパーンの実像については、語る人の主観が入るため、お互いに食い違うことになる。医者から見放された少女を回復させたエピソードもあれば、教会の墓地から死体を掘り起こして踊っているのを見たというエピソードもある。どれが真実なのかは分からない。
ただ、ある時点からエスタッパーンは姿を消してしまう。そしてしばらくするといつの間にか漁師たちの間で彼は海の守り神として信仰されるようになっていた。岬に立ち、行き交う船に危険を知らせるのである。その内彼は、イエス・キリストに並ぶような聖者として信仰されるようになっていた。
「Esthappan」は、伝説が人々の会話の中で作られていく過程を追った作品だといえる。エスタッパーン自体は単なる変わり者だった可能性が高いが、目立つ存在だっただけに、さまざまな噂の火元になって、それらが折り重なって彼の聖性が醸成されていった。中にはネガティブな噂もあったのだが、それも彼のミステリアスな魅力を増すだけだった。その内、何かが起こったらエスタッパーンの仕業ということになり、彼と直接関係ないことまで彼の名前と共に語られるようになる。こうしてエスタッパーンは人間から聖者に脱皮するのである。
「Kummatty」でもそうだったが、村の描写の中に突然、都会的な映像が差し挟まれるのはアラヴィンダン作品の特徴といえるかもしれない。「Esthappan」には、一般の村人たちとは一線を画した裕福な生活を送る実業家の一家が登場する。その息子は、都会で教育を受け、英語を話し、白人女性と結婚したモダンな男性だ。彼は、娘を救ったエスタッパーンを自宅に招いて歓待したこともあった。あまり迷信には頓着しない性格に見えたが、妻や友人を連れて海を船で遊覧していたとき、岬の守り人になったエスタッパーンの噂を聞いて、これ以上進むのは危険だと感じ、船を引き返す決断もしていた。
「Esthappan」は、Gアラヴィンダン監督らしい、ケーララ州の原風景を舞台にした民話テイストあふれる素朴な作品である。マジック・リアリズムと非線形のストーリーテリングによって、エスタッパーンがどのように聖者として崇められるようになっていったのかが語られる。映画の魔法を知り尽くした監督による作品である。
