Kabhi Kabhie

3.5
Kabhi Kabhie
「Kabhi Kabhie」

 1976年2月27日公開の「Kabhi Kabhie(時々)」は、ヒンディー語映画界をリードする映画監督として確立していたヤシュ・チョープラーが、自身の出世作「Waqt」(1965年)に続いて送り出したオールスターキャスト型のロマンス映画である。

 原作は監督の妻パメラ・チョープラーが考案し、作家のサーガル・サルハディーが脚本を書いた。作曲はカイヤーム、作詞はサーヒル・ルディヤーンヴィー。

 メインキャストは、アミターブ・バッチャン、シャシ・カプール、リシ・カプール、ワヒーダー・レヘマーン、ラーキー、ニートゥー・スィンの6人。アミターブとシャシのコンビは「Deewaar」(1975年)を当てており、本作が実質共演2作目となる。以後、彼らは度々共演することになる。リシ・カプールとニートゥー・スィンは「Zehreela Insaan」(1974年)で初共演し、本作の撮影時に恋愛関係になって、1980年に結婚した。

 他に、ナスィーム、パリークシト・サーニー、スィミー・ガレーワル、イフテカール、デーヴェーン・ヴァルマーなどが出演している。

 カシュミール地方の大学に通う学生かつ詩人アミト・マロートラー(アミターブ・バッチャン)は、彼の熱烈なファンであるプージャー(ラーキー)と出会い、恋に落ちる。二人は将来を誓い合うが、プージャーは親の決めた結婚相手との結婚を余儀なくされる。プージャーはアミトに、詩作だけは続けるように懇願するが、アミトは詩人を止め、父親(イフテカール)の事業を継ぎ、建築の仕事を始める。プージャーの結婚相手ヴィジャイ・カンナー(シャシ・カプール)もアミトの大ファンで、初夜、プージャーに彼の詩集「Kabhi Kabhie(時々)」を贈る。プージャーは、アミトとの過去を夫に隠したまま結婚生活を送ることになる。

 それから時が流れた。プージャーはヴィジャイとの間にヴィクラム、通称ヴィッキー(リシ・カプール)という男児を産んだ。ヴィッキーはたくましく成長し、乗馬で数々の賞を取る。ヴィッキーはピンキー・カプール(ニートゥー・スィン)という女性と出会い、恋に落ちる。ピンキーの父親はヴィジャイの主治医RPカプール(パリークシト・サーニー)で知己の仲であり、縁談はトントン拍子に進む。ところが、ピンキーの母親ショーバー(スィミー・ガレーワル)には不安があった。実はピンキーは彼らの実子ではなく、養子だったのである。まず彼らはヴィジャイとプージャーにその秘密を明かす。二人は全く気にせず、ピンキー本人にも明かすべきだと助言する。だが、真実を知ったピンキーは衝撃を受け、ヴィッキーとの結婚そっちのけで実の両親に会いに出掛ける。ピンキーの勝手な行動にヴィッキーは腹を立てるが、父親から説得され、ピンキーを追う。

 ピンキーの実の母親アンジャリ(ワヒーダー・レヘマーン)はアミトの妻だった。アンジャリは突然訪問してきたピンキーを実子だと気付くが、夫には姪だと嘘を付いてとりあえず迎え入れる。アミトとアンジャリの間にはスイーティー(ナスィーム)という娘がいた。スイーティーは突然やって来たピンキーが母親の愛情を奪い取っていると感じ、冷淡な態度を取る。今度はヴィッキーがアミトの家を訪ねてやってくる。スイーティーはヴィッキーに好意を抱き、父親に頼んで彼を雇うように言う。アミトはそれを受け入れる。こうして、ヴィッキーはピンキーとの仲を秘密にしたまま、アミトの会社が請け負っている工事現場で働き出す。また、建設中のホテルを設計した建築家はヴィジャイだった。ヴィジャイは以前、アミトと面識があり、現場視察に訪れたことで彼と再会する。そして、工事現場でヴィッキーが働いているのを知って驚く。アミトはヴィジャイを夕食に招待するが、そのときヴィジャイに、アミトとプージャーが元々恋人同士だったことを知ってしまう。

 アンジャリはスイーティーがヴィッキーを好いているのを知り、二人を結婚させようとする。アミトも娘の結婚相手としてヴィッキーを認める。ところが、アンジャリはピンキーがヴィッキーの許嫁だと知り、考えを変える。突然の心変わりにアミトは激昂する。アンジャリは、ピンキーは昔の恋人との間にできた子供であることを明かす。アミトはさらにショックを受ける。アンジャリの昔の恋人は空軍の軍人で、飛行機事故で亡くなっていた。一方スイーティーはヴィッキーとピンキーがいちゃついているのを見て憤り、馬に乗って家を飛び出す。スイーティーは爆破直前の工事現場に迷い込んでしまい、ヴィッキー、アミト、ヴィジャイが後を追う。スイーティーは何とか助かり、ピンキーがヴィッキーの許嫁だったことも合わせて知る。スイーティーはピンキーに謝る。こうしてヴィッキーとスイーティーの結婚式が無事に行われた。

 恋愛と結婚、現在と過去の対立が、複数のカップルによって重層的に描き出されていた硬派なロマンス映画であった。結婚で結ばれたカップルは主に、アミトとアンジャリ、ヴィジャイとプージャーになり、これから婚姻関係になろうとしていたのが、ヴィジャイとプージャーの息子ヴィッキーと医者の娘ピンキーであった。だが、人間関係が結婚によってきれいに分類されるはずがない。各人にはそれぞれ過去があり、その過去には結婚相手とは異なる恋愛相手がいた。中心的に描かれるのはアミトとプージャーだ。二人は大学時代に出会い恋に落ちたが、プージャーのアレンジド・マレッジによって仲を引き裂かれた。それ以外にも、アンジャリに過去の相手がいたことが後から分かるし、アミトとアンジャリの娘スイーティーがヴィッキーに恋する場面もある。結婚という形になる関係もあれば、心の奥底に抑え込む秘め事となる関係もあった。

 多くの登場人物と人間関係が絡み合う中で、アミトとプージャーの関係は物語の中心軸になっている。アミトは学生詩人であり、詩集「Kabhi Kabhie」も出版するほど高名であったが、プージャーと結婚できなかったことで詩作を止め、父親の事業を継承して建築業に従事していた。だが、彼の作った詩が物語の中で何度もリフレインされ、映画全体に文学的な雰囲気を醸し出していた。

 ただ、アミトは物語の中盤に表舞台からほぼ姿を消す。よって、後半に彼が再登場する場面は若干唐突に感じた。それより前にはTV局のアナウンサーになったプージャーからアミトがインタビューを受けるシーンがあったが、そこでは彼の私生活について全く触れられていない。よって、てっきりプージャーを想い続けて独身を通しているものだと思っていたら、再登場時にはちゃっかりアンジャリという妻を持っており、しかもスイーティーという年頃の娘までいた。よって、アミトがプージャーについてどう思っているのか、いまいち分かりにくかった。もしアミトを独身のままにしていたら、確かにこれほど重層的な物語にはならなかったかもしれないが、もう少しシンプルでまとまりのいいロマンス映画になったかもしれないと感じた。

 一方のプージャーは、意中のアミトとは結婚できなかったものの、ヴィジャイとの結婚を割り切っているように見えた。ヴィジャイとの間に生まれたヴィッキーを母親として当然のように愛していた。彼女にとっての心残りは、アミトが自分との破局を機に詩作を止めてしまったことだった。アミトが再び詩作を始めるように働き掛けをする彼女の気持ちをもっと物語の主題に持って来れば、やはりそれもひとつまとまりのいい映画になっていたのではないかと感じた。

 アンジャリの過去を知ったアミトが彼女を責めるが、アンジャリもアミトがプージャーと過去に関係を持っていたことを知っていて、それを材料に反撃する。この辺りは、男性側のエゴに見事にカウンターパンチを喰らわした形だが、こういう映画ではなかったのではないかと感じた。その点ではヴィジャイの方が寛大で、プージャーの過去を知った後も彼女を変わらず愛し続けることを誓い、二人の仲は円満に収まった。

 総じていえるのは、無理にオールスターキャストの映画を作ろうとしてゴチャゴチャしてしまっているということだ。ヴィッキー、ピンキー、スイーティーの三角関係は非常に雑な描かれ方をしていたし、アンジャリの過去も取って付けたようであった。クライマックスは、連続爆破が行われる工事現場を馬に乗って駆け抜けるスイーティーと、彼女を追うヴィッキーたちというものだったが、これも風呂敷を広げすぎて収拾できなくなったものを力技でなんとか折りたたんだだけのように見えた。繰り返しになるが、アミトとプージャーの関係に集中して物語を構築していれば、さらにいいロマンス映画になったことだろう。

 カイヤーム作曲、サーヒル・ルディヤーンヴィー作詞の楽曲の数々は名曲揃いである。メロディーが美しいタイトル曲「Kabhi Kabhie Mere Din Mein」は、映画の中で何度か使われ、登場人物の心情を代弁していた。特にプージャーがヴィジャイとの初夜にこの歌を歌うシーンは涙なしには観られない。アミトの紹介曲となっている「Main Pal Do Pal Ka Shayar Hoon」も優れた歌曲である。

 「Kabhi Kabhie」は、ヤシュ・チョープラー監督の絶頂期に作られたオールスターキャストのロマンス映画であり、時代を代表する大スターたちが共演している。だが、オールスターキャストにありがちなごった煮感は否めず、各登場人物や人間関係を十分に発展させることができていなかった。アミトとプージャーに集中していれば違った完成度のロマンス映画になっていたことだろう。だが、歌曲がとても良く、話題性もあって、興行的にも大成功した。観て損はない映画であることは確かである。