
「Yatrik(旅人)」は、パラレル映画の旗手マニ・カウル監督がインドTV映画学校(FTII)の学生だった頃に卒業制作として作った20分ほどの短編映画である。1966年の作品だとされている。彼が代表作「Uski Roti」(1970年)を撮る3-4年前の映画だ。
基本的にはドキュメンタリー映画だが、ストーリー仕立てにもなっており、フィクション映画とドキュメンタリー映画の中間に位置する、カウル監督らしい作りである。大学生と思われる若者たちが、学校の遠足らしき旅行で、バスに乗ってマハーラーシュトラ州にあるアジャンターへ行くという設定になっている。インド考古局から特別許可を得て撮影されたとのことである。
物語らしい物語があるわけでもないが、中心となるのは若い男女である。男性の方はラーケーシュ、女性の方がレハーナーという名前で、どうやら本名であるらしい。この二人が元々付き合っていたのか、この旅行を通じて付き合い出したのかはよく分からないが、バスの中で積極的にラーケーシュに話しかけていたのはレハーナーであり、ラーケーシュの方は興味なさそうな顔をしていた。だが、アジャンター石窟寺院を見て回る内に二人きりになる時間があり、そこで彼らは抱き合う。それだけの物語である。
この二人の関係を盛り上げるのが世界的に有名な壁画の数々である。アジャンター石窟寺院は仏教寺院であり、その壁にはブッダにまつわる物語が生き生きとしたタッチで描かれている。それらが映し出されると同時に、不明瞭な音でナレーションが入る。おそらく現地のガイドが絵の説明をしているのをそのまま録音したのだと思われる。
あえて解釈するとしたら、ブッダが悟りを開く前に直面したさまざまな誘惑を、ラーケーシュに言い寄るレハーナーに重ね合わせているのだと思われる。映し出される絵画は、女性が豊満な胸を露出しているものばかりであり、エロティックな雰囲気が醸成されていく。
なぜか一瞬だけビートルズの「アイム・ア・ルーザー」が流れるが、確かにこの曲は1964年に発表されており、撮影時には最新曲だったのだろう。インド映画にビートルズが流れるのは新鮮だった。
マニ・カウル監督が学生時代に撮った「Yatrik」は、ドキュメンタリー映画でありながらドキュメンタリー映画ではなく、フィクション映画でありながらフィクション映画ではないという、ジャンルという垣根を超越した芸術映画だ。既に天才の片鱗が現れており、興味深い。