Nagin

3.5
Nagin
「Nagin」

 1954年3月5日公開の「Nagin(雌蛇)」は、インド映画が誇るナーギン映画の祖である。蛇使いが吹く笛を「ビーン」というが、その独特のメロディーを決定付けたのがこの映画だ。ただし、後のナーギン映画で定番となる変幻自在のイッチャーダーリー・ナーギンが登場する映画ではなく、どちらかというと蛇使いが登場する映画になる。

 監督は「Sanam」(1951年)や「Anarkali」(1953年)のナンドラール・ジャスワントラール。音楽はベンガル語映画界で作曲家兼プレイバックシンガーとして活躍するヘーマント・クマール。主演はヴァイジャヤンティーマーラーとプラディープ・クマール。他に、ジーヴァン、ムバーラク、ルビー・メイヤー、ラーマーヴァタールなどが出演している。

 基本的には白黒映画だが、一部だけカラーになっている。インドでは1930年代に既にカラー映画が作られていたがコストが高く、1950年代になって安価な方式が生み出されてからようやくカラー映画が普及し始めていた。ちなみに「Nagin」のカラー部分はジェヴァカラー(Gevacolor)である。

 ナーギー族とラーギー族というアーディワースィー(先住民)の部族が対立関係にあった。ナーギー族の首領ボーパール(ムバーラク)の娘マーラー(ヴァイジャヤンティーマーラー)は、ラーギー族の首領(ラーマーヴァタール)の息子サナータン(プラディープ・クマール)がナーギー族の一員を殺したことを知り、復讐を誓う。だが、サナータンはビーンの名手であり、その音色を聞くと、蛇のみならずマーラーもうっとりしてしまった。サナータンとマーラーの間にはすぐに恋が芽生えた。

 ボーパールはマーラーを親友のプラビール(ジーヴァン)と結婚させることになった。プラビールは約束通りナーギー族の味方となってサナータンと戦い、その褒美としてマーラーとの結婚を求めたからだ。サナータンはマーラーと駆け落ち結婚しようとするが、マーラーはもしサナータンと逃げたらナーギー族とラーギー族の間で血で血を洗う争いが起こることを恐れた。

 サナータンはマーラーが結婚する直前にナーギー族の村に忍び込んで彼女に会いに行く。ところがボーパールやプラビールに見つかり、暴行を受ける。サナータンの父親はボーパールに対し、マーラーを街へ連れて行って結婚させるように言う。満身創痍のサナータンを後にしてマーラーは街へ連れて行かれる。だが、回復したサナータンも後を追って街まで行く。サナータンとマーラーは再会し、サナータンはマーラーを連れて逃げるが捕まってしまう。ボーパールは毒蛇を催眠術に掛け、サナータンを殺そうとする。だが、マーラーが毒蛇の行く手を遮り、咬まれて死んでしまう。

 それを知ったサナータンは山の中で修行をする行者に助けを求めに行くが、一度死んだ者は神様しか蘇らせられないと答える。サナータンはマーラーの死体に笛の音を聴かせる。するとマーラーは目を覚ます。喜んだボーパールはマーラーをサナータンと結婚させる。

 インドの僻地にはアーディワースィーと呼ばれる先住民が住み、昔ながらの生活を営んでいる。アーディワースィーの男女が主人公のヒンディー語映画は珍しい。しかしながら、「Nagin」におけるアーディワースィーの表象に正確性を求めてはならない。ナーギー族とラーギー族という敵対する2つの部族が登場するがどちらも完全に架空のものだ。その衣装からはノースイースト地域の部族に見えるが、言葉は標準ヒンディー語である。どちらの部族もどうも蛇を捕まえて毒を抜き、それを売って現金収入を得ているようである。春には祭りがあり、そこには市場も出るが、その支配権を巡ってナーギー族とラーギー族は仲違いをしているようであった。

 敵対する部族を束ねる首領たちの息子と娘が恋に落ちる、というのはあまりにお決まりの筋書きではある。ユニークなのは、サナータンがビーンの名手である点だ。マーラーは彼の奏でる音色に陶酔しており、その音を聴くことでサナータンが近くにいることを知る。映画の中であの独特のビーンのメロディーが何度も繰り返され、二人の恋を演出する。

 主演のヴァイジャヤンティーマーラーは優れたダンサーとしても知られており、この映画は彼女の踊りを前面に押し出した作りをしている。マーラーが毒蛇に咬まれて死ぬことでクライマックスに入るが、そこでは天国と地獄をイメージした幻想的な場所にて彼女が踊りを踊る。それまで白黒だったのが、このシーンになると突然カラー化し、きらびやかになる。ヴァイジャヤンティーマーラーの踊りをじっくり見せるサービスであろう。しかしながら、客観的に観るとこのシーンが映画のもっとも弱い部分でもあった。唐突な感は否めず、しかも数曲が続くために長い。このシーンが終わるとマーラーは息を吹き返すのだが、これだけ長いダンスシーンは普通に考えたら不要だったはずだ。

 むしろ、冒頭でヴァイジャヤンティーマーラーがサナータンの奏でるビーンのメロディーに合わせてさりげない動作で踊る「Man Dole Mera Tan Dole」の方が優れたダンスシーンである。歌を歌うのはラター・マンゲーシュカルだ。印象的なビーンのメロディーは、グジャラート州カッチ地方出身の音楽家カリヤーンジー・ヴィールジー・シャーが演奏している。

 「Nagin」は、敵対する部族に属する男女が恋に落ちる物語であり、毒蛇に咬まれて死んだヒロインをヒーローが愛の力によって生き返らせる神話的な物語であり、さらにはインド映画界に蛇使いのメロディーというレガシーを残した作品である。ストーリーに新規性はなく、粗が目立つし、蛇足としか思えないシーンもあるが、ひとつのメロディーのおかげでインド映画史に名を刻む作品となったことは特筆すべきだ。


Nagin (1954) Hindi Full Length Movie || Vyjayanthimala, Pradeep Kumar || Eagle Hindi Movies