「略奪結婚」と聞いてどんな結婚を思い浮かべるだろうか。現代の日本の文脈では、配偶者または恋人のいる異性にアプローチして奪い取り、結婚してしまうことを思い浮かべる人が多いかもしれない。また、男性が意中の女性を誘拐して無理矢理する結婚を思い浮かべる人もいるだろう。中央アジアでは今でも女性を誘拐して結婚する行為が横行している地域があると聞く。
インドにも「略奪結婚」はある。男性が女性を誘拐する形式の結婚もないことはないのだが、それよりもユニークなのは、女性側の家族が花婿にふさわしい独身男性を誘拐し、無理矢理その女性と結婚させてしまう形態の結婚である。ヒンディー語では「जबरिया शादी」とか「पकड़वा शादी」などと呼ばれている。特にビハール州で横行している。
略奪結婚の横行は持参金と関係している。インドでは、花嫁側の家族が花婿側の家族に持参金を支払わなくてはならないが、持参金の額が折り合わずに結婚が破談することも多い。最初から持参金を支払う経済力のない家族もある。そういう場合、面倒な持参金の交渉をすっ飛ばして娘を嫁に出す手段として略奪結婚が選ばれることがあるのである。
特にターゲットになりやすいのは、国家公務員などの高給取りの男性だ。高収入の男性と結婚しようとすると多額の持参金を支払わなくてはならない。そのため、持参金の額が折り合わないと、誘拐して無理矢理結婚させてしまうのである。持参金の交渉すらなしに、目に付いた高収入の男性が誘拐されて、娘と結婚させられるということもあるようだ。
男性は拒否できないのか、という素朴な疑問が湧くだろうが、多くの場合、略奪結婚にはマフィアが関わっており、銃を突き付けられて結婚を迫られるようである。また、強制的に花嫁と同じ部屋に閉じ込められ、結婚を既成事実化する手段もよく採られるようだ。
ビハール州では、毎年2~3千人の男性が誘拐され強制的に結婚させられているというデータもあり、社会問題になっている。
こんな面白い題材を映画界が放っておくはずがなく、過去に映画の主題にもなっている。「Antardwand」(2010年)、「Ekkees Tareekh Shubh Muhurat」(2018年)、「Jabariya Jodi」(2019年)、「Sab Kushal Mangal」(2020年)などである。また、「Atrangi Re」(2021年)の導入部でも略奪結婚が行われた。この中では特に「Antardwand」がシリアスな切り口でビハール州の略奪結婚問題を扱っており、勉強になる。