独立記念日が近づくにつれて、首都デリーの警戒レベルが上がっている。今日(2004年8月13日)公開の新作ヒンディー語映画「Kyun! Ho Gaya Na…」をPVRアヌパム4で観たのだが、館内に一切バッグを持ち込めなかった(いつもなら持ち込める)。この厳戒態勢はデリーの過ごしにくい部分のひとつだ。しかも最近大雨がよく降るので、道路が無茶苦茶になっている。舗装がいい加減なので、雨が降るとすぐに穴ぼこだらけの水溜りだらけになるのだ。これでまた道路舗装の仕事ができ、失業対策になるというわけである。よくできたシステムだ・・・。
「Kyun! Ho Gaya Na…」は今月一番の期待作だ。何と言っても、現在のヒンディー語映画界の噂のカップル、ヴィヴェーク・オーベローイとアイシュワリヤー・ラーイが主演するのだ。監督はサミール・カールニク、製作はボニー・カプール、音楽はシャンカル=エヘサーン=ロイ。その他のキャストは、アミターブ・バッチャン、オーム・プリー、スニール・シェッティー、ティンヌー・アーナンド、ラティ・アグニホートリー。ラストでビックリ、ディーヤー・ミルザーも特別出演している。「Kyun! Ho Gaya Na…」の題名を日本語に訳すのは少し難しいのだが、意訳すると「ほら!恋しちゃったでしょ・・・」とか「どうだい!うまくいっただろ・・・」みたいなニュアンスである。
ディヤー(アイシュワリヤー・ラーイ)は山間のコーヒー・プランテーションに父親のマロートラー(ティンヌー・アーナンド)と共に二人きり住む純朴な女の子だった。ディヤーはお見合い結婚を忌み嫌い、本当に好きな人と結婚すると心に決めていた。マロートラーの親友、ラージ(アミターブ・バッチャン)は、プランテーションで孤児院を営む独身貴族だった。ディヤーも孤児院の仕事を手伝っており、彼女はソーシャルワーク修士のテストを受けにムンバイーへやって来た。 ムンバイーにはマロートラーの友人カンナー夫妻(オーム・プリーとラティ・アグニホートリー)が住んでいた。ディヤーはカンナーの家に滞在してテストに備えることになったが、カンナー家の一人息子アルジュン(ヴィヴェーク・オーベローイ)は、ディヤーをからかってばかりいた。アルジュンは「オレの辞書に恋愛と敗北はない」が口癖の男で、母親が気に入った女性とお見合い結婚をすると決めていた。 実は、マロートラー家とカンナー家は、ディヤーとアルジュンの結婚をアレンジしようと考えていた。しかし二人とも強情な性格だったため、何も言わずに2人を引き合わせようと考えていたのだった。アルジュンと出会ったディヤーは一瞬の内に恋に落ちてしまうが、恋愛のことなど真剣に考えたこともなかったアルジュンは、彼女のことをからかってばかりいた。アルジュンの悪戯に笑って耐えていたディヤーだったが、彼はとうとう彼女の女心に触れる悪戯をしてしまう。「どうしてそんなに怒るんだよ?」と全く訳の分からないアルジュンにディヤーは泣きながら叫ぶ。「あなたのこと愛しているからよ!」その夜、ディヤーは自宅へ去って行ってしまう。 ディヤーがムンバイーを去った後、急に元気がなくなってしまったアルジュンは、彼女を追ってプランテーションまで赴く。アルジュンは、マロートラー、ラージ、孤児院の子供たちと仲良くなるが、自分の心を理解し切れていないアルジュンには、ディヤーに思いを打ち明けることができなかった。 そんなある日、孤児院の子供たち全員の誕生日を祝うパーティーが催された。そこへ、かつてラージの孤児院で育って現在米国に住んでいるイシャーン(スニール・シェッティー)がやって来る。イシャーンとディヤーは幼馴染みで、旧交を温めあうが、それを見てアルジュンの心には嫉妬が生まれる。イシャーンがディヤーにプロポーズし、2人の結婚が決まると、アルジュンは傷心のままムンバイーへ帰ってしまう。 ムンバイーへ帰ってもアルジュンは落ち込んだままだった。自分はディヤーに恋していたことを自覚したアルジュンは、イシャーンとディヤーの結婚式に乗り込む。だが、進行していく二人の結婚式を前に、彼は何もすることができなかった。アルジュンはラージにつぶやく。「最後に1回でもチャンスがあれば・・・!」それを聞いたラージは「よし、チャンスをやる」と言う。 実はイシャーンとディヤーの結婚は、アルジュンにディヤーとの結婚を促すためにラージが仕組んだ茶番劇だった。イシャーンと共に火の回りを回っていたのは、彼の本当の婚約者プリヤー(ディヤー・ミルザー)だった。アルジュンはディヤーにプロポーズをする。
伝統的「インド映画の方程式」に則って作られた純インド映画。今をときめくセレブ・カップル、ヴィヴェーク・オーベローイとアイシュワリヤー・ラーイの、現実世界の仲睦まじさを想起させる恋愛劇。いかにも映画らしい甘い名ゼリフの連発は小気味良く、ヴィヴェークを中心としたコメディーシーンも抜群の冴えだし、シャンカル=エヘサーン=ロイの音楽やミュージカルシーンにも死角なし。現在ヒット中の「Mujhse Shaadi Karogi」(2004年)と同じような筋だったのが不幸な点だったが、インド映画ファンは十分満喫できる映画である。
冒頭のクレジットシーンは、美しい山と河の風景が映し出され、ヴィヴェークとアイシュワリヤーの名前が同時に登場する。本編が始まってまず現れるのはディヤー役のアイシュワリヤー。普段よりも表情豊かで目の動きがキュートなのが印象的だった。その次の登場するのはアルジュン役のヴィヴェーク。映画館にクスクスと笑いが漏れるほどのかっこよすぎる登場の仕方(かっこいいことはかっこ悪いことなのだ・・・)。いきなり放つセリフが「アルジュンの辞書に恋愛と敗北の文字はない。」このセリフは以後、何度も出てくる。一方、ディヤーの口癖は「恋に落ちるのに時間は必要ない。一瞬で十分。」お見合い結婚派のアルジュンと、恋愛結婚派のディヤー。これだけ聞いただけで、インド映画ファンなら大体の筋書きが分かってしまうだろう。
少し面白いのは、周囲の人々が二人のお見合い結婚と恋愛結婚を同時に実現させようと画策するところだ。ディヤーとアルジュンは実はお見合い相手でもあり、また二人の両親たちは二人を自然に恋に落ちさせようとしていた。ムンバイーのアルジュンの家に居候し始めたディヤーは、アルジュンと一緒にボーリング大会に出場したり、ダンスコンテストに出たりする。最初に恋してしまうのはディヤーだった。しかし鈍感なアルジュンは全く彼女の心を理解しなかった。アルジュンは恋愛が何なのかも分かっていない男だった。まさに彼の辞書には恋愛という文字がなかったのだ。ただ彼は、愛している人をからかうことでしか、自分の気持ちを表現できなかった。アルジュンはディヤーを何度もからかうが、彼がさいごにしでかした悪戯は、ディヤーの心を深く傷つけた。親友のヴィナイの誕生日パーティーの日、アルジュンはヴィナイにメッセージ花火をプレゼントする。打ち上げられた花火に書かれていたのは「Diya I Love You」。それを見てディヤーは感動するが、その次に打ちあがったメッセージを合わせると「Diya I Love You Vinay」。つまり、これはアルジュンのジョークで、ディヤーがヴィナイに愛の告白をしているメッセージだった。これに怒ったディヤーは、「あなたの辞書には感情という文字もないのね!」と言って、翌日早朝、ムンバイーを去ってしまう。ここで前半が終了する。
後半、舞台はディヤーの故郷であるコーヒー・プランテーションに移る。非常に美しい場所だったが、どうやらここはカルナータカ州南部のクールグ丘陵らしい。また、アミターブ・バッチャン演じるラージが大活躍するのも後半である。ディヤーを追ってやって来たアルジュンだったが、二人の間に特に進展はなかった。ラージは二人の結婚作戦に加わり、彼の孤児院で育ったイシャーンの来訪を機に彼を利用することにする。イシャーンはディヤーにプロポーズし、彼らの結婚はアルジュンの目の前で決定する。ラージの作戦通り、アルジュンは嫉妬と失望で傷ついてムンバイーへ帰ってしまう。ムンバイーで父親がアルジュンに言うセリフは良かった。「恋愛にシャーヤド(多分)はない。恋をしたか、してないか、どちらかだ。」その言葉をきっかけに、アルジュンはディヤーの元へ取って返す。アルジュンが結婚前のディヤーに会うシーンは、「Devdas」(2002年)のデーヴダースとパーローのシーンを思い起こさせる。アルジュンは「心を打ち明けるために来た」と言うが、ディヤーは「もう遅いわ」と冷たい返事。それ以上言葉を続けることができなかったアルジュンは、イシャーンとディヤーの結婚を泣きながら見つめる。「オレは恋愛で敗北してしまった・・・。」インドの結婚の儀式は、新郎新婦が火の回りを7回まわることにより完了する。しかしこのとき、花嫁の頭には深くショールがかぶさっており、顔が見えないのがミソになっていた。実はイシャーンと結婚式を挙げたのは、彼の本当の婚約者プリヤーで、ディヤーはアルジュンのプロポーズを待っていたのだった。アルジュンはディヤーに「愛してる」と気持ちをストレートに伝える。
一言で総括してしまうならば、前半はアイシュワリヤーのため、後半はヴィヴェークのためにある映画だった。前半では、アルジュンに恋するアイシュワリヤーの表情が素晴らしく、後半では自分の本当の気持ちと格闘するヴィヴェークの表情がよかった。おそらく女性の観客はアイシュワリヤーに共感し、男性の観客はヴィヴェークに共感できるだろう。
センセーショナルというか、ショックだったのは、あのアイシュワリヤーがキスをしたことだ。アイシュワリヤーは、映画中一切キスをしないことで有名である。ベッドシーンなどもってのほか。そのアイシュワリヤーが、ヴィヴェークと唇を合わせるシーンがあった。現実世界で付き合っている男優がキス相手だったからこそ実現したレアシーンだと言える。おまけにスニール・シェッティーの頬にキスするシーンまであった。アイシュワリヤーのキス解禁という、おめでたいのだか残念なのだか、よく分からない記念映画となった。だが、噂によると今度彼女が出演するハリウッド映画でもキスシーンがあるらしい・・・。
アイシュワリヤー、ヴィヴェーク共に、演技もダンスも素晴らしかった。敢えて言うなら、アイシュワリヤーは特別美しく、ヴィヴェークは特別キュートに映っていたように思える。ヴィヴェークが列車の中でコーラを売り歩くシーンは爆笑ものだ。脇役陣では何と言ってもアミターブ・バッチャンが大活躍だったが、必要以上にハッスルしすぎで謎のキャラになっていたように思える。彼の口癖は「カモン、チャーリー!」だった。全く意味不明なんだが・・・。
最後にディーヤー・ミルザーが出て来たのには意表を突かれた。ディーヤー・ミルザーはアイシュワリヤーを小さくしたような女優で、非常に顔が似ているのだが、その特徴を監督はうまく使ったと言える。
映画の所々にはいろんなオマケというか遊びがあった。ラリーがあり、ボーリング大会があり、ダンス大会があり、借り物競争あり。駅のシーンは、ヒンドゥスターン・タイムス紙とタイムズ・オブ・インディア紙の宣伝合戦を微妙にパロったものだが、インドに住んでいないとこのパロディーは分からないだろう。
音楽監督のシャンカル=エヘサーン=ロイはますます腕を上げている。「Pyaar Mein Sau Uljhanein」は、ハリウッドのミュージカル風の曲。アルジュンとディヤーの結婚観の相違がよく現れている。「Main Hoon」のミュージカルでは、黒ぶち眼鏡をかけたヴィヴェークとアイシュワリヤーを見ることができる。ヴィヴェークはシャールク・カーンっぽいコミカルなダンスを踊っている。「No No」はラップ調のダンスナンバー。アイシュワリヤーとヴィヴェークの本気の踊りを見ることができる。特にアイシュワリヤーはジャネット・ジャクソンみたいだ。「Baat Samjha Karo」ではアミターブ・バッチャンが独特の踊りを披露する。基本的にミュージカル・シーンへの入り方は少し強引だった。
「Kyun! Ho Gaya Na…」は、ストーリーを楽しむこともできるし、俳優を楽しむこともできるし、コメディーを楽しむこともできる優れた映画だ。個人的には、「Devdas」の主人公デーヴダースが、パーローを手に入れることができたような錯覚に陥って胸が熱くなった。ハッピーエンドの「Devdas」と言っていいかもしれない。ただし、アイシュワリヤーの熱狂的ファンで、心臓の弱い方にはオススメできない・・・。