今日はPVRアヌパム4で、2004年7月23日公開の新作ヒンディー語映画「Asambhav」を観た。題名の意味は「不可能」。監督はラージーヴ・ラーイ、音楽はヴィジュ・シャー。主演はアルジュン・ラームパールとプリヤンカー・チョープラーだが、脇役が非常に多く出演し、脇役俳優のオールスターキャストと言ってよい。ナスィールッディーン・シャー、シャラト・サクセーナー、ヤシュパール・シャルマー、ラージェーシュ・ヴィヴェーク、ムケーシュ・リシ、ミリンド・グナージー、モーハン・アーガーシェーなどなど、個性的な脇役がたくさん登場する。登場人物が多いだけあって、ストーリーを追うのがけっこう難しい映画である。
インド大統領(モーハン・アーガーシェー)は娘のキンジャル(ディーパーンニター・シャルマー)と共に、余暇を過ごしにスイスのロカルノへやって来た。ところが大統領はマブロース(シャーワル・アリー)率いる庸兵団に拉致され、湖の中にあるブリッサーゴ島に娘と共に軟禁されてしまう。大統領は連絡手段を奪われて外部と連絡することができなかったが、キンジャルは何とかインド政府に一瞬だけ電話をすることに成功し、大統領拉致の報は政府上層部だけに知られることとなった。 大統領拉致には多くの団体が関わっていた。主導していたのは、パーキスターンの諜報機関ISIのアンサーリー(ミリンド・グナージー)将軍であり、カシュミール独立を目指すパシュトゥーン人、ユザーン(ムケーシュ・リシ)率いるテロ集団アル・ハマスが実行部隊だった。アル・ハマスはマブロース庸兵団を使って大統領を拉致するが、その見返りとしてマブロースは5千万ドルを要求していた。その金を工面するため、麻薬密輸組織を率いるダブラール(アーリフ・ザカリーヤー)と、スイスに住むインド人億万長者、サミール(ナスィールッディーン・シャー)が利用された。まず、ダブラールはサミールの経営するバーで踊る踊り子をインドでスカウトした。それがアリーシャー(プリヤンカー・チョープラー)だった。アリーシャーは音楽器材と共にスイスへ渡ったが、その器材の中には大量のドラッグが隠されていた。アンサーリーらは、そのドラッグをスイスのマフィアに売り、5千万ドルの現金を手にした。あとは、その現金をマブロース庸兵団に渡し、大統領の身柄を引き受ければ、カシュミール独立計画が実現するはずだった。 ところが、インド政府は特殊部隊のアディト・アーリヤ(アルジュン・ラームパール)をスイスに送り込んでいた。アディトは表向きはインディア・タイムズ誌の記者として、相棒のバトナーガル(ジャミール・カーン)と共にインド大使館、大統領、サミールらと接触した。その過程でアディトはアリーシャーとも出会う。アリーシャーと共にスイスに来た友人のシルパーは、音楽器材の中のドラッグなどに気付いてしまったため、アンサーリーに殺されてしまっていた。それを目撃したアリーシャーはインドに逃げ帰ろうとしていたのだが、偶然アーディトと出会い、彼に助けてもらうことになる。 アディトは単身ブリッサーゴ島に忍び込み、大統領の娘キンジャルを救出する。ところが同時に、アンサーリーの本当の計画を知ったサミールもブリッサーゴ島に潜入していた。サミールは大統領を誘拐し、アンサーリーらに5千万ドルを要求する。アンサーリーは仕方なくサミールに5千万ドルを払い、大統領を取り戻す。 一方、スイスのインド大使館の内部にテロリストと密通している者がいることが明らかになった。サミールと裏でつながっていた大使館員のランジート(ヤシュパール・シャルマー)は、自分の首が飛ぶことを恐れたが、実はテロリストと内通していたのは、サリーン大使(シャラト・サクセーナー)と秘書のブラール(トーラー・カスギル)だった。それを突き止めたアディトは2人を追うが、その過程で罠にはまり、アンサーリーに捕まってしまう。それでもアディトは窮地を脱し、アンサーリーやユザーンらを始末して大統領を救出する。また、5千万ドルを手に入れたサミールは、サリーン大使やマブロースたちの襲撃を受けるが、何とか彼らを一掃する。こうして、国際的テロ網が絡んだ大統領誘拐事件は解決したのだった。
複雑に絡み合ったストーリー、ほぼ全編スイス・ロケ、個性的俳優陣、豪華なミュージカルシーンと、野心的なアクション大作ではあったが、あまりに登場人物が多すぎて、しかも展開がめまぐるしいため、消化不良気味。敢えて見所を挙げるならば、アルジュン・ラームパールとナスィールッディーン・シャー、そしてプリヤンカー・チョープラーだろう。
アルジュン・ラームパールはモデル出身のハンサム男優だが、いい作品に恵まれなかったためか、2001年のデビュー以来しばらくくすぶっていた。日本人受けする二枚目な顔やスラッとした体格はいいとしても、声が太すぎて何をしゃべってもセリフ棒読みっぽく、身体の動きが硬くてダンスが得意ではない印象が強かった。よって、モデルとしては成功しているとしても、俳優としては扱い所が難しいキャラクターだった。デビュー作からアクション、ロマンス、コメディーなど各分野に挑戦したが、どれもイマイチしっくりこなかった。ところが、「Tehzeeb」(2003年)で演じた文学者役はなかなか彼に似合っており、ダンディーな役で攻めていくといいことが分かった。「Asambhav」では、「007」シリーズのジェームズ・ボンドのような、ダンディーで女に優しい頼れる男、という感じの役で、アルジュンの個性をさらに磨き上げることに成功していた。アルジュンのファンは必見の映画だと言えるだろう。
アルジュンの演技もよかったが、やはりインド随一の演技派男優、ナスィールッディーン・シャーは別格だ。成り行きでインドを救う億万長者という憎い役を演じていた。アンサーリーたちから5千万ドルを奪うと決めたときの表情がすごいよかった。
元ミス・インド&ミス・ワールドのプリヤンカー・チョープラーも以前にも増して大女優の卵のオーラが出てきた。今回はボンドガールみたいな役柄で、いくつかのミュージカルシーンでゴージャスな踊りを披露していた。ただ、まだ高度な演技を要求される役はあまりこなしていない。見た目の華やかさと踊りのうまさがセールスポイントになっているだけ、つまり映画の飾りに近い役柄が多いので、もっと演技を磨いて、真の大女優に躍進してもらいたいと思う。
実は上記の三人はどれも僕の好きな俳優なので、個人的に俳優の演技やダンスを楽しむことができた。
あらすじの上には脇役陣の名前をズラッと並べたが、その内特筆すべき俳優を挙げていく。サリーン大使を演じたシャラト・サクセーナーは、お父さん役、悪役、警察官役など、マッチョで威厳のある役を演じることが多い。最近の映画では、「Tumko Na Bhool Paayenge」(2002年)で演じたお父さん役が名演だった。大使館員ランジートを演じたヤシュパール・シャルマーは、「Lagaan」(2001年)で裏切り者ラカーを演じた男優である。悪役、というより、裏切り者役を演じることが非常に多く、彼が出てくるだけで、「あ、こいつが裏切り者だな」と分かってしまうほどだ。「Asambhav」でも彼は裏切り者役だったが、本当の裏切り者は別にいたので、そういう観客の心理を逆手に利用したと思われる。パンディトジーを演じたラージェーシュ・ヴィヴェークも「Lagaan」に出演していた。一度見たら忘れない、ヒゲもじゃのサードゥ、グランを演じた男優である。アル・ハマスの指導者、ユザーンを演じたムケーシュ・リシも、シャラト・サクセーナーと同じく、善玉悪玉問わず、マッチョで威厳のある役を演じることが多い。「Indian」(2001年)ではテロリスト役で出演し、主役のサニー・デーオールと死闘を繰り広げた。ISIのアンサーリー将軍を演じたミリンド・グナージーは、何と言っても「Devdas」(2002年)のにっくきカーリーバーブー役が有名だ。チャンドラムキーに求婚し、断られると彼女の邪魔をするという、男の風上にも置けない行為をしていた。彼の独特の含み笑いは、いやらしい男役にピッタリである。大統領を演じたモーハン・アーガーシェーは、役者の他に、精神病医かつプネーのインド映画学校の校長でもある。1970年代から多くの映画に出演しており、「Gandhi」(1982年/邦題:ガンジー)にも出ている。個人的には「Paap」(2003年)のお父さん役が一番印象に残っている。こうして見てみると、インド映画を脇から支える俳優大集合の「Asambhav」は、脇役俳優図鑑みたいな映画である。
監督の趣味なのか何なのか知らないが、映像の特殊効果がよく入っていた。例えば画面が頻繁に分割されたり、人物の動きに残像が入ったりしていた。しかし、それらの効果は効果的に用いられているとは思えなかった。目障りだったと言ってもいい。
言語的に面白かったのは、ユザーンやアル・ハマスのグループが話していたヒンディー語である。彼らは、アフガニスタンやパーキスターンに多く住むパシュトゥーン人とのこと。よってパシュトゥーン語訛りのヒンディー語を話すのだが・・・例えば「~です」という意味のヒンディー語のコピュラ動詞「ハェ」を、彼らは「ホイ」としゃべっていた。パシュトゥーン人がヒンディー語を話すと本当にそうなるのかは知らないが、癖になりそうな響きだった。しかし、パシュトゥーン人の集団がなぜカシュミール独立を夢見るのだろうか・・・。
俳優を見るためなら、「Asambhav」は十分観る価値のある映画である。しかし、ストーリーやアクションを楽しもうと思ったら・・・あまり期待しない方がいいかもしれない。特にこの複雑なストーリーは、言葉が分からないと理解は「Asambhav(不可能)」だと思われる。