Julie

2.0
Julie
「Julie」

 2004年のヒンディー語映画界は今のところ概して順調だと言える。ヒットすべき映画がヒットしているし、低予算ながら高品質の映画もいくつかリリースされた。まだ2004年は半分を過ぎたところだが、早急ながら今までの2004年のヒンディー語映画の特徴を一言で表現するなら、「性描写の露骨化」だと思う。大胆な性描写の映画、または性をテーマに扱った映画――例えば「Tum?」(2004年)、「Murder」(2004年)、「Girlfriend」(2004年)など――が連続しており、いったいインド映画界はこの先どうなっていくのか、期待と困惑の混じった視線を送っているところである。

 そんな中、2004年7月23日に公開され、現在世間を騒がしている話題のヒンディー語映画が「Julie」である。同名のコールガールが主人公の映画で、ポスターも主演女優の大胆なセミヌード。監督はディーパク・シヴダーサーニー、音楽はヒメーシュ・レーシャミヤー。キャストは「Qayamat」(2003年)のネーハー・ドゥーピヤー、サンジャイ・カプール、プリヤーンシュ・チャタルジー、ヤシュ・トーンク、アチント・カウルなど。

 今日は「Julie」をPVRアヌパム4で観た。今週は「スパイダーマン2」(2004年)が封切られたため、群集はそちらへ流れるかと予想していたが、意外や意外、「Julie」も大ヒット中で、朝11時の回にも関わらず映画館は満席だった。

 ゴアで生まれ育ったジュリー(ネーハー・ドゥーピヤー)は、恋人のニール(ヤシュ・トーンク)と結婚するのを夢見る純粋な少女だった。大金持ちになる野望を抱いていたニールはある日、「結婚するには金が必要だ」と言って、一獲千金を夢見てマンガロールへ旅立った。ニールは野望通り大物になって帰って来るが、そのそばには別の婚約者がいた。

 絶望したジュリーはゴアを去ってムンバイーへ行き、親友のディンキーのアパートに住み始める。ジュリーはインテリアデザイナーの職に就くことができ、同じくインテリアデザイナーのローハン(サンジャイ・カプール)と親しくなる。やがて2人は婚約を交わすが、ローハンは仕事のことしか考えていない男で、ジュリーに依頼主と一晩寝るよう求める。ジュリーはまたも男に裏切られる。打ちひしがれたジュリーはコールガールとなってしまう。

 そんなある日、ジュリーは偶然、大物若手実業家のミヒル・シャーンディリヤー(プリヤーンシュ・チャタルジー)と出会う。ミヒルはジュリーの職業を知らなかったが、彼女に恋してしまい、遂にはプロポーズをする。ミヒルは彼女を自分の家族にも引き合わせるが、ジュリーは自分の正体を明かせずにいた。

 ミヒルはTVのインタビュー番組でもジュリーについて語っていた。それを見て耐え切れなくなったジュリーは、単身TV局に乗り込む。ジュリーは自分がミヒルの恋人であり、実はコールガールであることを明かし、生放送でインタビューに答えることになる。ジュリーのインタビューは世間の話題を呼び、シャーンディリヤー財閥を巻き込んだスキャンダルとなる。ジュリーはインタビューにおいて、自分がコールガールになった顛末を話し、ミヒルに対して謝る。が、そこへミヒルが駆けつけ、「君がコールガールであろうと何であろうと、君への愛は変わらない」と言って、改めてプロポーズをする。

 話題の方が先行し過ぎていて、実際には駄作に近い映画だった。期待していたほど性描写も激しくなく、ストーリーもどちらかというと純粋だった。同じようなテーマの「Chameli」(2004年)と比べたら、断然「Chameli」の方に軍配が上がる。

 上のあらすじは時間軸に沿って書いたが、映画ではジュリーがミヒルのインタビュー番組を見るところから始まる。ジュリーはTV局へ行き、「私はコールガール、売春婦よ!」と宣言する。そこから過去に話は戻り、ジュリーがコールガールになった顛末が描かれる。そこで一度時間は現在に戻り、もう一度ジュリーとミヒルの出会いが過去に戻って語られ、最後はジュリーのインタビュー生放送とミヒルの乱入でハッピーエンドとなる。

 いろいろ突っ込み所はあるのだが、ジュリーはTVに出てまでミヒルに正体を明かす必要が果たしてあったのか、というのが最大の謎である。その後、ミヒルがTV局に駆けつけてくる辺りは、インド映画的大袈裟さというか、まさに劇的な幕切れだった。ただ、そこでミヒルが語った内容はよかった。「シャーンディリヤー財閥は今まで、売春婦を救済したり、無料のコンドームを配ったりして社会に貢献してきたし、人々はそれに対して賞賛を送って来た。今、自分の愛する人がコールガールであると知って、求婚を取り消すのは我が家の信条に反する。私がコールガールと結婚することは、シャーンディリヤー家の家名を汚さないばかりか、さらに家名を上げることになるだろう」みたいなことを言っていた。

 際どいシーンは、ジュリーとニールのベッドシーン、ジュリーとローハンのベッドシーンくらいだ。身体中に「I Love You」とペンで書かれてジュリーがベッドに横たわるシーンは気持ち悪かった。あとは、途中に挿入されるミュージカル「Ishq Tezaab Hai Rabba」の中、女性ダンサーたちがいやらしい踊りを踊っていたのが印象に残っただけだ。

 ジュリーを演じたネーハー・ドゥーピヤーは、1980年ケーララ州コーチン生まれ。2002年のミス・インディアで、「Qayamat」(2003年)などに出演していた。実は「Devdas」(2002年)のチャンドラムキー役は当初彼女にオファーされたというが、「Julie」にて晴れて(?)売春婦役をゲットすることになった。今まで大した活躍ができなかった彼女は、この映画で女優としての将来を賭けたといっていいだろう。果たしてそれが吉と出るか凶と出るか、まだ分からない。一応「Julie」はヒットしているが、インドでは容易に肌をさらした女優に明るい未来を用意しない風潮があるので、よっぽど大ブレイクしない限り大成功は難しいだろう。個人的には、汚れ役よりも純粋な役が似合う顔をしているので、アミーシャー・パテールみたいにお嬢様路線で売り出した方がよかったのではないかと思っている。

 舞台はムンバイーだったはずだが、途中から急にデリーに移り、インディラー・ガーンディー国際空港やらプラガティ・マイダーンなどが登場した。ミヒルの自宅として使われていた「ホワイト・ハウス」も、ヴァサント・クンジ南部にあるファームハウスだと思われる。ゴアのシーンはおそらく本当にゴアで撮影されていただろう。

 売春婦の問題を問う社会派映画でもないし、「プリティ・ウーマン」(1990年)のようなロマンチックコメディーでもないし、「Chameli」のようなビターな大人の映画でもなかった。基本は、昔のハリウッド映画やインド映画で使い古された「普通の女の子が大金持ちの独身男性と結婚する」というプロットからそう外れていない。見るべきところは、「Murder」に氷を入れて薄めた程度の性描写、ということに落ち着くだろうか・・・。