Befikre

4.0
Befikre
「Befikre」

 ヒンディー語映画界最大のコングロマリット、ヤシュラージ・フィルムスの会長兼社長アーディティヤ・チョープラーは、インド映画史に残る名作の数々をプロデュースして来たが、監督としては寡作であり、2000年代までは「Dilwale Dulhania Le Jayenge」(1995年)、「Mohabbatein」(2000年)、「Rab Ne Bana Di Jodi」(2008年)の3作しかない。2016年12月9日公開の「Befikre(脳天気)」は、彼の4作目の監督作となる。普段は若い人材に監督を任せる彼が自らメガホンを握ったことは、それだけで何かある作品だと思わせられる。

 主演はランヴィール・スィンとヴァーニー・カプール。他に、アルマーン・ララン、ジュリー・オードン、アーカーシュ・クラーナー、アーイシャー・ラザー・ミシュラーなど。アルマーン・ラランは、往年の映画監督OPラランの孫で、映画家系と言える。ジュリー・オードンはスイス人モデルである。また、音楽監督はヴィシャール=シェーカル。

 デリーのカロールバーグからパリへやって来たダラム(ランヴィール・スィン)は、フランス生まれのインド人女性シャイラ(ヴァーニー・カプール)と出会い、同棲し始める。だが、二人は喧嘩ばかりで、1年後には別れる。その後、ダラムは複数の女性と付き合う一方、シャイラはしばらく恋愛から距離を置いていた。破局から1年後、破局を祝うために再会した二人は、二度と恋に落ちないように、ポンデザール橋に錠を掛ける。二人の関係は、「元恋人」から「友人」となった。

 シャイラはアナイ(アルマーン・ララン)という銀行マンと付き合い出し、プロポーズされる。シャイラは結婚すべきかどうかダラムに相談する。ダラムは、アナイほどいい結婚相手はいないと、彼女に結婚を勧める。だが、その一方でダラムは、付き合っていたフランス人女性クリスティン(ジュリー・オードン)と結婚することを決める。ダラムとクリスティン、アナイとシャイラは同じ日に同じ場所で挙式することを決める。

 しかしながら、ダラムとシャイラの心には突っかかりがあった。結婚式当日、ダラムは式をぶち壊し、シャイラを連れて逃げ出す。

 新しい恋愛映画の在り方を提示し続けた監督として、ヒンディー語映画界にはイムティヤーズ・アリー監督がいるが、不朽の名作「Dilwale Dulhania Le Jayenge」を撮ったアーディティヤ・チョープラーも、ロマンス映画の名手であることに何の疑いもない。「Rab Ne Bana Di Jodi」は、個人的にオールタイム・ベストのロマンス映画である。「Befikre」も、十分に新しい恋愛映画の形を提案する作品になっていた。

 主人公のダラムとシャイラは、出会ってすぐに身体の関係となり、そこからトントン拍子に同棲を始めた。つまり、二人の関係は「恋人」から始まった。だが、一緒に住んでみると二人の間に不協和音も目立つようになり、1年で破局し、シャイラはダラムのフラット(部屋)を出て行く。その後、二人は度々顔を合わせることになるが、会うたびに衝突があった。この時期の二人の関係は「元恋人」ではあったが、それ以外の名称のない関係であった。破局から1年後、二人は破局記念を祝う。そこで二人は「元恋人」から「友人」となり、二度と互いに恋に落ちないことを約束する。

 「友人」となってからの二人の関係は非常に良好だった。シャイラは、新しく現れた魅力的な男性アナイとの結婚について、ダラムに相談し、ダラムは彼女に結婚を促す。「恋人」→「元恋人」→「友人」と関係性が変わって行った男女が、「親友」と呼べるまでに接近した瞬間だった。ここまでの展開はインド製ロマンス映画としては非常に斬新だった。

 しかしながら、ここからは通常のインド映画の方式に乗っかって行く。シャイラはアナイと、ダラムはクリスティンと結婚することを決めたが、シャイラもダラムも何か釈然としない気持ちを抱くようになる。本心では、違う相手と結婚しようとしていることに気付いていたのである。二人がそれにはっきりと気付いたのは結婚式前日だった。シャナイについては、彼女のことを一番よく分かっている母親からの言葉が、それに気付くきっかけとなった。シャナイは、何か悩みがあると、パラーターを作る癖があった。結婚式前日にも彼女はパラーターを作っていたのである。シャナイは、ダラムも結婚に対して疑問を感じていることを知り、「度胸があるなら壊してみろ」と挑戦する。その挑戦を受ける形で、ダラムは結婚式をぶち壊す。アナイとクリスティンにとっては大迷惑だが、インド映画にはよくある展開である。

 全編フランスでロケが行われている。そもそも、海外を舞台にしたインド映画の走りはアーディティヤ・チョープラー監督自身の「Dilwale Dulhania Le Jayenge」であった。「Dilwale Dulhania Le Jayenge」では、ロンドン在住のNRI(在外インド人)が故郷に恋い焦がれる様子がしんみりと描写されていたが、「Befikre」でも、パリでレストランを営む夫婦が、常にインドを心に抱きながら生活している様子が描かれる。

 海外におけるインド人に対する差別にも少しながら触れられていた。これは、2009年にオーストラリアで起こったインド人連続襲撃事件「カレー・バッシング」などと関連があるだろう。また、プリヤンカー・チョープラーが米国留学時に「カレー臭い」などといじめや人種差別を受けていたことが明らかになり、インド人の間で問題視する意識が高まったこともあった。フランス生まれのシャイラには、学生時代、昼食に持参していたパラーターのせいでクラスメイトからは「臭い」と言われ、友達ができなかった過去があった。彼女がピーナッツバターのサンドイッチを持参するようになったところ、ようやく友達ができた。以降、シャイラはなるべくフランス文化に同化しようと努力して暮らして来た。それでも、人生に悩んだときにはパラーターが恋しくなっていた。故郷に恋い焦がれる在外インド人の気持ちを代弁し、インド本国にいるインド人の自尊心を満足させるようなこの設定は、ヤシュラージ・フィルムスの映画の特徴と言っていいだろう。

 ランヴィール・スィンもヴァーニー・カプールものびのびとした演技をしていた。ランヴィールは尻を出し、ヴァーニーは見事な水着姿を披露した。キスシーンの多いヒンディー語映画としても記録されており、劇中には実に23シーンものキスシーンがある。もちろん、ランヴィールとヴァーニーのキスの回数がもっとも多いが、アナイを演じたアルマーン・ラランとヴァーニーのキスシーンもあった。

 「Befikre」は、ヒンディー語映画界の重要人物アーディティヤ・チョープラーの監督第4作となるロマンス映画。結末はインド映画的にまとまっているが、そこまでの持って行き方にチョープラー監督らしい捻りが見られた。全編フランス・ロケのインド映画であることも特筆すべきである。個人的なオールタイム・ベストの「Rab Ne Bana Di Jodi」ほどではないが、優れたロマンス映画として評価できる。