
2016年12月6日に南アジア国際映画祭でプレミア上映され、インドで2017年3月17日に劇場一般公開された「Mantra(マントラ)」は、デリー在住中産階級の一家それぞれの悩みを描いた群像劇である。ヒングリッシュ映画に分類することができるほど英語のセリフが多い。
監督はニコラス・カルコンゴル。メーガーラヤ州シロン出身という異色の映画監督だ。キャストは、ラジャト・カプール、ルシン・ドゥベー、カルキ・ケクラン、シヴ・パンディト、アーディル・フサイン、ローハン・ジョーシー、ダーニシュ・フサイン、ユーリー・スーリー、マーヤー・クリシュナ・ラーオなどである。
時は2004年。デリー在住のカピル・カプール(ラジャト・カプール)は、「キングチップス」というブランドのポテトチップを製造する会社を経営していたが、ライバル企業キッパー社との競合によって最近は経営難に陥っていた。家庭もうまく行っていなかった。長男のヴィラージ(シヴ・パンディト)は家業を放り出して起業しており、そちらの方で忙しかった。長女のピヤー(カルキ・ケクラン)は自由を求めており、家から出ようとしていた。次男のヴィール(ローハン・ジョーシー)は部屋に閉じこもってチャットばかりしていた。
カピルの大学時代の友人たちは彼にいろいろアドバイスをするが、プライドの高いカピルはなかなかそれに従うことができなかった。ピヤーはディスコで出会った男性にレイプされそうになり、そのことを家族に明かさずふさぎ込んでしまう。ヴィールはチャットで出会った女性と会うが、相手は16歳の彼にとってかなり年上であり、釣り合わなかった。おまけにカピルの妻ミーナークシー(ルシン・ドゥベー)は離婚したいと言い出す。
カピルは悩んだ後、ヴィラージの紹介でM&A仲介者のシャーズィヤー・スィッディーキー(マーヤー・クリシュナ・ラーオ)と会い、キッパー社に工場を買収してもらうことを決める。
カプール家の内外で起こる相互に脈絡のない出来事が連なることでひとつの映画を作り上げていた。とにかく全てがうまくいっていなかった。カピルの経営する工場は経営難に陥っていたし、妻と3人の子供たちもそれぞれバラバラになっていきそうだった。人と人のつながりが希薄になり、家族の絆すら断絶の危機を迎える都市在住中産階級の典型的な家庭を再現していたといえる。
そんな救いのないカプール家ではあったが、やはり家族は家族であり、ギリギリのところで引力を保っている。特にカピルが、経営者として、父親として、そして夫として、変なプライドを捨てることがキーになっていたといえる。昔から飼っていた飼い犬の死をきっかけとしてカピルも考えを改めることにし、工場や「キングチップス」のブランドをライバル企業に売却することを決意する。最後は、カピルが公園で売り子から「キングチップス」を買い、ベンチに座って一人で食べ、そして公園の奥に去って行くというしんみりとしたものだった。決して大団円ではないし、家族がまたひとつになってハッピーになったわけでもないが、現代の諸行無常物語という印象を受けた。
ストーリーにはっきりとした主軸がなく、小さなエピソードを総合して全体像を把握するという高度な鑑賞を要求してくる映画だ。また、インドの中産階級の雰囲気にも慣れ親しんでいる必要がある。それらに波長を合わせることができれば、一定の楽しさが得られる作品なのではないかと思う。
2016年の映画であるが、わざわざ2004年のデリーを舞台にしていた。その意図はよく分からなかった。2004年といえば下院総選挙があった年であり、インド人民党(BJP)政権が敗れ、インド国民会議派(INC)政権が樹立した年でもある。また、映画公開時の2016-17年は再びBJP政権になっている。劇中に登場する「インディア・シャイニング」は、BJPが選挙スローガンとして使ったフレーズだ。当時のインドは経済発展の真っ最中であったが、隣の中国と比べてその発展のスピードやレベルははるかに低かった。どちらかといえば皮肉を込めてこのスローガンが引用されていたと感じられた。
起用されている俳優たちには実力派が多い。ラジャト・カプールはヒングリッシュ映画の中心人物の一人であるし、カルキ・ケクランも多様な演技のできる芸達者だ。ミーナークシー役のルシン・ドゥベーはリレット・ドゥベーの妹である。端役ではあったがアーディル・フサインもいい味を出していた。
「Mantra」は、デリーに住む中産階級の家族が、それぞれ別々の点を中心に弧を描きながらバラバラになっていっていきながらも、かろうじて家族の枠組みの中に留まり、押し寄せる人生の波を越えていこうとする物語である。英語のセリフが多く、ヒングリッシュ映画と呼んでも差し支えないが、この言語的な特徴は監督がメーガーラヤ州出身ということと関係しているかもしれない。観る者を選ぶ映画である。
