
1967年12月1日公開の「Ram Rajya(ラーマの統治)」は、ヴィジャイ・バット監督がインド独立前の1943年に作った同名映画を四半世紀後に自分でリメイクした作品である。1943年の「Ram Rajya」は、マハートマー・ガーンディーが生涯唯一鑑賞した映画になるなど、大成功を収めたが、この1967年の「Ram Rajya」は興行的に振るわなかった。
1943年版と1967年版を見比べてみると、脚本はほとんど同じである。ただし、挿入歌はヴァサント・デーサーイーが作曲し、バラト・ヴャースが作詞していて、挿入歌は全て入れ替わっている。今回、バット監督の息子プラヴィーン・バットが撮影監督を務めているが、彼は「Raaz」(2002年)や「1920」(2008年)などの監督ヴィクラム・バットの父親だ。1943年版は白黒映画だったが、1967年版はカラーになっている。
ラーマ役はクマール・セーン、スィーター役はビーナー・ラーイが演じている。他に、バドリー・プラサード、カナイヤーラール、ファリーダー、アニル・クマール、ジャイ・ヴィジャイ、スネーハラター、ゴーピー・クリシュナなどが出演している。
あらすじは1943年版と同じなのでそちらを参照していただきたい。ここで問題にしたいのは、インド独立前に作られた「Ram Rajya」と、インド独立から20年後に作られた「Ram Rajya」で、込められたメッセージにどんな違いがあるかである。
1943年版の「Ram Rajya」には、ビルマやスリランカまで含めた「統一インド」の地図が掲出されるなど、独立運動の機運を盛り上げる意図が明確に込められていた。また、民に仕えることを第一と考える為政者を「理想の統治者」として持ち上げており、英国から独立を勝ち取って、理想国家を建国する夢と希望に燃えている様子もうかがえる。
だが、1967年版の「Ram Rajya」は、同じ脚本のはずだが、不思議と政治的なメッセージが希薄だ。その結果、単純に「ラーマーヤナ」の第7巻ウッタラーカンダ(後の巻)を映画化しただけの、純粋な神話映画になっている。むしろ、カラー化したことで安っぽさが目立つようになってしまった。ラーマの王宮の美術や、終盤の戦争シーンなど、確かに目をみはるような場面はあったのだが、それらのほとんどは1943年版で既に実現されていたものであり、全体的には神秘性が減ってしまった。
時代の変化と共に、スィーターの評価も変わってしまったようだ。1940年代にはまだ、夫に従う貞淑な女性を理想像とする物語は何の疑問もなく受け入れられたが、1960年代になると、女性の貞操を過度に重視する家父長制社会を甘受するスィーターの存在は、時代遅れになってしまった。スィーター役を演じたビーナー・ラーイは1950年代に人気を博した女優だが、「Ram Rajya」撮影時には既にキャリアの晩年期にあった。「Ram Rajya」の主人公はラーマ、ラヴァ、クシャよりもむしろスィーターであり、既に30代後半に差し掛かっていたビーナーには荷が重かった。
1943年版と1967年版を言語学的に見比べてみたとき、それほど違いはなかった。基本的にはサンスクリット語由来の語彙が使われているが、アラビア語・ペルシア語由来の語彙も引き続き使われている。相違点として唯一気付いたのは、1967年版にはアラビア語からの借用語「लेकिन(しかし)」が一度も使われていなかったことだ。1943年版では何度も使われていた。
「Ram Rajya」は、ヴィジャイ・バット監督が四半世紀前に作った同名作品のセルフリメイクだが、前作ほどの成功を収めることはできなかった。独立前、英国当局の検閲をかいくぐって独立運動のメッセージを届けた1943年版の熱量はもはや感じられず、純粋な神話映画に成り下がってしまった。鑑賞するならば、白黒にはなるが、1943年版をおすすめする。
