Bhuvan Shome

4.0
Bhuvan Shome
「Bhuvan Shome」

 1969年5月12日公開の「Bhuvan Shome」は、インドの映画市場を占有していたメインストリームの大衆娯楽映画とは一線を画したニューウェーブ映画時代の到来を告げた記念碑的作品である。インド映画テレビ学校(FTII)で西洋的な映画の手法を学んだ新世代の監督や俳優たちが中心となり、映画金融公社(FFC)および国家映画開発公社(NFDC)から資金援助を受けて作られたアート映画の数々は、後に「パラレル映画」と呼ばれるようになり、それらの作品群は1970年代から80年代のインド映画界において確かな存在感を示した。その先鞭をつけたのがムリナール・セーン監督の「Bhuvan Shome」だったと評価されている。

 ただし、ムリナール・セーン監督はFTIIの卒業生ではなかった。パラレル映画のもうひとつの大きな原動力であるインド人民演劇協会(IPTA)のメンバーであり、マルクス主義に傾倒していた。彼は1955年から映画を監督し始めたが、FFCから初めて資金援助を受けて作られたのがこの「Bhuvan Shome」であった。

 キャストは、ウトパル・ダット、スハースィニー・ムレー、シェーカル・チャタルジー、サードゥ・メヘルなどである。また、まだ俳優としてデビュー前だったアミターブ・バッチャンがナレーションを務めている。

 題名の「Bhuvan Shome」は、主人公のベンガル人の名前である。「Shome」とあると「ショーム」とつづりたくなるが、映画の中では彼は一貫して「ブヴァン・ソーム」と呼ばれていたので、下記のあらすじでもそのように表記している。

 インド鉄道に務めるブヴァン・ソーム(ウトパル・ダット)は規律にうるさいベンガル人だった。部下の車掌ジャーダヴ・パテール(サードゥ・メヘル)が乗客から賄賂を受け取っていたと知らされ、彼を解雇しようとしていた。

 ソームは最近、狩りにはまっており、休暇を取ってグジャラート州に鳥の狩りに出掛ける。ソームは牛車を雇って鳥の生息地まで行こうとするが、途中で獰猛な水牛に襲われ、牛車乗りとはぐれてしまう。砂漠の中で途方に暮れるソームを助けたのが地元に住む天真爛漫な少女ガウリー(スハースィニー・ムレー)であった。ガウリーはソームを自宅に案内し、父親共々彼を歓待する。ソームは、ガウリーがジャーダヴの許嫁であることに気付く。

 昼食後、ガウリーはソームに地元の男性が着る伝統衣装を着せ、鳥の生息地近くに建つブート・バングラー(お化け屋敷)に彼を連れていき、そこから鳥の群れを見せる。次に彼女は彼を近くの砂丘まで案内する。ガウリーの手助けもあってソームは何とか1匹仕留めるが、弾が当たったわけではなく、銃声に驚いて落下してしまっただけだった。それでもガウリーは鳥を抱え、ソームを再び自宅まで連れて行く。着替えたソームは鳥を受け取って帰ろうとするが、途中で考え直し、鳥をガウリーに預ける。

 休暇明けにオフィスに出勤したソームは、ジャーダヴを呼び出し、彼の行いをとがめた後、次から気を付けるようにと注意しておとがめなしとした。

 まずは効果音と音楽の中間のような疾走感のあるBGMと共に、走行する列車から線路を映したと思われる映像が続き、度肝を抜かれる。その映像からは、この先にただならぬ体験が待っていることが予感させられ、いやが上にも期待感が高まる。インドにおけるアニメーションの第一人者ラーム・モーハンによるアニメーションも随所に使われており、ユニークな視覚効果を与えている。効果音もどこかアニメ的だ。

 ただ、物語自体は非常に単純である。描かれている出来事は本当に何でもないことだ。頑固なベンガル人のおじさんがグジャラート州の田舎に鳥の狩猟へ行く。牛車乗りがやたらスピードを出したり、突然荒くれ水牛が襲ってきたりと、多少の冒険はあるが、大した緊張感はない。むしろ牧歌的である。序盤に映画の目的が設定されないので、物語がどちらの方向へ向かっているのかがよく分からず、退屈ですらある。

 しかしながら、ガウリーの登場によって映画は一気に明るくなる。ガウリーは地元の純朴な少女であり、人を疑うことを知らない。父親からの言い付けもあって、ガウリーはソームの狩りを一生懸命支える。ソームが狩りの初心者であることもお見通しだった。ガウリーは自然と共に生きる民として動物に特別な愛情を抱いていたと思われるが、狩猟に来たソームを敵視するようなこともなかった。本当に純粋にソームを客人扱いし、彼の狩りにも全身全霊で協力する。

 偶然のことながら、ガウリーの許嫁はソームの部下ジャーダヴであった。ソームは、ジャーダヴが乗客から収賄したと報告を受け取っており、今にも彼をクビにしようとしていた。ガウリーはジャーダヴから、職場にソームという厳格な上司がいることも聞いていた。だが、彼女は目の前にいるのがソームだとは気付かなかった。ガウリーは、そんなことは知らず、収賄は正当化されると主張する。乗客が自分からお礼としてジャーダヴに運賃以上のお金をくれてしまうのだという。ソームは、そんなバカなとは思うが、ガウリーは、ソームが人々から人気がなくて賄賂ももらえないために嫉妬しているのだろうと話す。

 柔よく剛を制するというが、ガウリーのそんな底抜けの純粋さはソームの頑固な気持ちを溶かした。ガウリーと共に過ごした短い時間はソームの人生観を変え、善と悪の二元論ではない余裕を認めることができるようになった。ソームはジャーダヴの不祥事をもみ消した。また、ガウリーは決してソームに上から目線で「動物を愛護しろ」みたいなことは言わなかった。だが、彼女の動物を愛する気持ちは自然とソームの心を穏やかにし、せっかく狩った鳥をガウリーに託して帰るほど豹変していた。

 IPTAに参加していたムリナール・セーン監督は左派思想の映画監督だといえるが、「Bhuvan Shome」からはマルクス主義などよりもむしろ、マハートマー・ガーンディーの非暴力主義を感じる。非暴力主義は人間の良心を刺激し、自発的な改心をもたらす。大した出来事が起こっているわけではないが、ソームの内面には劇的な変化があった。

 映画はグジャラート州でロケが行われている。グジャラート州にはピンクフラミンゴなどの渡り鳥が飛来する有名な鳥獣保護区が点在しており、「Bhuvan Shome」もそのような場所で撮影されたのだろう。ただ、密猟は厳禁なはずである。

 「Bhuvan Shome」は、日常の延長線上にあるちょっとした出来事を映像化しながら、頑固者の中年男性が天真爛漫な少女の純粋さによって心を癒やされ、より余裕をもって人生を生きることができるようになるという作品だ。この作品から本格的なパラレル映画運動が始まったと評価されている。また、アミターブ・バッチャンが初めて映画界に進出した作品であることも特筆すべきである。歴史的に意義のある作品であり、今観ても新鮮さが感じられる佳作である。