イムティヤーズ・アリー監督の名作「Rockstar」(2011年)の冒頭で、以下のヒンディー語の詩が詠まれる。
पता है, यहाँ से बहुत दूर, ग़लत और सही के पार
एक मैदान है, मैं वहाँ मिलूँगा तुझे
知ってるかい、ここから遙か遠く、善と悪を超えたところに
ひとつの平原がある、僕はそこで君と会う
これは、13世紀のペルシア語詩人ジャラールッディーン・ルーミー(Jalaluddin Rumi)の詩だとされている。ルーミーは、インドに来たことはないが、インドで絶大な人気を誇る。アリー監督もルーミーのファンだと公言している。「Rockstar」は、ルーミーの詩からインスパイアされて作られた映画だといえる。
ルーミーは1207年、現在のタジキスターンにて法学者の家に生まれた。この時代はイスラーム世界がモンゴル軍の襲来にさらされており、彼の家族は難を逃れるために西進し、バグダードやダマスカスなどを放浪した後、アナトリア(小アジア)のコンヤに定着した。ルーミー自身も父の跡を継いで法学者として身を立てていたが、1244年にスーフィー聖者シャムス・タブリーズィーと出会ったことで、彼の人生は急転回する。ルーミーはタブリーズィーに心酔し、彼の弟子となって、ともに各地を放浪するようになった。しかしながら、1248年にタブリーズィーが謎の失踪を遂げるとルーミーはコンヤに戻り、失意の中、詩作に没頭するようになる。この時代、「マスナヴィー」や「ディーヴァーネ・シャムス」といった彼の代表的な詩集が編纂される。ルーミーは1273年にコンヤで死去した。
コンヤは現在のトルコにある。リベラルなイスラーム教国家のトルコにありながら、コンヤは保守的なイスラーム教徒の牙城になっている。トルコでルーミーは一般的に「師匠」を意味する「メヴラーナー」という愛称と共に呼ばれている。これはヒンディー語やウルドゥー語でいえば「マウラーナー」になる。ルーミーの霊廟は現在、宗教的聖地というよりも、「メヴラーナー博物館(Mevlana Museum)」として観光地になっている。旋回舞踊で有名なメヴレヴィー教団の本拠地だ。

(2023年12月29日撮影)
ルーミーは厳格なイスラーム教の教義を「愛」というシンプルかつ深遠な概念で再定義し、詩の中に込めた。彼にとって神は恐れるべき存在ではなく愛するべき存在であった。我々は元々、神と一体であったものが、この世に生を受けることで神から切り離され、以来、神を恋い焦がれることになる。この慕情は詩や音楽の源泉になるとした。また、彼は異教徒にも寛容で、どんな宗教や教義を信仰していても、愛の道を行けば神との合一を達成できると考えた。
13世紀以降、スーフィズムはインドでも拡大し、イスラーム教徒人口増加の大きな原動力になった。前述の通り、ルーミー自身はインド亜大陸の地を踏んでいないが、彼の詩や思想はスーフィー聖者たちの活動や著作を通してインドでも受容され、現代まで愛され続けている。
また、ルーミーが国際的な名声を獲得するに至った要因が、米国人詩人コールマン・バークスによる一連の英訳詩集である。バークスはペルシア語を理解しないため、彼の訳詞は意訳である。よって、ルーミーの原典とは意味が乖離してしまっていることが多い。だが、意訳であるがゆえに普遍的に受け入れられる内容になり、国際的な人気になった事実は否めない。
インドの映画メーカーたちも、どうやらバークスなどの英訳によってルーミーの詩に触れているようである。冒頭、イムティヤーズ・アリー監督が「Rockstar」で使用したと紹介したルーミーの詩の一節も、実はバークスによる英訳からのヒンディー語訳だ。バークスの英訳詩は以下の通りである。
Out beyond ideas of wrongdoing and rightdoing,
There is a field. I’ll meet you there.
これと全く同じ内容の詩をルーミーの原典から探し出すことはできない。これにもっとも近い詩は、「ディーヴァーネ・シャムス」のルバイヤート(四行詩)章に収められた以下のものである。
از کفر و ز اسلام برون صحرائی است
ما را به میان آن فضا سودائی است
直訳すると以下になる。
不信仰と信仰の外側に、ある広野がある
その空間のただ中で、我々は激しい愛の情熱を抱く
ルーミーは、宗教的な文脈の中で、イスラーム教徒か否かという二元論を超えたところに神との合一があると説いているが、バークスはそれを善悪の問題に拡大解釈し、しかも神との合一という宗教的な到達点を希釈して単に「君と会う」と英訳している。ルーミーがこの詩に込めた宗教的な寛容さや熱情のメッセージは消えてしまったが、それゆえに普遍的な魅力や哲学的な深みを持つことになった。
「Rockstar」のみならず、ルーミーの詩は多くのインド映画で引用されてきた。最近でも「War 2」(2025年/邦題:WAR バトル・オブ・フェイト)のヒット曲「Janaabe-e-Aali」の歌詞にひょっこりルーミーの名前が使われていた。彼の名前は愛と同義であり、ロマンス映画と相性がいい上に、スーフィズムの文脈で宗教的な深みを出すこともできる。ルーミーはインド人ではないが、インド映画を理解する上で非常に重要な詩人である。
