
2025年9月12日公開の「Heer Express」は、パンジャーブ州からロンドンにやって来た天真爛漫なインド人女性が経営危機に陥ったインド料理レストランを救う物語である。だが、そこにはファミリードラマも混ぜ込まれ、感動作に仕上がっている。部分的に障害馬術が取り上げられている点もユニークである。
監督は「OMG: Oh My God!」(2012年)などのウメーシュ・シュクラー。主演は新人のディヴィター・ジュネージャー。相手役を務めるのも「Maska」(2020年)などに出演していた若手のプリート・カマーニー。アーシュトーシュ・ラーナー、サンジャイ・ミシュラー、グルシャン・グローヴァーなどといったベテラン俳優陣が脇を固めているものの、フレッシュな顔ぶれの作品だ。他に、メーグナー・マリク、ジャーヴェード・カーン・アムローヒーなどが出演している。
パンジャーブ州アンバーラーで生まれ育ったヒール・ワーリヤー(ディヴィター・ジュネージャー)は多才な女性であった。亡き母プリートの名前を冠したダーバー(安食堂)「プリートー・ダ・ダーバー」で腕を振るうシェフでもあり、叔父ベリー(グルシャン・グローヴァー)の種馬牧場で馬を駆る騎手でもあり、叔父ジャッスィー(サンジャイ・ミシュラー)のガレージで自動車修理をするメカニックでもあった。ヒールの母親は彼女の誕生と共に亡くなっており、以来、ベリーとジャッスィーによって愛情いっぱいに育てられてきた。
ある日、プリート・ダ・ダーバーに英国人オリヴィアとそのマネージャーのスニーター(メーグナー・マリク)がやって来る。オリヴィアはヒールの料理の腕に感動し、彼女の夫TJ(アーシュトーシュ・ラーナー)がロンドンで経営するインド料理レストランでシェフをしないか誘う。しかも、店名を「プリートー・ダ・ダーバー」に変更してもいいとのことだった。ヒールは、母親の名前を世界中に広めたいと考え、ベリーとジャッスィーの賛同も得て、そのオファーに乗ることにする。ただし、契約は3ヶ月のみだった。
ロンドンに着いたヒールは空港でUberの運転手ローハン・アフージャー(プリート・カマーニー)と出会い、仲良くなる。ヒールはTJ、オリヴィア、スニーターに迎えられ、インド料理レストランを任せられる。ヒールは1日200人の客を目標とし、それが達成できたら店名を「プリートー・ダ・ダーバー」に変更すると宣言する。
TJとオリヴィアの間にはサシャとミッキーという子供がいた。サシャは両親とは別のところに住んでおり、ミッキーは同居していたものの反抗的で、父親の財産を食い潰していた。サシャは両親に黙ってストリートミュージシャンのケヴィンと結婚する。その結婚式でケータリングを担当したのがヒールであったが、ローハンから紹介された仕事であり、サシャがTJとオリヴィアの娘だとは知らなかった。サシャが勝手に結婚したことを知ったオリヴィアは泣き出してしまうが、ヒールはTJに幸せそうなサシャとケヴィンの姿を見せ、彼らを認めるように説得する。ヒールは早々と1日200人の客を達成し、満を持して店名を「プリート・ダ・ダーバー」に変更する。
それを聞いたベリーとジャッスィーはロンドンまでやって来るが、TJの姿を見るや否や彼に飛びかかる。実はTJはヒールの実の父親であり、プリートの夫だった。ベリーとジャッスィーの弁によると、TJは妊娠したプリートをアンバーラーに残してカナダに出稼ぎに出掛け、そこで出会った白人女性と恋に落ち、彼女の夫を殺して刑務所に入れられたとのことだった。また、その知らせを聞いたプリートは気絶し、ヒールを出産して死んでしまった。よって、ベリーとジャッスィーはTJを恨んでいた。三人の話し合いにより、このことはしばらくヒールに伏せておくことになった。また、オリヴィアはヒールをかばって交通事故に遭い、半身不随になってしまう。
ところでTJはミッキーの浪費のおかげで多額の借金を抱えていた。TJはレストランを売って借金返済に充てようと考えるが、それを聞いたヒールは1ヶ月の猶予をもらい、それまでに何とかしようと努力する。「プリートー・ダ・ダーバー」を盛り上げるとともに、TJが所有する3つのガソリンスタンドでジャッスィーの力を借りて無料修理をするなど工夫をするが、借金返済にはまだ足らなかった。また、レストランの売却を望むミッキーによる妨害によってレストランが破壊される出来事もあった。それでもヒールは諦めず、起死回生のために、優勝者に多額の賞金が出る乗馬コンテストへの出場を決める。だが、コンテストの直前にヒールはTJが自分の父親だと知ってしまう。
ヒールはコンテスト出場前にTJと話をする。TJはヒールが自分の娘であることを認めるが、ヒールはTJが自分を「娘」と呼ぶことを許さなかった。また、今までTJについて嘘を付いていたベリーとジャッスィーに対してもヒールは冷たい態度を取った。さらに、ミッキーの妨害によってヒールは睡眠薬を飲んでしまい、出場前からフラフラになっていた。それでもヒールは序盤に高得点をたたき出し優勝の圏内に入る。だが、睡眠薬の影響で倒れて頭を打ったときにできた傷から血が噴き出し、朦朧とした意識の中で乗馬をすることになって、ミスを連発し始める。ローハンは場内放送を使ってオリヴィアの手記を読む。そこではTJについての真実が語られていた。
元々カナダに住んでいたオリヴィアは、幼いサシャを抱え、胎内にはミッキーを宿し、横暴な夫の暴力に耐える毎日を送っていた。隣人のTJは彼女の支えになっていた。ある日、オリヴィアは夫を殺してしまい、その罪をTJがかぶった。TJはオリヴィア、サシャ、ミッキーを救ったものの、インドで彼の帰りを待っていたプリートは死に、ベリーとジャッスィーから子供も死んだと伝えられ、絶望のまま服役していた。出所した後はオリヴィアと結婚し英国に移住したのだった。だが、TJは後にプリートの娘が生きていることを知る。腎臓病を患い余命を宣告されたTJは最期にヒールに会いたいと願い、オリヴィアが彼女を英国に連れてきたのだった。
それを知ったヒールは気を取り直し、難しい技をこなして高得点を取って優勝する。TJの借金を返済し、「プリート・ダ・ダーバー」は復活する。
とにかく主演ディヴィター・ジュネージャーの魅力に依拠した映画だ。常に前向きな彼女の天使のような天真爛漫な笑顔があるからこそ「Heer Express」は成立している。彼女が演じたヒールはこの映画の太陽だ。逆に、彼女がいなければこの映画はどれほど寒々しかったことか。ディヴィターは特に映画関係のバックグラウンドを持っていない完全なる新人だが、よくこんな魅力的な女優を見つけてきたものだと感心する。
ヒールは人間的に魅力的なだけでなく多才な女性でもあった。乗馬をしたら右に出る者はおらず、料理の腕も天下一品で、しかも自動車の修理もお手の物である。インド映画のヒーローが万能であるのは常識だが、「Heer Express」の主役であるヒールも女性ながらその伝統を受け継いでいる。そして、それぞれの特技がストーリーを前に進めるのに役に立つ。ヒールは料理の腕を認められてロンドンのインド料理レストランで働くことになり、空港の駐車場で自動車を修理したことでローハンと出会い、乗馬コンテストで優勝したことでTJの借金を返済することができた。ただ、あまりにわざとらしい噛み合い方なので、そこに違和感を感じる観客もいることだろう。
映画のポイントになるのはヒールとTJの関係だ。ヒールは偶然オリヴィアによってスカウトされロンドンに招待されたことになっていたが、実は裏があった。ヒールはTJの娘であった。腎臓病によって死期が近いTJは最期に娘に会いたいと願い、オリヴィアに彼女を英国に連れてくる任務を任せたのだった。ヒールは叔父たちから、父親は死んだと聞かされていたため、ロンドンに来た後もTJが自分の父親だとは気づかなかった。ただ、序盤ではいくつかの場面でヒールとTJの間に何らかの関係があることがほのめかされており、勘のいい観客なら予想できたはずである。
叔父たちがロンドンにやって来たことでTJの正体が完全に明らかになる。ただ、まだこの段階ではTJは悪者扱いであった。TJはヒールの母親プリートを捨ててカナダで白人女性と不倫し、挙げ句の果てに彼女の夫を殺して刑務所に入れられた最悪の人間ということになっていた。
だが、クライマックスでオリヴィアが明かした真実は違ったものだった。TJは暴力夫を誤って殺してしまったオリヴィアの罪をかぶったのである。だが、オリヴィアと二人の子供たちを救った代わりに彼は自身の妻と子供を犠牲にしてしまった。プリートは死に、ヒールは2人の叔父によって育てられることになった。TJが母親と自分を捨てたと考えていたヒールは彼を父親とは認めないが、どうしようもない運命の悪戯があったことを知ったヒールは彼を父親として受け入れる。また、ついでにオリヴィアの子供であるサシャとミッキーもTJの偉大な犠牲を知って平伏する。ヒールの存在が、バラバラになっていた家族をひとつにしたのだった。
感動的にまとめられてはいたものの、アクションやダンスが迫力に欠け、ヒールとローハンのロマンスが生煮え状態など、インド映画としての完成度は決して高くなかった。それでも、ディヴィター・ジュネージャーという新しい才能が発掘されたことは歓迎しなければならない。
「Heer Express」は、乗馬も料理も自動車修理もできる多才で魅力いっぱいの女性がインドからロンドンへ行き、インド料理レストランを盛り立てる傍ら、家族のあらゆる問題を解決するファミリードラマである。主人公ヒール役を演じた新人ディヴィター・ジュネージャーがとてもよく、今後の活躍が期待される。結末が感動的なので後味よく鑑賞できるが、序盤の滑り出しに迫力がなく、もどかしい時間帯が続くのも確かである。退屈な序盤を我慢することができれば楽しい作品だといえる。
