Varsham (Telugu)

4.0
Varsham
「Varsham」

 「Varsham(雨)」は、2004年1月14日に公開されたテルグ語映画である。日本では「Baahubali 2: The Conclusion」(2017年/邦題:バーフバリ 王の帰還)や「RRR」(2022年/邦題:RRR)の大ヒットによって第三次に数えられるインド映画ブームが起こったが、それらの牽引役がテルグ語映画だったこともあって、日本で既に紹介されたスターの過去作が掘り起こされて公開されるトレンドも生まれた。「Varsham」は、そういう流れの中で、インド本国での公開から20年以上の歳月が流れた後の2025年11月28日に日本で劇場一般公開された。邦題は「雨が見つけた君」である。2025年12月6日、「Baahubali: The Epic」(2025年/邦題:バーフバリ エピック4K)の舞台挨拶付き上映に参加したのだが、その前に時間があったので、キネカ大森にて鑑賞した。

 監督はソーバン。2008年に若くして急死しており、作品数も多くなく、有名な映画監督とはいえない。「Varsham」が日本での公開までこぎ着けたのはひとえに、「Baahubali」シリーズの主演プラバースが主役を演じているからである。2002年にデヴューした彼にとってはこれが3作目の出演作になり、この映画の大ヒットによってプラバースはスターの仲間入りを果たした。また、相手役はトリシャー・クリシュナン。タミル語映画界からキャリアをスタートさせたトリシャーは2002年に本格デビューし、既にヒット作も飛ばしていたが、やはり「Varsham」の成功が彼女をスターに押し上げた。二人のキャリアにとって重要な作品である。

 他には、ゴーピーチャンド、ラミヤー・クリシュナン、ムケーシュ・リシ、パルチュリ・ヴェンカテーシュワラ・ラーオ、チャンドラ・モーハン、ナーリニー、スダー、ギーター、サーヤージー・シンデー、プラカーシュ・ラージ、サンギーター、ブラフマーナンダン、スニール、アジャイ、シャフィー、サティヤム・ラージェーシュ、スマーなどが出演している。

 また、音楽監督はデーヴィー・シュリー・プラサードである。

 ワランガル在住のヴェンカト(プラバース)は就職試験を受けるため列車で移動中、コーラ・シャイラジャー、愛称シャイルー(トリシャー・クリシュナン)という美女と出会い、恋に落ちる。だが、同時に地元で権勢を誇るバドランナー(ゴーピーチャンド)にも見初められる。シャイルーは、父親ランガラーオ(プラカーシュ・ラージ)や家族と共にワランガルに引っ越すために列車で移動中だった。二人はワランガルで何度かシャイルーと再会を繰り返す内に恋仲になる。

 ランガラーオは無職であるにもかかわらず賭博好きで、もうけた金はすぐに賭け事に使い果たしてしまうダメ男だった。バドランナーはランガラーオに金を貸して恩を売り、シャイルーと結婚しようとする。ランガラーオはその罠に引き込まれながらも、娘を女優にして一獲千金しようと動いてもいた。シャイルーは乗り気ではなかったが、父親を助けるため、女優の仕事を始める。また、シャイルーがヴェンカトと恋仲になることを知ったランガラーオは何とか二人を引き離そうとするが成功しない。そこで彼はヴェンカトのことをバドランナーに伝える。バドランナーはヴェンカトを脅して手を引かせようとするが、ヴェンカトもバドランナーを迎え撃ち動じなかった。

 ところで、ヴェンカトは相変わらず無職だった。ランガラーオは娘に、無職の男性と結婚すると後が大変だと吹き込む。シャイルーがその話題を出すとヴェンカトは憤り、二人の仲は疎遠となる。ランガラーオはその隙間に乗じて二人の仲をさらに引き裂いていく。とうとうヴェンカトはシャイルーを捨ててワランガルを去ることになる。シャイルーも彼を追いかけることはなかった。こうして二人の人生はいったん別々の道を歩むことになる。

 ヴェンカトはヴァイザーグに行き、叔父が運営する工事現場で働いていた。だが、叔父が心臓発作を起こし、手術代として30万ルピーが必要になる。一方、シャイルーはランガラーオと共にワランガルを去り、女優として成功していた。だが、その成功がバドランナーを再び引き寄せる。バドランナーはシャイルーを誘拐し、彼女に結婚を迫る。映画プロデューサーはランガラーオの助言に従ってヴェンカトに助けを求める。当初は拒絶したヴェンカトだったが、叔父の手術のために金が必要ということもあり、それを引き受ける。

 ワランガルに戻ったヴェンカトはバドランナーの邸宅に忍び込み、シャイルーを救出する。行動を共にするうちに二人の間には愛情が戻ってくる。バドランナーは異母弟のカーシ(シャフィー)を追っ手として差し向けるが、カーシはシャイルー奪還に失敗する。バドランナーはカーシを殺す。

 バドランナーはシャイルーと共に縁日を楽しんでいたヴェンカトを背後から不意打ちして刺す。急所は外れ、ヴェンカトはバドランナーと戦いを広げる。最終的にヴェンカトはバドランナーを圧倒し、バドランナーは自滅して死ぬ。

 戦えば無双だが、なぜか無職のチャーミングな青年ヴェンカトと、雨好きな美女シャイルーのロマンスに、恐怖と暴力によって支配する豪族的な悪役バドランナーが割って入りトラブルやドラマを生み出す構造の、シンプルなアクション映画であった。ただ、本当のトラブルメーカーはシャイルーの父親ランガラーオだ。無職な上に賭博好きで、彼が私利私欲のために娘を利用しようとし、要らぬトラブルを巻き起こす。ただ、プラカーシュ・ラージがコミカルに演じており、なぜか憎めない。彼の存在があったからこそ、シンプルな筋書きにスパイスが生まれたといってもいい。そうすると彼は功労者ということになる。

 題名にもなっている雨がこのドラマを引き立てた。そもそもヴェンカトとシャイルーの出会いも雨の日だった。シャイルーは雨の中で踊るのが好きな天真爛漫な女性であり、その姿にヴェンカトも一目惚れしてしまったのだ。だが、そのとき彼女に一目惚れしたのはヴェンカトだけではなかった。悪役バドランナーも彼女の魅力に目を奪われたのである。この出会いのシーンは「Nuvvosthanante」というダンスシーンになっているが、雨に濡れながら嬉しそうに踊るトリシャー・クリシュナンはとても美しく活力にあふれている。

 その後も雨が何度も二人を結びつける。雨の日に再会を繰り返す二人は、まるで織姫と彦星の逆バージョンだ。「モンスーン」で説明した通り、インドの文芸において雨はロマンスの象徴である。雨は男女を近づけ、また、遠ざけもする。雨に恋情を託す表現に古来インドの詩人たちは心血を注いできた。現代においてはインド映画にて恋愛を引き立てる小道具として雨が有効活用されているが、「Varsham」はその最たる例である。

 また、インドの神話伝承もストーリーを引き立てる隠し味になっていた。バドランナーはシャイルーを誘拐し自宅に幽閉する。彼は彼女を無理やり手込めにすることをせず、彼女から結婚の承諾を引き出そうとする。ちょうどそういうやり取りが行われている最中にバドランナーの邸宅の庭では流しの劇団による演劇が上演されていた。演じられていたのは「ラーマーヤナ」である。スィーター姫を誘拐した羅刹王ラーヴァナは彼女に結婚を迫る。バドランナーがシャイルーに対して行っていることを全く同じであった。

 クライマックスはダシャハラー祭だ。広場でメーラーが行われ、巨大なラーヴァナ像が立てられていた。ダシャハラー祭はラーマ王子がラーヴァナを退治したことを祝う日だ。野外ステージでは「ラーマーヤナ」が演じられ、最後にラーヴァナ像を燃やす。バドランナーはヴェンカトと死闘を繰り広げた後、倒される。ヴェンカトは、シャイルーに制止されたこともあって彼にとどめを刺さなかったが、バドランナーは負けを認めず、立ち去ろうとするヴェンカトに背後から襲い掛かろうとする。だが、そのとき上から燃えたラーヴァナ像が倒れ込み、彼は押しつぶされて死んでしまう。悪役の自滅は、暴力的な結末を避けるためにインド映画においてよく使われる締め方のパターンである。ただ、近年のテルグ語映画は暴力で終わらせることが突出して多い。この時代のテルグ語映画は実は他と同じく非暴力主義の方を好んでいたのか、それとも監督の趣向なのか、この一例だけでは判断できなかったが、今後探究していきたい興味深い事象である。

 バドランナーが死んだ後、突如として雨が降り出す。ダシャハラー祭は乾期に入った頃に祝われる祭りであり、本来ならばダシャハラー祭と雨というのは相性が悪い。だが、雨の日に関係を深めてきたヴェンカトとシャイルーの物語なので、誰も違和感は感じなかっただろう。

 神話伝承という点でいえば、他には、「Mughal-e-Azam」(1960年・2004年)などの題材になっている、ムガル朝第4代皇帝ジャハーンギールの恋愛譚「アナールカリーとサリーム」が何度も引き合いに出されていたのが目立った。日本語字幕ではこの辺りは「ロミオとジュリエット」に置き換えられてしまっていて残念だった。他にも「雨が見つけた君」の日本語字幕にはいくつか気になる点が見受けられた。

 まだデビューして日が浅いプラバースは初々しかった。無職の若者という、見栄えのよくない設定のキャラを演じていたこともあってか、まだスターのオーラが感じられなかったが、体格の良さはアクションシーンで映え、勢いが感じられた。「Varsham」は時代を反映してダンスシーンが多めの映画であるが、プラバースは各ダンスシーンで中心となって柔軟な動きでダンスを踊っていた。

 トリシャー・クリシュナンはただただ美しく、トップ女優にまで上り詰めるだけの潜在力を十分に感じさせる存在感であった。踊りや身のこなしも滑らかである。脇役陣ではプラカーシュ・ラージの怪演が特筆すべきだ。前述の通り、彼こそこの物語を成立させた裏の貢献者である。

 「Varsham」は、ロマンスとアクションを主軸とした正統派の娯楽映画であるが、そのシンプルながら使い古されたプロットに雨を意識的に練り込み、インド人の琴線に触れるストーリーに仕上げることに成功していた。2020年代の視点から見れば、プラバースとトリシャー・クリシュナンの初々しい演技も見ものである。古さを感じさせる部分はあるが、名作に数えていいだろう。