
「Albert Pinto Ko Gussa Kyoon Aata Hai?(アルバート・ピントーはなぜ怒っているのか?)」(1980年)は、パラレルシネマの旗手サイード・アクタル・ミルザー監督の作品である。妄想癖のある主人公のやり場のない怒りを描いた前衛的な映画で、カルト的な人気を誇る。この作品にインスパイアされる形で作られたのが、ソウミトラ・ラーナーデー監督の「Albert Pinto Ko Gussa Kyun Aata Hai?」である。題名の綴りが若干異なる。2017年9月1日にシンガポール南アジア国際映画祭でプレミア上映され、インドでは2019年4月12日に劇場一般公開された。
ラーナーデー監督は、過去にキッズ映画「Jajantaram Mamantaram」(2003年)を撮っているが、有名な人物ではない。なぜ彼が1980年の映画をリメイクしようとしたのかも分からない。ただ、ラーナーデー監督の「Albert Pinto Ko Gussa Kyun Aata Hai?」は決してミルザー監督の「Albert Pinto Ko Gussa Kyoon Aata Hai?」の忠実なリメイクではない。骨子はそのままに肉付けを変えてある。
主演はマーナヴ・カウルとナンディター・ダース。他に、サウラブ・シュクラー、ユースフ・フサイン、スシュマー・バクシー、キショール・カダム、オームカル・ダース・マーニクプリー、パリヴェーシュ・パーディー、アマルジート・アームレーなどが出演している。
突然、ムンバイー在住のアルバート・ピントー(マーナヴ・カウル)が行方不明になった。アルバートの恋人ステラ(ナンディター・ダース)は警察に相談する。警察官のプラモード・ナーイク(キショール・カダム)は、ステラ、アルバートの弟ドミニク(パリヴェーシュ・パーディー)、母親(スシュマー・バクシー)などに事情聴取をする。その中で、アルバートの父親(ユースフ・フサイン)がつい最近自殺したこと、アルバートが仕事を辞めたこと、彼がステラと共に購入を決めたアパートを手放したことなどが分かってくる。
アルバートは、マフィアのサタム(アマルジート・アームレー)に派遣されたナーヤル(サウラブ・シュクラー)と共に銃を持ってゴアに向かっていた。アルバートは、父親の死の原因を作った悪徳政治家ジャグタープとスーリヤカーントを殺そうとしていた。ゴアに着いたアルバートは、サタムからの情報を元に、ジャグタープとスーリヤカーントが潜む建物に乱入するが、マフィアたちに取り囲まれ殺される。
主人公アルバート・ピントーは妄想癖があり、映画の構成もまるでアルバートの妄想を追体験しているかのような、過去と現在が交錯したものになっている。ある日突然、アルバートが行方不明になり、恋人のステラが警察に相談する。警察官のプラモードがステラなどに事情聴取をするのがひとつの軸となる。もうひとつの軸は、アルバートがナーヤルと共にジープに乗ってゴアへ向かうものだ。そして、これら2つの軸が交互に描かれる中で、アルバートの現在の状況を作り出した過去の経緯が断片的に語られる。当初は何が起こっているのかよく分からないが、映画を見通すことで全体像が徐々に明らかになってくるという仕掛けである。
アルバートは、ジャグタープとスーリヤカーントという2人の悪徳政治家を暗殺しようとゴアへ向かっていた。なぜ彼がその二人を殺そうとしたかというと、彼らの汚職が父親の自殺の原因になっていたからだ。アルバートの父親は誠実な役人であったが、二人の政治家が起こした汚職事件に巻き込まれ、罪をなすりつけられた。その屈辱に耐えられなかった父親は自殺してしまった。アルバートが怒るのも無理はない。だが、その怒りは彼の精神を奇妙な形でむしばむことになった。
アルバートが精神に異常を抱えているのではないかという疑念は、彼がゴアへ向かう途中で出会う女性たちが皆、ステラに見えるという映像的な演出によって、自然に沸き起こるようになっている。それら全ての女性をナンディター・ダースが演じている。カフェの客、ダーバー(安食堂)の売春婦ロージー、道中で夕食を御馳走になった村人の妻、そしてゴアの海岸で出会った女性など、全てがナンディターである。
アルバートの妄想では、最後に彼は並み居る悪漢を一人で撃ち殺し、ジャグタープとスーリヤカーントを抹殺したことになっていたが、ハッと気付くと、彼はマフィアに取り囲まれており、撃ち殺されてしまう。
マーナヴ・カウルとナンディター・ダースはどちらも演技派の俳優たちであり、サウラブ・シュクラーも人気の曲者俳優だ。キャストに彼らの名前があるだけで、一定の品質が保証されるといっても過言ではない。だが、「Albert Pinto Ko Gussa Kyun Aata Hai?」は残念ながらこれらの才能を生かし切れていなかった。むしろ、彼らに低水準の演技をさせてしまっていた。俳優たちが、筋をよく理解せず演技をしているように感じられた。だが、その中でもナンディターの変幻自在振りには目をみはるものがあった。ちなみに、この映画は2014-15年頃に撮影が行われていたようで、俳優たちは若干若く見える。
「Albert Pinto Ko Gussa Kyun Aata Hai?」は、1980年に公開された似た題名の映画の緩やかなリメイクだ。前衛的なスリラー映画にまとめ上げようとした形跡は見られるが、それは成功していない。無理して観る必要のない映画である。